第54話『忘れた者と、思い出す者』
午後九時。
大学の旧校舎から少し離れた職員棟。
その一室で、浜野京介は静かに一枚の紙を見つめていた。
差出人も記載のない、手書きのメモ。
『京介へ。君はかつて、“ひより”と呼ばれるものに会っている。思い出せ。すべては、そこから始まった。』
「……いたずらか?」
京介は紙を手に取り、表も裏も確認した。
「ひより、か。そんな名前の子には、会った事はない」
その声には迷いはなかった。
だが、紙を見つめる彼の瞳は、どこか微かに揺れていた。
机の引き出しから、古ぼけたノートが一冊取り出される。
中には、彼が過去に調査したUFOやUMA、怪現象の記録がずらりと並んでいた。
その最後のページだけが、白紙だった。
「……あの夜の事か」
京介はポツリと呟いた。
幼い頃、彼は確かに“何か”に連れ去られた経験があった。
真っ白な空間。
浮かぶ幾何学的な図形。
そして、自分の名前を呼んだ、淡い紫色の瞳の少女。
だが、彼の記憶はそこで途切れ、真相は今も深い霧の中にある。
「俺が会ったのは……あの少女だ。『ひより』とやらとはまったく違う存在だ」
それでも、奇妙な違和感だけが残る。
あの空間。
あの言葉。
──“記録を、預けます”
少女の声が頭の中に響いた気がしたが、詳細は思い出せなかった。
「記録……?」
京介は無意識に白紙のページを見下ろした。
次の瞬間、文字が浮かび上がる。
リーベル・イナーニス──空白の書。
忘れられた記憶は、白の中に記される。
ノートを手放し、京介は思わず椅子から立ち上がった。
「何だこれは……文字が、勝手に……?」
白紙だったページに、次々と文字が浮かび上がっていく。
203号室。封印は、解かれた。
次に目覚めるのは、“思い出す者”。
「……封印? 203号室って、旧校舎の……?」
京介は眉をひそめ、立ち上がってメモを再び手に取った。
だが、今度はそのメモさえも文字が滲み、次第に消えていく。
「おい、待て。まだ……!」
京介はメモを強く握ったまま、急いで部屋を出た。
廊下に出ると、夜風がすうっと吹き抜けた。
そして、その風の中に混じって、耳元で誰かが囁いた。
『──ようやく、目覚めるのね』
京介は振り返るが、誰の姿も見えなかった。
胸の奥に、不思議な熱が灯る。
「……“ひより”ってのは、一体……」
彼は静かに呟いた。
──封印、条件達成につき、一部解除。
「あ……ぇ……思い……出した……思い出したぞ!!リーヴァ!!俺は!!」
次回予告
第55話『金色の記憶と、白紙のノート』
封印は静かに解かれ、記録は少しずつ蘇る。京介の過去と、“ひより”の存在が交錯する時、物語は静かに進み始める──。
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