第51話『白い少女の秘密』
「……ひより、か」
修がそう繰り返すと、白いワンピースの少女──ひよりは、ほんの僅かにうなずいた。
空色の髪が静かに揺れる。
その表情は乏しく、けれど、どこか懐かしいような、哀しみを含んだ雰囲気を漂わせていた。
「にゃう?(この子、やはり、ただの幽霊じゃない……精霊の類か?)」
ノクスが唸るように小さく鳴いた。
「ノクスが言ってる。何か、違うって……普通じゃないって」
愛菜がこわごわそうに伝える。
だが、結はなお不思議そうな顔で、棚の奥を見つめたまま首をかしげていた。
「……何も、見えない。でも、何かが……いるのよね?」
修は軽くうなずき、再びひよりに向き直る。
「どうして、ここに現れた?俺に、何か伝えたい事でもあるのか?」
ひよりは少し首を傾げた後、小さな声で言った。
「……夢の中で、呼ばれたの。誰かが……“書を見ろ”って。そしたら、気がついたらここにいたの」
「にゃう(書、だと……?)」
ノクスの耳がぴくりと動く。
その瞬間、ひよりの手元に──何もなかったはずの空間に、ふわりと“それ”が現れた。
白く、何も記されていない本。
ページの端が、風もないのにゆっくりとめくられた。
「これ……なんだ?」
「名前は……《空白の書ーーリーベル・イナーニス》。たぶん、私の記憶と、未来が入ってる」
ひよりの声が、わずかに震えた。
「でも、本当は──読んじゃいけないの。見せていいのは……お兄さんだけ」
「……俺?」
修が驚くと、ひよりはそっと本を差し出す。
修がその本に手を伸ばした瞬間、ページの文字が浮かび上がった。
それは、今まさに図書館にいる修達“オカ研の関係者”だった。
雨城 修、君鳥 愛菜、黒咲 結、ノスフェラトゥ──
ノクスの本名であると少し前に聞いたがまさかノクスまで……
そして、浜野 京介の名と、その横にある謎の一文。
『浜野 京介──彼は、まだ思い出していない』
修の手がぴたりと止まる。
「これ……どういう意味だ?」
ひよりは首を振る。
「分からない。でも、この本は“真実じゃなくて、これからそうなるかも知れない記憶”を書くの」
「未来予測……いや、予兆、か」
修が呟いた時、ノクスが低く唸った。
「にゃう(……ヤバいのが、近づいてるにゃ)」
次の瞬間、図書館の奥──使用禁止となっている古文書室の扉が、ぎ……っと音を立てて開いた。
誰も触れていないはずのその扉。
奥から漂ってくるのは、異様な湿気と、重たい空気。
ひよりがぽつりと呟いた。
「“囁き”が近づいてる……今夜、扉が開く」
修は本を閉じ、強く言った。
「行くしかないな。……何がいるか、確かめよう」
その決意に、ひよりはそっと微笑んだ。
◆
その夜、誰もいないはずの図書館で、“誰かの声”が確かに聞こえた。
それは人のものではない、けれど確かに、誰かに向けた声だった。
世界の奥で、記憶と未来がゆっくりと混ざり始めていた──
次回予告
第52話『ひよりの残滓と、もうひとつの部屋』
古文書室の扉が開く。
そこにあったのは、封じられた“別の記録”。
少女・ひよりの過去にまつわる“最初の断片”が浮かび上がる。
囁きが近づく……それは一体何なのか──
そして、“先生”の忘れた記憶とは……?
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