竜騎士の伝説と竜の花嫁
ガブリエラ先輩とワトソンと私で行われていた御茶会に、クラウ陛下とサヴァリスが追加された。ガブリエラ先輩とクラウ陛下は隣同士に座り、イチャイチャしている。でも相変わらず、忠犬とそのご主人様にしか見えない。
リア充もげろと心の中でこっそり叫ぶと、ちらりとガブリエラ先輩が私を視線で射抜く。それは一瞬の出来事だったが、私は驚きのあまり、ビクッと肩を跳ね上げる。ガブリエラ先輩って人の心が読めるの?……私如きがリア充様たちを呪おうとしたりして申し訳ありませんでした!
ガブリエラ先輩たちから視線を逸らし、隣にいるワトソンを見ると、居心地が悪そうにモジモジしていた。そして、ワトソンの隣にいるサヴァリスは、ワトソン越しに私に熱い視線を向けてくる。……何ですの、このカオスは。
この変な状況を打破するべく、私はサヴァリスへと話しかける……ワトソンを生贄にして。
「サヴァリス。この可愛い男の子が、私の後輩でルナリア学園時代の助手でもあるワトソンだよ」
「フランツィスクス・フィッツラルドですよ、カナデ先輩!」
くわっと目を見開き、いつも通りのツッコミをいれるワトソン。
「貴方のことは存じていますよ、フィッツラルド男爵。カナデと共同研究をして、連名の論文をいくつか発表なさっていますよね」
「そ、そうです……。ですが、王弟殿下。これだけは言いたいのですが、僕とカナデ先輩の間には、何もありません! 恋愛関係になることは、今後一切ないので、安心して下さい! カナデ先輩と恋人になるとか本当にあり得ないので……本当にあり得ないので!!」
「おい、ワトソンよ。確かに私たちの間には何もないし、それはこれからも変わらないと思う。でも何故、あり得ないを2回言った……?」
「余計な嫉妬は買いたくないんですよ!」
なんじゃそりゃ!?
合法ショタ予備軍のワトソンと仲が良くて嫉妬されることはあっても、逆はないからな!
「安心して下さい、フィッツラルド男爵。貴方たちがそういう関係でないことは、既に調査済みですから。どうぞ、私のことはサヴァリスとお呼び下さい」
「え!? それでは……サヴァリス将軍と呼ばせて下さい。僕のこともフランツィスクスと――」
「カナデと同じようにワトソンと呼ばせて頂きますね」
「うわぁぁあああん。こうやって僕の名前は、呼ばれなくなっていくんだぁぁああああ」
泣き叫ぶワトソンを無視して、私はクラウ陛下へ質問を投げかける。
「クラウ陛下、先程サヴァリスのことを教官と呼んでいましたが、どういう御関係なんですか? ああ、無理に答えなくてもいいです」
「月の国と風の国は友好国なんだ。その関係で昔、リエラに相応しい男になるべく、身分を隠して月の国の魔法軍事学校へ通っていたんだ。サヴァリス将軍は、その時に僕の教官だったんだ」
「当時のクラウは、信念と根性だけは誰にも負けていませんでしたね。思わず、色々仕込んでしまいましたよ」
「そのおかげで、僕はリエラを守れる男になることが出来ました! 教官は、恩人だ」
「ふっふふ……クラウったら」
熱く語るクラウ陛下と、それに薄らと頬を朱に染めるガブリエラ先輩。これって、すごいいい話なんだよね?でもさ、ガブリエラ先輩ってルナリア魔法学園の魔法師学科をトップで卒業しているよ。しかも、魔武会で後輩相手に最上級魔法をぶつけるような人だよ。守る必要……あるのかな?
クラウ陛下の恋愛フィルター越しに見えるガブリエラ先輩に疑問が尽きないが、私は何も言わない。だって、ガブリエラ先輩が怖いから!それにお菓子作ってくれなくなったら困るし。
「それしても、教官とカナデ殿が親密な関係だったとは、知らなかった」
「親密……?」
何それ、初耳なんですけど。どうやらクラウ陛下の視点から見ると、私とサヴァリスは親密な関係らしい。……私の戦闘スキルに執着しているだけのように思えるんだけど。
「一月ほど前に月の国で仕事を一緒にしまして、そこで親密になったんですよ」
「そうだったのか! 教官は、王族として仕方なく女性に優しく接するが、特別な存在はいなかったからな。教官に春が来て、嬉しいぞ」
「ええ。カナデは運命の相手ですから」
ちょ、何か良からぬ方向へ誘導されていない?
私はこのヤバイ空気をぶった切るために、亜空間から結婚祝いの品物を取り出す。
「が、ガブリエラ先輩、クラウ陛下。これ、結婚祝いです。どうぞ、お納めください」
渡したのは、前世の知識を元に作り上げたキッチン道具(魔道具)と、桜の枝だ。
「まあ、ありがとうカナデさん」
「えっと、キッチン道具は、説明書を読んで使って下さい」
「わかったわ。それで、この淡いピンクの花は何かしら。見たことがないですね」
「それは、サクラといいまして……今のところは、私の実家にのみ咲いている花です。満開のサクラはとても綺麗で、花びらは砂糖漬けにすると、お菓子の材料にも使えるんです。土魔法の得意な魔法使いに頼めば、直ぐにでも立派な木を育てることが出来ると思いますよ」
「まあ! お菓子の新しい可能性が広がるわね。こんなにも珍しいものをありがとう。さすがは、お菓子の神ね」
「……その呼び名は止めて下さい」
昔は冗談のようにお菓子の神と呼ばれていたが、最近はマジで信仰心を感じる。だって、街中でいきなり拝まれたり、初めて買いに行ったお菓子屋でいい歳したオッサンに号泣されたりと、冗談では済まされなくなってきた。
魔族領での魔神、巨人領での武神、そして人間領でのお菓子の神。……私はどこに向かっているんだろうね?思わず、遠い目をする。
「ではサクラは、フィッツラルド男爵にお願いしましょう」
「そうだな。元々、フィッツラルド男爵には、王宮植物園の園長になってもらおうと思って呼び出した訳だしな」
突然のクラウ陛下の爆弾発言に、ワトソンは飲んでいた紅茶を吹出した。
「ぶっ。は、初耳ですよ、クラウディス陛下! 王宮植物園の園長って言ったら、高位貴族の役職じゃないですか!」
「正直に言って、実力のない高位貴族が就くべき役職ではないと思うんだ。それに、フィッツラルド男爵は、植物事業については実績もあるし、相応しいと思う」
ニヤリと笑うクラウ陛下に、ワトソンは慌てる。
「ですが、僕のような辺境男爵がその職に就けば、クラウディス陛下が何か言われるかもしれません!」
「言いたい貴族には言わせればいい。僕は、風の国の古い慣習や膿を出して、実力主義の強国を目指すつもりなんだ」
それはとっても難しいだろうね。今まで身分に頼り、甘い汁を啜っていた連中が黙っているはずがない。でも、クラウ陛下の隣にはガブリエラ先輩がいる。一生をかけて、理想を実現させるってことかな。
「フィッツラルド男爵。わたしからもどうかお願いします。カナデさんに気に入られている貴方だからこそ、出来る仕事だと思います」
そこで何故、私が引き合いに出される!?
「まあ、カナデ先輩を相手にするよりは……。取り乱してしまって申し訳ありません。そのお話、お受けいたします」
ワトソンの中での私の立ち位置ってどうなっているの!? 可愛いくて憧れの優しい先輩じゃないの!?
「それとカナデ殿にもお願いしたいことがあるんだ」
「な、何でしょう、クラウ陛下」
ワトソンの発言に精神的ショックを受けながら、どうにか立ち直った私は、クラウ陛下に虚ろな目をしながら返事をした。
「教官によると、カナデ殿は様々な言語に詳しいとか」
様々な言語……月の国で披露した、日本語のことかな?
「祖父の関係で、それなりに……」
それとなく誤魔化すと、クラウ陛下はパァッと明るく人懐っこい表情を浮かべる。
「それだったら、竜の花嫁になって僕たちを助けてくれないだろうか!」
「え……竜の、花嫁?」
聞きなれない単語に疑問符を浮かべていると、ガブリエラ先輩がクラウ陛下を窘める。
「クラウ、言葉が足りませんよ」
「ご、ごめんよ、リエラ!」
しゅんと落ち込むクラウ陛下は、どう見ても飼い主に怒られて落ち込む犬だった。
「わたしの方から説明いたします。カナデさんは、この国の生い立ちをご存じかしら?」
「すみません。知りません……」
正直に答えると、ガブリエラ先輩は得に怒った様子もなく、「他国ですからね」と微笑んだだけだった。
「400年ほど前、とある竜と竜騎士がこの国を建国したと言われているのです。そして、その竜は竜騎士が死した後もこの国を見守っていると言われています」
竜と竜騎士!? 何そのカッコいい設定は!!
「すごいですね!」
「ええ。竜はこの国の南にある樹海に住んでいると言われています。これだけならば、ただの昔話で終わるのですが……この風の国には、王の結婚の際にある因習があるのです。それが……竜の花嫁。簡単に言うと、未婚の純潔の乙女を竜への生贄として捧げるのです。勘違いしないで欲しいのですが、クラウはこの因習を終わりにするために動いているのです。決して、カナデさんを犠牲にと考えている訳ではありません」
ガブリエラ先輩は、悲壮な顔で目を伏せる。
確かに、自分たちの結婚式の裏で竜に生贄が捧げられてるなんて、後味悪いよね。
「私が呼ばれたのも、竜の花嫁の因習を終わりにするためですね。どうにも私は生まれつき、他種族の言語を理解できる体質のようなので、竜の言語も分かるかもしれないと思い、クラウに協力することにしたんですよ。……それに、竜と戦ってみたかったですし」
絶対に最後のが理由だろ!!
戦闘狂の将軍は、ブレないようです。
「ふーん。まあ、竜族の知り合いがいるので……言語に関しては、問題ないですね」
「え!? カナデ先輩、竜族に知り合いがいるんですか!?」
知り合いっていうか、弟なんだけどね。
私は脳筋馬鹿のニート竜の姿を思い浮かべる。
「カナデ、その竜族とお会いして戦うことは出来ないのですか!?」
珍しく興奮するサヴァリスを、私は半目で見つめる。
「出来なくはないけど……サヴァリスとは会わせたくないな」
「何故です!?」
だって、アイルとサヴァリスの相性は絶対にいいもん。……お互いに戦いが大好きだし。ヘタしたら国が一個滅びるよ。マジで。
「会わせるとしたら……準備がいるだろうし。一応、許可も取らなきゃだしね。また今度ね」
そう、我らが兄。タナカさんの許可を取らなければ!
タナカさんなら、すべてを丸く収めてくれるはずだし。
「絶対ですよ、カナデ」
鋭い眼光で私を威圧するサヴァリスを無視して、クラウ陛下の方へと視線を向ける。
「私は未婚の純潔の乙女ですから、竜の花嫁の資格はあると思います。でも、本当に竜はいるのですか? それに、今回はサヴァリスもいますし、他国の魔法使いである私でなくてもいいのでは?」
「竜は必ず、花嫁を捧げに行くと咆哮を上げる。だから実在するのは確かだ。そしてカナデ殿に頼む理由だが……竜との交渉が決裂した場合、戦闘になる可能性がある。そのときは竜の花嫁に構う余裕はなくなるだろう。だから、自分の身……だけではく他人の身までも守ることが出来る、魔王討伐の英雄であるカナデ殿に頼みたいんだ。この通りだ!」
何の戸惑いもなく頭を下げる、クラウ陛下。
名ばかりの英雄なんだけどねぇ。
それにこんなにも面倒なことを引き受けるなんて正直に言って嫌だ。だけど、ガブリエラ先輩とクラウ陛下は良い人だ。そんな二人の結婚式を血で染めたくはない。
うーんうーんと唸りながら悩んでいると、ガブリエラ先輩が私に交渉を仕掛けてきた。
「砂糖の輸出の関税を下げます。元々、我が国の主要産業になったのは、カナデさんとフィッツラルド男爵のおかげですし……反対意見もわたし直々に握りつぶします。これにより、お菓子は更なる発展を遂げると思うのですが、どうでしょう?」
「それは……魅力的な御話しですが……」
砂糖が安く出回れば、ますますお菓子作りが活発化し、今まで金銭的な理由であまりお菓子を食べることが出来なかった人達も、お菓子を楽しむことが出来るようになるだろう。
そうなれば、誰もが簡単にお菓子を食べられる世界を創るという野望に、また一歩近づくことが出来る。でもなぁ……。
「さらに、我が国のどのお菓子屋でも使える、スィーツ購入3年無料券をカナデさんにお渡しします」
「やります!」
即決だった。
だって、3年も無料だよ。王族公認で! 乗らない訳ないじゃん。むしろ、十分すぎる見返りだよ!
「ありがとう、カナデ殿。それでは詳しい説明を――」
ホッとした表情のクラウ陛下が詳細を説明しようとすると、突然部屋に文官らしき人が乱入してきた。
「お話し中、申し訳ありません陛下。緊急の案件が……」
「友人である彼らとの歓談を邪魔するぐらいだ。本当に緊急なんだろうな……?」
文官さんが申し訳なさそうに何度も私たち頭を下げると、クラウ陛下に耳打ちをする。
この短時間で私とワトソンはクラウ陛下のお友達認定されたようだ。……恐るべし、リア充の懐の深さ!
「何……分かった。お前は下がって良い」
「指示があれば、直ぐにお申し付けください!」
部屋から退出する文官さんをぼうっと眺めていると、クラウ陛下が眉を下げなら私に謝罪した。
「すまない。どうやら、カナデ殿の滞在を嗅ぎつけたようで……カナデ殿の父親を名乗っているブランドル公爵がこちらに向かっているらしい。カナデ殿に会わせろと騒いでいるようだ」
そう言えば……元々は自称お父さんの件でここに来ていたんだっけ。
すっかり、忘れていたよ。
とりあえず、お菓子の為にサクッと片づけますか。
以上説明回でした。
次回はさくっと自称お父さんを潰します。前哨戦です。
では、次回をお待ちくださいませ。




