第23話『七不思議③:水のない水槽』
大学の生物実験室は、昼間は学生達の声とざわめきに満ちている。
だが、深夜の静けさはまるで世界を凍らせたかのように空間を閉ざす。
俺達は地図に示された三つ目の「×」へ向かっていた。
そこは、生物実験室の奥の片隅にある古ぼけた空っぽのガラス水槽の前だった。
「……これ、水入ってないよな?」
愛菜がゆっくりと水槽の中を覗き込みながら言う。
彼女の声は、普段より少しだけ小さく震えていた。
「ボクは……はっきりは見えないけど……でも、何か“いる”気配は感じる」
彼女の視線は水槽の中をじっと見つめたままだ。
「にゃう(確かに、空っぽだ)」
ノクスが水槽の縁に爪を立てて軽く引っ掻くような仕草をしながら言った。
「まさか、何かいるって訳じゃ……」
結先輩が一歩後ろに下がり、慎重に声を落とす。
「“何か”が、水が無くなってもそこにいる。そんな噂があるのよ」
「水槽の中で……手招きしてるって噂もあるよ!」
俺は水槽の表面を手のひらで軽く触ってみた。
冷たく硬い感触が伝わる。
だが、その中にいる“何か”は目には見えない。
愛菜もぼんやりとした何かを感じているだけで、はっきりした形は見えていない。
「しゅーくん、あれ……」
愛菜が指を差した方向に視線を移すと、俺の視界にも何かが揺らいでいるような気がした。
それは確かな形を持たず、まるで空気の中に浮かぶ波紋のように、ゆらゆらと動いていた。
「にゃう(見える訳じゃないが、間違いなく“いる”)」
ノクスが低く唸り、背中の毛を逆立てた。
ふいに、水槽の中から冷たい風が吹き出すような感覚があった。
そして、底の方から細い指がゆっくりとこちらに向かって手招きしている気がした。
「……っ!」
俺は思わず息を呑み、一歩後ずさる。
けれど、そこには何もない。
まるで“存在しないもの”が、意思を持っているかのように。
その時、水槽のガラスに赤い文字が浮かび上がった。
――“助けて”
文字は数秒でぼやけて消え、また静寂だけが戻ってきた。
「にゃう(これで三つ目か。七不思議は確実に連鎖している)」
「……誰かが助けを求めているのかな?」
結先輩の冷静な言葉に、俺達は沈黙した。
次に何が起きるのか、まだ誰も知らないまま。
次回予告
第24話『七不思議④:消えた図書室の椅子』
夜になると忽然と消える、図書室の椅子。
椅子に座った学生は、一体どこへ?
“消失”の謎を、俺達は追う。
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