表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/120

一つ屋根の下で 後編

 ニンジンとジャガイモにちゃんと火が通っていることを確認し、私は細かく刻み、溶けやすくしたカレールーを投入する。徐々に鍋の中で溶け混ざり、カレーのスパイシーな香りが部屋に広がる。



 ああ、なんて至福の時間!



 程よいトロミのついたカレーが出来上がった。はやる気持ちを抑え、食器棚から横長の深皿を二枚取り出す。蒸らしておいたご飯を皿の半分側によそり、もう半分にカレーを流し入れる。これこそが基本でありながら、最もカレー様が輝く盛り付け!ふはっはっははは!


 サヴァリスの分は私より多めに盛り付けて、ダイニングテーブルにカレーを置く。福神漬けがないのが悔やまれる……。



 「できたよ、サヴァリス」


 「香辛料の匂いがすごいですね」


 「もしかして、辛いの嫌い?」



 失念していたが、カレーは自分に合った辛さを選ばなければ、本来の味を楽しめない料理だ。今回は万人受けする中辛だが、中には甘口でないと食べられないという事情を抱えた人もいるだろう。



 「いいえ。月の国は寒さの厳しい国ですから、食材を長期保存するために香辛料を多く使うんですよ」


 「そういえば前に月の国で晩餐食べた時は、香辛料の効いたお肉とか多かったよね。サヴァリスがカレーを食べられそうで良かったよ」



 みんなで美味しく食べるのが一番だよね。



 「それじゃあ、食べようか」



 いただきますと心の中で唱え、私はスプーンでカレーを掬った。ちなみにご飯よりもルー多めで。これが私の前世での食べ方だ。


 

 「はむっ……んー、おいしい~」



 口に入れた瞬間広がる選び抜かれたスパイスの香りが広がる。これは素人じゃ絶対に再現できない。次に口の中で玉ねぎとニンジンの自然な甘みが溶け合う。メインとも言えるミノタウロスの肉は硬すぎず、脂身が多くて溶けることもない、程よい肉汁の旨味と食感。そしてそれらすべてと調和し、引き立てる仄かな甘みが香る炊き立てのご飯。



 今、私はカレーを食べているんだ……!



 感動で涙が出そうだ。しかし泣いてしまえば、このカレーを美味しく食べることが出来ない。我慢よ、カナデ!


 

 二口目は大きめにカットされて、ホクホクなジャガイモを食べる。絡みついたルーと、ジャガイモのねっとりとした舌触りが絶妙にマッチする。熱々だったので火傷しそうになるが、舌に治癒魔法をかけながら、ゆっくりと味を楽しむ。魔法ってマジ便利。



 やっぱりカレーはルー多めだわ~。



 カレーの食べ方は十人十色だ。みんな違ってみんな良い。でも自分の好みは極めるべし。……なんか意味の分からない迷言だな。まあ、カレーが美味いから良しとしよう。美味!



 「おいしいよぉ」


 「独特な味ですが、とても美味しいですね。材料も簡単に手に入る物ばかりですし、大きい鍋で一度で大量に作れるのがいいです。匂いの関係上、従軍の際には食せませんが、軍の宿舎では是非とも取り入れたい料理ですね」


 

 流石カレー様! 戦闘狂も唸らせる素晴らしさ!



 結局、サヴァリスも私もカレーをおかわりして、たらふく食べた。



 「おなかいっぱいだよー」


 「食後に虹の公国名産のアイスクリームをカナデと一緒に食べようと思ったのですが……」


 「甘いものは別腹だよ!」



 これ、乙女の常識だから!


 サヴァリスはクスクスと笑いながら、亜空間からアイスクリームを取り出した。



 「でも珍しいね。夏の今にアイスクリームなんてさ」



 この世界ではアイスクリームは基本的に冬場に売られている。前世のように気軽に冷凍庫とか使えれば、いつでも作れるのだが、この世界はまだそこまで発展していない。食材を凍らそうとすれば、かなりの経費が必要だ。そんな経緯で出来上がったアイスクリームの値段は、とんでもなく高くなる。なので、氷が手に入りやすく、気温も低い冬以外にアイスクリームを食べられるのは、一部のお金持ちだけだ。



 「虹の公国には大きな氷山がありますから。……はい、どうぞ」


 「そうなんだ。あんまり地理とかは把握しないで来たからなぁ。……ありがとう、サヴァリス!」



 満面の笑みでサヴァリスからアイスクリームを受け取る。


 カレーの後に冷たいアイスクリームって、サヴァリス分かっているね。さすがだよ。私のサヴァリスへの好感度は鰻上りだよ!



 「あれ? トルコアイスみたいだね」



 アイスクリームを掬うと、みょーんと縦に伸びた。うわぁ、懐かしい。



 「虹の公国で一番の人気店だそうです。甘さ控えめでおいしいですね」


 「うん、おいしい」



 火照った身体にこのアイスクリームは丁度いい。


 美味しいカレーとアイスクリームを食べて、ゆっくり寛ぐ。本当に幸せだ。こんな幸せが、ずっとずーっと続けばいいのに。



 迷宮の中にある異常な空間に居ながら、私は『幸せ』という簡単で難しく、そして酷く脆い、歪な感情に思いをはせる。



 「幸せですね、カナデ」


 「……そうだね」



 でも私は知っている。


 誰もが幸せで居続けることなんて不可能だ。

 世界は誰にも優しくなんて無いし、無関心でもない。唐突に大切なものを壊す、理不尽の塊だって。







 









 「かぽーんっ」



 何となく言ってみたが、特に意味はない。私は今、入浴中だ。迷宮攻略中にお風呂って、何やっているんだろうね。



 「しっかし、さっきのサヴァリスは迫力満点だったなぁ……恐ろしい」



 長風呂になるからと、サヴァリスには、先にお風呂に入ってもらった。そして大した時間も経たずにお風呂から出てきたサヴァリスは、とんでもない破壊兵器となっていた。



 濡れた髪に火照った顔。少しだけ肌蹴た軍服。元々とんでもない美形だが、それが更に追加要素によってパワーアップしていた。大人の色気ハンパなさすぎぃぃいいい!


 さすがの私もドキドキした。でも私は普通なので、美形を襲おうなんて思わない。自分に自信のある巨乳美女だったら襲っていたかもしれないけど。でもきっと、そんなことをしたらサヴァリスに殺られる。



 誘い殺し、マジ怖い! 何あの、婦女子ホイホイ! 恐ろしすぎるわ!



 サヴァリスを最大限に警戒しながら、私はバスルームに駆け込んだのだ。


 ……月の国の晩婚事情の一端を垣間見た気がするよ。そりゃ、あんなに麗しくて身分の高い、本人の実力も折り紙つきの男が独身で自由恋愛OKだったらね。世のお嬢様方はハンターになりますわ。そして獲物だと思っていた戦闘狂に逆に狩られるんですね、分かります。




 「あ~、のぼせる前に出よ」



 ザバッと勢いよく湯船から上がる。ふと、視界に鏡が映った。



 「お風呂に鏡なんて珍しい。本当に……前世を思い出すものばっかり」



 鏡の前に立つと、見慣れた自分の姿が映る。


 前世と同じ黒髪黒目で同じ顔立ち。転生したというのならば、それはありえないことだろう。しかし、すべてが全くの同じという訳ではなく、肌の色はアジア人特有の黄色ではなく白で、前世と同じ場所にホクロは無い。身長も前世より高めだ。



 同じなのに同じじゃない。



 この迷宮に来てから、私が今まで目を背けてきたものを突きつけられている気がする。



 「……私は、私だよね」




 自分が自分でいられないような気がして、私は酷く不安だった。





計画的に餌付けされている主人公……。

ヤンデレじゃないけど、サヴァリスがヤバイ奴で困る。


次回は迷宮探索に戻ります。お待ちくださいませ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ