二人の記憶:番外1
オルティス……ティが二度に渡って切り落とし、失った右手。戻るはずがない欠損を、名と血により再生したラスタ。その体は可愛い少女になっていたが、彼と共に時を刻んで、徐々に元のサイズに戻った頃。
豊かな緑を生い茂らせる世界樹の根元に立ったラスタは、彼の腕の中で嬉しくて泣きながら彼を仰ぎ見た。
あの可愛かった幼児が大人の顔になって、いつも以上に水分多めの黒い瞳でみおろしている。それがとても照れくさくて。
彼の体格は地球の頃より痩身で長身に育った。髪や目の色こそ黒系統だが、顔立ちは違う。長めに伸ばして無造作にまとめた僅かにクセがある髪。剣を持てば無双出来ると思えない薄めの体。どこか柔らかでしっとりした仄暗い色気が強い。
本人に言えば何の話だと鼻先で笑うが、間違いなく貴族の血と成育歴が色濃く出たのだろう、エルフとはまた別の異質な美を保持している。
おかげでラスタが気になるくらいには彼の回りにいろんな女がチラチラする。だが彼は彼女しか見ておらず、低い自己評価故に努力を怠らずに大学へ通ったり、冒険者として日々功績を積み重ねたりしている。
「綺麗、だわ」
彼の黒髪の向こうで揺れる世界樹の緑葉がさざめき、淡い紅色の光を纏った葉を散らせる。その黒髪は夜明け色の黒紺、それが明るい空と光を透かしてキラキラする。その紅色の対比が美しくてラスタが見やれば、俺だけを見ろとばかりにティが視界に入って来て頤を捕らわれて唇を重ねてくる。
「ちょんんんっ、も、もうっ! ティっ待ってっくだっんん……」
強引なのは今も昔も変わらない。けれど、嫌ではないからラスタは困る。そうして随分長めに唇を奪われたので、赤くなりつつ少し睨めば、言い訳するように男が返事をする。
「何か………………負けた気がするから」
「貴方は……何と争っているのです…………」
「世界樹?」
そう言って背を丸めつつふわりと抱きしめてくる彼の肩に、背伸びしつつ顎を乗せて。ラスタはぷっと吹き出し、やっと息を付く。
「でも。世界樹のトコに連れて行ってくれって言うから……」
「エルフの森でも一番好きな場所、だと、言ってた」
「……ですけど」
「だから……ココで。そう思っていた」
あの幼かった男の体はいつしか彼女の身長を越えた。そして彼が成人になる十六歳、十年後の春めいたあの日に合わせた……今日。
先ほど爪先に受けたキスがまだ暖かく感じるほどの、ほんの数分前。今度こそ『想像通り』の古風なプロポーズを贈られたラスタは、ソレを受け入れた所だった。
世界樹は散らす葉をふわふわと紅色に染め、ラスタ達を祝い舞っている。ソレがとても恥ずかしいような嬉しいような気持ちでラスタは眺める。
その指には梅のような花の形をした珍しい空真珠に、花芯がわりに美しいゴールドダイヤが嵌った指輪が輝いている。空真珠もゴールドダイヤもどちらも珍品で、中でも高品質なのはその光沢を一目見ればわかる。これはティがラスタの為にこの世を駆けまわって探した素材だろう。
あれがいいか、これがいいか、表情の少ない顔で首を傾げながら探したのだと思うと、ついラスタは口の端に微笑を浮かべてしまった。




