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すべり落ちた真実

 最終階層は自然たっぷりの6階層の森とは打って変わり、人工的な古い洋館のような場所だった。薄暗く、頭上のシャンデリアが、ギィ……ギィ……と不穏な音を立て、今にも落ちてきそうだ。まさにホラーハウスって感じだね。



 「魔物の数が一気に増えましたね……。しかも、どれも好戦的な気配がします。潰すのに相当時間がかかるでしょう」


 

 サヴァリスの言葉を聞き、私は透視魔法を展開する。すると、言われた通り、かなりの魔物が見えた。しかも全部こっちに向かってきている。



 「うわ……。相手にするの面倒だよ。……ねえ、サヴァリス。最終階層のボスを倒したら、迷宮は消えるんだよね?」


 「はい。正確には、倒した後に出現する転移魔法陣で外に脱出後、迷宮が消え去るのですが」



 良かった。倒して直ぐに映画の終盤みたいな迷宮の崩壊が始まる訳じゃなかったんだね。



 「もう、さっさと倒して帰ろう!」



 私は透視魔法を継続し、魔物ではなく、この階層の構造を調べる。まるで迷路のように複雑だ。目を凝らし、私が探すのはただ一つ。ボス部屋へと続く扉だ。



 「今まで階層と段違いに広いじゃん。気合入れ過ぎでしょ」


 「……ああ、扉を探しているのですね。そちらに集中してくださって大丈夫ですよ、カナデ」



 視界の端でサヴァリスが集まって来た魔物たちを、微笑みを浮かべながら、いとも容易く切り伏せている。既に小さな魔物の死体の山ができていた。



 ……は、早く扉を探そう。 



 戦闘狂からそっと目を離した。



 「……あった!」



 魔物の死体の山が、部屋を埋め尽くさんばかりの大山になった頃。漸く、ボス部屋へと続く扉を見つけた。



 「カナデ、方角は?」


 「サヴァリスから見て、3時の方向。距離は……7kmぐらいかな?」


 「承知しました」



 サヴァリスは手近にいた魔物たちを薙ぎ払うと、私が示した咆哮へ強力な一閃を放つ。



 放たれた一閃は壁も何もかもぶち破り、一直線に扉へと向かう。そして、たった一撃で扉へと到達した。



 「 …… 」



 戦闘狂、マジやべぇぇええええ! 



 正直に言ってドン引きだ。しかし私は大人。そんなことはおくびにも出さずに、サヴァリスが強制的に作り出した通り道を、氷魔法でコーティングし、トンネルのような状態にする。……魔物に手出しされたら面倒だしね。



 「扉まで一直線ですね」


 「まあ、気楽に行こうか」



 亜空間から魔道具『空飛ぶ絨毯』を取り出し、サヴァリスと乗り込む。それなりのスピードで悠々自適に、扉へとなんの障害もなく向かう。



 「この魔道具は便利ですね」


 「今の100倍は速く飛べるよ。ものすごく魔力使うけど」


 「それでも、便利なのは変わらないですね」


 「もう少し機能を下げたら、燃費良くなるかな? でもなー、ゆったりのんびり旅が出来るのを目的に作ったからね。販売はしないかなー」


 「それは残念です。ですが大量生産されでもしたら、戦いにも活用されると思いますし、販売しないのが一番ですね」


 「製作者は作った魔道具に責任を持たなきゃいけないからねー」



 襲い掛かろうとゾンビのように必死に壁になっている氷を叩く魔物たちを見ながら、私たちはのほほんと会話をする。



 

 そして、そう時間のかからない内に最終階層のボスが待ち受ける扉の前に到着する。扉には血文字でまたも『K・K・D』の文字。だから、K・K・Dってなんやねん!



 「ワームキングじゃありませんようにワームキングじゃありませんようにワームキングじゃありませんようにワームキングじゃありませんようにワームキングじゃありませんようにワームキングじゃありませんように」


 「……それほど嫌だったんですね、カナデ」



 両手を合わせて日本人風に拝む私に、サヴァリスが気の毒そうな顔をした。



 ええ、そうですよ。 トラウマもんですよ、あのクソ芋虫は!!



 「開けますよ、カナデ」


 「次もワームキングだったら、問答無用で消すからね! ラスボスだろうが、出オチさせるからね!」



 

 扉を開け、堂々と中へ入るサヴァリスの後ろに隠れながら、私は最終階層のボスが待ち受ける部屋へと入る。恐る恐る中を覗くと、そこには魔物は見受けられない。


 薄暗い室内。図書館のように本棚がずらりと並び、部屋の一番奥には大きな肖像画がかけられていて、燭台の蝋燭でぼんやりと照らされていた。肖像画は、マントを羽織った、なかなかのナイスミドルである。……中年好きにはたまらないかもね。私は興味ないけど。




 ――――フハッ……フハッフハハハハハハハハハハ!




 突如、男の高笑いが聞こえた。



 「あの肖像画から聞こえたよね?」


 「ええ。それとは別に上から反応多数ですね。気を付けて下さい、カナデ」


 「サヴァリスもね。……ワームキングじゃありませんように」



 

 ――余の館へ迷いし、愚かなる人族よ。



 ――その血を偉大なる吸血鬼伯爵である余に捧げよ!



 ――今宵は、復活の時



 ――従僕たちよ、思う存分蹂躙せよ!



 ――フハッ……フハッフハハハハハハハハハハッゴフッゴフィッ






 今、なんかむせなかった? 大丈夫なの、吸血鬼伯爵ぅ!



 「カナデ、頭を下げて下さい」


 「はぃぃいいいい!」



 サヴァリスから不穏な気配を察知し、床に這いつくばる勢いで私は即座にしゃがんだ。そして、しゃがんだ私の上をサヴァリスの剣が目にも留まらぬ速さで通り抜ける。



 ――ボトッ



 私の両脇に一メートルほどの大きさの蜘蛛型の魔物の死骸が落ちる。……真っ二つになって。



 「……きゃーって叫ぼうかと思ったけど、案外平気だよ。ワームキングより大分マシ」



 未だに足をカクカクと動かす蜘蛛型の魔物。確か、サイレントスパイダーだっけ。強さは中級だけど、音もなく近寄る魔物だから、かなり危険な魔物って言われているはず。動き方もただの蜘蛛だし、体液も異臭はしない。ワームキングよりマシだわー。完全に感覚が鈍っているわー。



 「それは安心しました。上に100匹ほどいるようなので、協力して倒しましょう。私が殺すので、カナデが消してください」


 「はーい。了解」



 私はサヴァリスがぶった切って落ちてくるサイレントスパイダーを風魔法で粉砕し、その後は火魔法で燃やす簡単な作業を繰り返す。本当は火で纏めてドカンと燃やしたいんだけど、変なものに引火したら嫌だし、最小限の火魔法しか使わない。まあ、これで引火したら、すぐに消せばいいんだけど。



 サイレントスパイダーから特に反撃を喰らうことなく、すべて駆逐した。



 するとまた肖像画から声がした。




 ――あっ、うん。そ、それなりの腕だな!



 ――べ、別に負け惜しみとかじゃないだからな!




 「何故そこで強引にツンデレ要素追加した……」



 私のツッコミが聞こえたのか、肖像画から怒声が響く。




 ――あー、もう怒った。余は怒ったからね。



 ――今さら、後悔しても知らないからな!



 ――貴様らを、余の血肉の一部としてやろう。



 


 肖像画に描かれた男性の絵がどんどん老いて、終いには骸骨の姿になった。


 肖像画の中から、一本の白い腕が生える。それは色白の腕という訳ではなく、骨の腕だった。


 腕だけだったのが徐々に頭、身体、足と肖像画から飛び出してきた。その巨大な骸骨は、貴族の着るような服を着て、マントを羽織り高笑いをしていた。




 ――フハッ……フハッフハハハハハハハハハハッ




 「アンデットですね。アンデットは、未練や強い恨みなどを持った人族の死体が多くの魔素を取り込み魔物化したものです。主に生気を喰らいます」


 「アンデット化するのは、人族限定なの?」


 「はい。他の種族では聞いたことはありませんね。あれほど巨大なアンデットとなると、相当量の生気を喰らっているみたいですね」



 ふむふむ。つまりは、吸血鬼伯爵は元人族で、吸血鬼ではないと。それに死後だから、たとえ生前は爵位持ちだったとしても、今は伯爵ではないと。なんというか……。



 「ガチの中二病だったか……」



 ラスボスが中二病とか、ガッカリだよ!



 私が内心げんなりしていると、サヴァリスが吸血鬼伯爵に一撃を浴びせていた。



 ――ふぁっ!?



 間抜けな声を出しながらも、吸血鬼伯爵はサヴァリスの一撃を耐えた。



 ……防御結界? アンデットって魔法を使えるんだね。生前、魔法使いだったのかな? それにしても、アンデットは素晴らしいね! 切っても体液が出ない骨っ子なんだもん。食料としてはダメダメだけど、ボスとしては最高だよ! なんの憂いなく戦えるからね!



 「ひゅーひゅー! サヴァリス、やっちまえ!」



 ――この、裏切り者ぉぉおお!



 いや、裏切るもなにも、味方になった覚えはないんですが?



 吸血鬼伯爵が飛ばしてきた攻撃魔法を万能結界で弾きながら、私はコテンと首を傾げる。



 「カナデ。光魔法を私の剣に纏わせてもらえますか? アンデットは物理攻撃か光魔法しか効かないのですが、物理攻撃は結界で弾かれてしまいますし、光魔法は苦手なので」


 「はーい。ラストは派手にいきましょう!」



 私はサヴァリスの剣に光魔法を付与させた。本当にただ光魔法を纏わせただけだが、それではカッコよくないので、某ラスボス戦で主人公が使うような巨大な白剣に見た目を変えた。……使うのは無慈悲な戦闘狂だけどな!



 「消えてくださいね?」



 ――ひゃんっ



 吸血鬼伯爵の間抜けな悲鳴と共に防御結界は破られ、そのままサヴァリスの剣撃により、頭蓋骨から真っ二つに割れた。



 吸血鬼伯爵はピクリとも動かない。ラスボス特有の第二形態とかはないようだ。……ちょっと期待していたのにな。



 部屋全体が昼間のように明るくなり、肖像画のあった場所が何やら金色の光を放っている。よく見ると中央に白い線で魔法陣が書かれている。あれが転移魔法陣かな?



 「終わりましたよ、カナデ」


 「……うん。サヴァリスって……人族やめているよね」



 サヴァリスは私の一言を聞いて少しだけ目を開き、剣を鞘に戻して近づいてきた。顔はいつも通り微笑んでいるのに、威圧感がすごい。もはや、殺気じゃね!? なんか、めっちゃ怖いんですけど!?



 サヴァリスが近づいてくるたびに、私は一歩、また一歩と後ろに下がる。しかし部屋の広さは無限大ではない。そう時間がかからない内に、私は壁際に追い詰められた。



 ドンッと大きな音を立てながら、顔の右脇にサヴァリスが手を付く。



 か、壁ドン!? これが甘い雰囲気だったら、「きゃー、美形に壁ドン! フゥ!フゥ!」とテンションが上がっていたかもしれない。でも相手は殺気出しまくりの戦闘狂だからね! 



 「カナデは、いつになれば自覚してくれるのでしょうね? いつ、私と貴女は人族の理から外れた存在だと気付いてくれるのでしょう? ……ああ、逃げないで下さいね」


 「ひぅっ!」



 サヴァリスから逃げようと左に身体を反らそうとしたら、更に顔の左側にも手を付けられ、私はサヴァリスの小さな檻に閉じ込められた。……壁ドンって萌えるものじゃないの? 命の危機しか感じないんだけどぉぉおお!



 「カナデ」


 「はい! なんでしょう、サヴァリス!」

 


 一瞬サヴァリスを様付けしそうになったが、寸でのところで飲み込んだ。今ここで様付けなんてしたら、殺される!プチッと殺されるよぉぉおおお!



 「貴方は特別な存在なんです」


 「いや、私は普通ですよ。凡人ですよ!」



 こんな平凡顔な女が特別だなんて思うほど、私は自意識過剰じゃないよ。自分を特別視してしまう思春期特有の病気でもないからね。



 「それは大きな勘違いですよ。カナデは無詠唱で魔法を行使できますが、それはいつからですか?」


 「え? 初めから?」


 「どんな天才でも、無詠唱で魔法を行使するには最低でも10年かかります。次にカナデの適性がある属性の数は?」


 「えっと……全部、です」


 「魔法使いの平均は3属性。どんなに優秀な魔法使いでも6属性です。神属性魔法など、もっての外ですよ。次に貴女の容姿についてですが、過去の文献や現在の人族から見ても、黒髪黒目の人族は存在しませんでした」


 「で、でも、黒の魔導師は黒髪金目だって……」


 「たとえ黒の魔術師が存在していたとしても、貴女の容姿が希少なものには変わりありませんよ。……それでも、カナデは自分が特別な存在ではないと言うのですか?」


 「違うの……。私は、私は普通じゃないと、普通じゃなきゃ……そう、決められて……」


 「やっと……共に人生を歩むことの出来る貴女と出会えたのです。私をまた、終わりの見えない孤独へと突き落とすのですか、カナデ」



 サヴァリスのすべてに絶望したかのような悲痛な表情に、私は何も言えなくなった。死ぬ間際に時々、御爺ちゃんが見せた顔に似ていた。深い孤独と精神の限界。殺気を向けられているのは私なのに、サヴァリスの方が死にそうに見えた。



 それでも……私は自分が特別だなんて思えなかったし、認めたくなかった。普通でいなくては、そう心が命令する。



 だから……ごめんね、サヴァリス。



 「サヴァリスを孤独になんてしないよ! でも……それと私のことは関係ない。私は……普通なんだよ!」



 身体強化した腕でどうにかサヴァリスの片腕を振り払い、サヴァリスの拘束から逃れる。そして大きく一歩を踏み出した瞬間――――



 ぐにっと足元から柔らかい感触が伝わる。



 「え?」


 「カナデ――なっ!」



 良く見ると足元には黄色い物体――バナナの皮があった。勢いよく踏み出したため、もう動きを途中で止めることは出来ない。そして後ろを振り返ると、私に手を伸ばしたサヴァリスの足元にもまた、バナナの皮があった。



 昭和のコントでも、こんなアホな事態にならないよ! 


 今だったら、このギャグを言っても許されると思うの。




 「そ、そんな、ばにゃにゃぁぁぁあああああああ!」







 大きな叫び声を上げた後、ツルリと見事に私は床に倒れた……けど、痛くない? しかも硬くて、額が柔らかい?



 恐る恐る目を開けると、銀色のボタンと白い布が見えた。……これ、サヴァリスの軍服じゃん! 状況を認識した後、すぐに額の柔らかさに思い当たる。



 で、で、でででで、ででで、デコチュー!?

 前世でも今世でも彼氏のいない私には刺激が強すぎるよぉおおお!



 バッと勢いよく顔を上げ、額をサヴァリスの唇から離す。



 「カナデ、怪我はありませんか?」


 「あ、ありましぇんよ!」



 噛み噛みで動揺しまくりの私に、サヴァリスはふわりと微笑む。くそ、大人の余裕か!悔しい!


 でもなんだか、顔が熱いんですけど! 恥ずかしくて死にそう……。



 「カナデ、顔が熱いですね……。失礼します」



 誰のせいだよ!と心で罵りながらも、熱を測ろうと私の額に手を当てるサヴァリスを受け入れた。ひんやりと冷たい手が気持ちいい。



 なんか、熱さが治まらない……というか、熱が上がっている?

 熱は今もなお、上がり続けている。そしてその熱は私の胸に収束されているように感じた。



 「はぁれ?」


 「カナデ!?」



 いや、熱だけじゃない。体力も魔力も根こそぎ奪い取られるような……。




 「あ、ぐ……あああ、うぐっああああっ、あつ、いやっ……」


 「カナデ! 大丈夫ですか、カナ――」



 私は体に力を入れることが出来ず、熱くてぐにゃぐにゃになった身体をサヴァリスに預けることしかできない。



 視界がボヤけ、耳が心音さえも音を拾わなくなる。代わりに胸の奥で何かが呼び起こされようとしていた。私のすべてがその『何か』のために奪われている感覚。



 怖い……。


 

 サヴァリスの手の感触も消え、私の五感は奪われた。


 

 そして『何か』の一部が開かれ、『真実』が溢れだす。




 本当の……決して普通ではない過去の記憶。




 私は世界を救い、世界を憎み、世界を壊した。



 

 そして『彼』と出会い、呪いをかけられた。



 世界に舞い降りて、願いを叶える。



 そこで果たした役目。



 真実を忘れた私のために創られた迷宮。

 


 

 ……許された時間は終わりということなのかな。




 もう少しだけ生きたかった。



 でもそれは、私ではなく、黒の呪術師――オリフィエルの判断すること。




 ……どうか、次に目覚めた時、私がカナデのままでいられますように。




 私の意識は深く吸い込まれ、遠い遠い昔の夢に呑み込まれる。




 

 そして呪印は花開く――――






ちょっとスランプ気味でして、今回の内容を後で少し変えるかもしれません。ご容赦ください。


迷宮編、カナデ視点はここまで。

次のサヴァリス視点の後日談で迷宮編終了です。

お待ちくださいませ。

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