第34話『七不思議⑦:花子さんの集会場(後編)』
2025年9月5日修正と追加 愛菜の過去追加
コツン、コツン、コツン……
奥の個室から響く足音。
誰かが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
姿はまだ見えない。
けれど、その“気配”だけで分かった。
今までの花子さん達とは違う――
この空間全てを支配する、核のような存在。
ノクスが、愛菜の肩の上で牙をむいた。
「にゃう……(こいつは……他のとは違う……!)」
やがて、ゆらりとその“彼女”は現れた。
制服の裾は膝まで裂け、髪は真っ黒で腰まで。
だが、顔だけが――何も映していない鏡のようだった。
目も鼻も口も、ある。
だが、何をしても“表情”が映らない。
感情がない訳じゃない。
ただ、そこに“誰でもなれる余白”だけがある。
「はじめまして。私が、最初の“花子”」
声は――なぜか、全員の声に聞こえた。
俺、愛菜、結先輩、それぞれの頭の中に、違う“音色”で響いていた。
「あなた達、七つ揃えてくれたのね。ありがとう」
その言葉の瞬間、背後の扉がガンッ!と何かに打ちつけられた。
完全に閉じられた。
もう、物理的な力では開かない。
「この場所は、七つ目が発動した時、完成する。
集まった者達は、“一人だけ”外に出られるの」
「……は?」
俺は思わず訊き返した。
「一人だけって……どういう意味だよ」
花子は、静かに微笑んだ。
「ここに来た“四人”のうち、三人は“なりかわられる”。
残る一人は、“忘れて”外に戻れる」
「え……じゃあ……ボク達の中から――」
「“残るべき一人”は、もう選ばれつつあるわ」
その瞬間、愛菜の顔が、ゆっくりと歪んだ。
「……あれ……ボク……なんか、変な声が……」
その目が、少しずつ虚ろになっていく。
ノクスが飛び上がり、額に爪を立てて愛菜の意識を戻す。
「にゃう!(だめだ、意識が抜かれてる!)」
花子の顔が、愛菜そっくりに変化した。
「“私”になってくれて、ありがとう。君なら、私になれるわ。優しいし、空気を読むし、ちょっと自信がなくて、でも――誰かに選ばれたいんだよね?あの時ノクスに助けられ無かったら死んでたから」
その言葉は、愛菜の内面をなぞるように紡がれていく。
愛菜の瞳から、涙がひとすじ落ちた。
「違う……ボクは……ボクは……!」
その時――
「違うだろ!」
俺が叫んだ。
「“選ばれる”のは、そっちが決める事じゃねえ。こっちが“決める”んだよ。俺達は、“なりかわられるため”に来たんじゃない!」
手のひらに残っていた、結先輩が落とした小さなメモ用紙――七不思議の一覧が記されている。
七つ、すべてが書かれたその紙を、俺は握り潰し、破り捨てた。
「七つ、揃えたら終わりだって?
なら、揃えなければ、発動しないだろ!」
破られたメモの紙が、空気中に舞う。
その瞬間――
花子の顔が、ひび割れた。
「……やめて。揃ってないと、私は、ここにいられない。記憶がなければ、私は……消える……」
崩れていく。
七不思議としての“場”が、崩壊していく。
鏡が割れ、個室の扉がバタバタと閉じていき、花子さん達の姿が溶けるように消えていく。
花子は最後に、愛菜をじっと見た。
「……いいなぁ、あなた……気をつけなさい……紋は必ずまた現れるから……」
そして、静かに崩れた。
旧校舎の女子トイレは、ただの廃墟に戻っていた。
そして、背後の扉が、ゆっくりと開いた。
◆
外に出ると、空はもう白み始めていた。
愛菜は、まだ少し震えていたが、歩けるようになっていた。
「ありがとう、しゅーくん……」
「俺より、ノクスのおかげだろ」
「にゃう!(当然だ)」
結先輩が、残ったメモの切れ端を見つめながら呟いた。
「七つ、終わったね」
「……ああ」
でも――その時。
俺のスマホが、勝手に光った。
画面に、見た事のない通知が一つだけ。
【“八つ目”が、開かれました。】
「……おい、これ……」
次の瞬間、背後の校舎から――カチリと鍵の開く音が聞こえた。
次回予告
第35話『八つ目不思議:悪意の根源』
七つで終わるはずだった怪異。だが、終わりではなかった。
“封印されたはずの八番目”――それは、誰も語らなかった不思議。
告げられる、「一つ足りない」という囁き。
記録にも記憶にも残らない、それが“八つ目”。
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