第65話『無念の群像、語られざる叫び』
夜の延命寺。
街の灯りすら届かない場所で、蝉の声も止み、ただ風の音だけが低く唸っていた。
懐中電灯の光が揺れる。
小塚原刑場跡の土の上、まるで“何か”を起こさぬように慎重に。
「さっきの……一体だけじゃなかった」
修が足を止めて言った。
「……うん。霊感無い私にも、何人も見えてる」
結が絞り出すように応じた。
「ニャウゥ……(この土の下には、無念が埋まっている。たくさん。名前もない者達の……)」
「ノクスが言ってる。ここ、ヤバい。深く掘っちゃダメなとこ」
愛菜が抱えるノクスの体が小刻みに震えていた。
いつもは不敵な真祖な猫の彼が、明らかに怯えている。
「あれ?浜野先生はどこ行ったの?」
「売店。UFOグッズの。千住限定らしいよ」
「うわマジか。あの人、空気読まなさすぎる」
と、突如――
耳鳴り。鼓膜を揺らす低い“呻き”のような音。
そして、地面が……揺れた。
いや、違う。
地面の“下”から、何かがこちらを見上げている。
「出るぞ……!」
修が叫ぶと同時に、地面のあちこちから黒い“気”が漏れ出す。
霧のように足元を這い、空気が圧迫されていく。
――現れたのは、首のない影達。
四、五体ではない。数十体。それ以上。
「皆、無念だったんだ」
結の声が震える。
「……でも、訴える言葉を持たない。だから、怒りだけが残ってる」
「うわ、これ……やばいやつじゃん」
愛菜が後退る。
「いや、違う。あいつら、怒ってるんじゃない。“叫べなかった事”が積もって、形になっただけだ」
修の目が静かに光る。
視える。黒く滲んだ“魂の言葉”達が、渦のように絡まり合っている。
「“助けて”も、“ごめんなさい”も、“やめてくれ”も、全部言えずに終わった声だ」
彼らが必要としているのは、断罪でも解放でもない。
ただ――
理解者。
「なら、俺がやる事は一つだな」
修はゆっくり手を上げる。
「――《真語断ち》、集団モード」
視線が重なり合った瞬間。
修が叫んだ。
「お前らは、誰に殺された?」
沈黙が、破れる。
影の一つが、うっすらと輪郭を持ち始めた。歳も、性別もばらばら。
だがその顔は、皆――
泣いていた。
「……そっか。理不尽だったんだな」
修の声が静かに響く。
「だったら、俺が代わりに言ってやるよ」
言葉が空気を裂く。
「お前らは――悪くねぇ」
その瞬間、霧のような影達は、風に乗って天へと昇っていった。
泣き声のような、ありがとうのような、混じり合った“声”を残して。
――静寂。
何事もなかったかのように、境内は再び夜の闇に包まれた。
「雨城君……」
結が小さく言った。
「うん?」
「……すごく、優しいね」
「は?やめろ照れるだろ」
「ニャウ……(今夜だけは、褒めてやってもいい)」
「ノクスが、しゅーくん褒めてやってもいいよって、今夜だけ」
「今夜だけかよ!」
ふと、空を見上げた修が、小さくつぶやいた。
「ここに、言葉を残しておくべきだな」
そう言って彼は、首切地蔵の前にしゃがみ込むと、取り出した紙にこう記した。
「声なき者にも、名前を」
それは、この夜だけに存在した、誰にも知られぬ供養のか達だった。
次回予告
第66話『“彼女”が見つけたのは、封じられた手紙』
境内の裏手に埋もれていた、一枚の封書。 そこには、幽霊が“残したがっていた言葉”が……?
次回、真実が小さく、静かに灯る。
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