オルティスの記憶:番外9
それは求めたモノ……?
「……にく?」
俺はドリーシャを通して、ずいぶん皆に魔力をわけてもらって生命維持をしていたらしい。だからなのか三日もすればベッドから抜け出せた。
そして思ったより早く肉は食えた。めちゃめちゃ柔らかくて淡泊な肉団子スープ……びっくりするほど噛み応えはなかった……肉なのに、歯触りがない。それでもトロリとして美味しい。
ラスタが料理長に習い、できるだけ胃に負担がないように何度も網で濾して、ブイヨンを分けてもらい作ってくれたらしい。あまり料理は今までしていなかったらしいけれど、俺の『肉』希望に応えてくれようとしたのが何より嬉しかった。
ただゆっくり食べろと言われたのに、ついがっついてしまって噎せまくった事で始まった、ラスタから『給餌』はそろそろ要らないと思う。
今朝、給餌返ししたら、顔を赤らめたまま口を開いてくれて、可愛かった。デュリオが隣で凄く咳をして、皆が苦笑して、ラスタが小さくなってもっと可愛かった。何であんなに可愛いか、今日の昼もやって確かめてみようと思う。
あれからひと月、まだ冒険者ギルドには行けていないが、居所内での行動は自由になって、またデュリオと遊んだり、ウィアと楽器を弾いたりしてのんびりしている。
今日は居所近くのコンバサトリーと呼ばれている建物に連れてこられている。日当たりの良さそうなガラス張りの白い小さな建物。裏は薬草園、この前面は薔薇園。花盛りは過ぎているのか時季外れの白花がちらほらしているだけで、今は緑が豊かな生垣だ。数日前の雨のお陰でその色が瑞々しい。
「ちょっと行ってくる」
「はしゃぎ過ぎてはいけませんよ? そう言ってアナタ、こないだは泥だらけになって帰ってきたのですから」
「ん」
「大丈夫、見とくから」
ここは昔から姉母フィレンディレアのお気に入りの場所らしい。揺り椅子に腰かけた姉母、隣に置かれた同じ椅子には妹母ルツェーリアと更に隣にはラスタがテラスベンチでお茶をしながら並んで喋っている。
ここまで妹母ルツェーリアを姫様抱っこしてきたのは父王だ。まだ長距離を歩けない彼女の移動は、忙しくても殆ど彼が担っている。流石にべったり張り付けず、今は居所に戻って仕事中だが、呼べばすぐにでも飛んでくるだろう。
先ほどココに来た時にフィレンディレアに肩を貸しつつ、ルツェーリアを両手に抱いた移動時間。二人と居る時間をのばすために極力魔法に頼らないで、しかし妃達の体への負担は下げる絶妙な努力。そうしている父王は凄く幸せそうだった。
俺はラスタに手を振りながら、頭の上にドリーシャ、そして並んでウィアと森奥に入って行ったので、母二人と娘の会話の内容は知らない。
耳をすませれば聞こえるかもしれないが、家族の会話だ。無理に聞く気はない。
俺達が消えた森の方を見ながら、二人の母とラスタはおしゃべりをする。そう言えばと俺が前に話しておいた事を妹母にザックリと話した。
「……と、ティが教えてくれたのですが……そう考えるとスピナ様は、お母様の事をとても……とても大切に思っていた、と」
呪いを調伏する折、彼女の記憶を見たそうです、と続けられたラスタの言葉に。ルツェーリアは口元に手をやって、
「ああ……やはり、思っていた通りの方でした」
その淡金の瞳を潤ませた。
俺の言葉の裏付けとして、王族殺害未遂の犯人宅として廃墟となっていた、スピナが押し込まれた屋敷の地下、その床。指示したレンガを外すと、そこにはロケットに入った『三人の写真』が残されていた。
あの年に撮った写真を縮小して収めた物だった。彼女が伯父の呪いで狂ってしまう、その最後に残った理性で埋めた……それは彼女の記憶を俺が間違いなく見たという証拠となった。
本人に聞かないと、本当の事はわかりませんね。私もちゃんと……本人に聞く事にしようと思いました、と呟いてラスタは微笑む。
側の揺り椅子に座っていたフィレンディレアは、少し悩むような声を出しながら、
「オルティスに聞きはしたが、あのスピナが、な。俄かには信じられんが、情報のお陰で、ルツェーリアの治療が進んだのは確かだ」
出産時に仕込まれた特殊な『菌』が母体や赤子の命を奪った……ティからもたらされた情報で、過去の記録を掘り返せば、ハイエルフの出産の困難さをしても不可解な死や流産がいくつか見つかった。何とか生き残って成長しても、ルツェーリアと似たような、体の不調を抱えたハイエルフの記録が残っていた。
また生き残った母体もその後、妊娠する者が極端に減った。但しこれがハイエルフの不妊によるものか、仕込まれた『菌』の影響かは微妙なラインらしい。
その後の『ハイエルフが死に至る病の呪い』でその全員が亡くなっている為、生きた証拠はなくなってしまった。そして罰するべき相手も既に別件で処刑や病死で生きていない。
仕掛けた相手が亡くなっても主人の命を忠実に守り、ルツェーリアの体内をしつこく攻撃していた『ミクロの刺客』。この世界で魔法を扱う者が持つ魔力回路の端、言われなければ気付く事の出来ない小さな存在……この菌自体にも隠蔽込みの呪いが掛かっていた形跡もあり、この度の調伏後の検査でやっとその発見に至り、現在治療中である。
ちなみにスピナの家系の話だが。王族殺害未遂の罪で裁かれた際、調べてあった事を俺は調伏の際に得た情報を報告後、後追いでフィレンディレアに知らされた。
聞けばスピナの家系は数代前、この森を覆う結界がなかった時代、人間が樹にかけた『呪い』を消す為に尽力した忠臣だった。だがその危険さに力と知識を封印し廃れさせた為、家門の力を落としていたという。
それを知った彼女の伯父が己が欲の為にその封印を解いて復活させ、スピナ自身にも教育の一環と称して秘密裏に習得させていた。彼はその力を捻じ曲げて各種悪事に使い……バレた所でスピナを盾に、更に自分は影武者をたて、消息を眩ませた。
潜んだ男が見つかったのはそれからだいぶしてからだ。彼は例のハイエルフの死に至る病を撒いたエルフ族に加担していた。その病と呪いを完成させた張本人だったのだ。そして最後に騙されて彼らの『実験台』となり……誰より無残に死んだらしい……
『彼女に無体を働き、心理的に追い込み、自分に向けられた悪意さえ利用したという事か……最後は自分が嵌められるとは……自業自得だな』
側に置いたココアを飲んで、フィレンディレアはそう思いながら口をつぐんだ。
あの時、スピナに『側妃』の芽を残してやれば……だが何度繰り返しても、妹の安全の為に自分はそう動くだろうと思い、彼女は後悔しなかった。ただスピナが残した写真がルツェーリアだけではなく、自分も映った三人であった事にどこか胸を軋ませていた。
これまで『妹を呪うなど。一生、死んでも許さない』とフィレンディレアは思ってきた。だがもし逝った先でスピナと会えるなら、一度話しかけてみようと思えるくらいには気持ちは軟化していた。
スピナの伯父の末路については、ラスタや妹母に詳しく伝わる事はなかった。あくまで彼は『王族殺害未遂の関係家族』として、早い段階で処刑された事になっている。
「それにしても……オルティスは珍しい魂だ。あの呪いはすべてあの人族に集約され、調伏された」
「そうですね。幸運だった、そう思います」
「幸運、か。……ヴィラ、いつだったか、ココに小さな生き物を連れてきただろう?」
「え? いつの事ですか?」
「そうか。まだ三つくらいだったからヴィラは憶えていないかもしれないが。あれはドラ…………」
姉母が話しかけた時、森が揺れた。鳥が飛び立つ。ソレは俺達の行った方向で、ラスタは一瞬焦ったようだった。
しかしそうせずに姿を現した俺達を見て、静かに怒りの声を上げた。
「何故、この短時間に二人ともズブ濡れなんですか、ね?」
「ははは、ヴラスタリ。これには深い事情があってね」
「……なんでしょう」
「なんと川の近くの巣から雛が落下してしまったんだよ。数日前の雨で川幅が広がり、流れも早くて。風魔法とか使っている暇が無くって……ティは即座にボチャンって……」
俺達の後を追うように樹の幹を渡りながら付いて戻って来たドリーシャ。ワタワタ言い訳をするウィアートルとその脚の後ろに隠れる俺を尻目に、白い小屋のガラス屋根の上で日向ぼっこを始めた。
「ソレで二人して、その増水した川に飛び込んだ、と?」
いやー引き上げようとしたら水流が早くて、足場が崩れて。まぁ仕方なかったんだよ……そう言うウィアートルと顔を見合わせ、コクコク頷く。
ちなみに俺達はグラキエースドラゴンの姿に戻ったドリーシャに掬い上げられた。初めから空飛ぶ彼女に任せればよかったのだろうが、結果論だ。
更に雛は彼女が無事に巣へと戻してくれた。
「ティはまだ子供なのです、増水した川なんて……危険なのに」
「大丈夫だ、これでも魔法使いだし、だな……」
「自然の力を舐めては駄目です。誰も逆らえない力と言うのは存在するのです」
ウィアートルは俺にラスタの視線が向いたのを見て、さっっと小さなガラスの小屋からタオルを取って来た。ラスタにそれを渡し、もう一枚で自分の体を拭き始める。彼女は受け取ったタオルを手にしゃがみ、優しく俺を拭いてくれる。
その手付きをくすぐったく思いながら、俺はラスタに返事をする。
「わかった。気を付ける」
素直に言ったのに、その台詞を聞いて溜息に似た呼気を吐き出すラスタ。何でだ? 首を傾げながらも、ずぶ濡れのズボンの後ろから、花を差し出す。
「季節問わず咲いているって聞いて……その、ラスタに」
数本摘んだのだが、慌てて川に飛び込んだので、岸に残った綺麗なのはそれ一本だけだったのだが。それは誰かの髪と瞳を思わせるような、美しい赤い薔薇の花だった。
棘は取ってあるし、虫も居ないのを確認しているので、髪に挿してやれば女神のように美しいと思った。
「好きだ、ラスタ」
そう言って額に口付けを送れば、ラスタが顔を薔薇と同じ色に染めた。好きだって言える時に言わないと、いつも言えるわけじゃないとつくづく思った。だからたくさん言おうと思ったけれど、しゃがんだラスタが固まっている。
「ん? まだ慣れないのか? こないだ、積極的に接吻してくれたのに……口に」
「ああああああっ……アレは前の日にウィスが口付けしたら起きるかも? なんて話すから! その、何となく?」
「ふーん。なんとなく、か」
「本当に起きたのですからっあながち間違ってはなかったかも、ですっ」
いつの間にか手荒になってはいたが、ガシガシ俺を拭いてくれる。しかし体は冷えたらしく、クシュンとくしゃみをしてしまう。そこでフィレンディレアの声がかかる。
「中の方が暖かい。シャワーもあるから入れ。ウィア、軽くすすいで、中の妖精に頼めば服を乾燥させてくれるだろう」
「あ、ありがとう。レア母さん。ヴラスタリ、ティも一緒に入れるよ。風邪をひいちゃう」
「で、ではティも。行きましょう」
「ああ」
長い耳先はまだ赤いが、立ち直ったラスタに手を引かれて小屋の中に入る。
ガラス張りの部屋はとても暖かく、薬草を干したり、温室代わりにも使われているようだ。あの時、思ったより広いなぁなどと考えながら……あの時ってなんだ? 首を傾げかけた時、ウィアートルに問答無用で服を剥がされる。
「ちょ……」
貧相で小さい体、変わった物は耳以外付いていないが、ラスタにマジマジ見られるのはどうも困る。恥ずかしがれば余計にオカシイから、ニヤッと嗤って仁王立ちして、
「十年後、楽しみにしてろ」
「っ……早く入って来て下さいっ」
投げつけられたタオルを受け取り、シャワーをウィアートルと共に借りた。
フィレンディレアは室内が落ち着いたのを耳で聞き取り、半身を起こしていた体を、再び揺り椅子に横たえた。
「ありがとう。レア姉様」
隣で同じように椅子に深く座り直した妹の、優しい声音に赤と青の瞳を瞬かせる。肌の色も瞳の色も変わったし、もう一緒に過ごせる齢もそう残っていない。そう知る姉妹はそれでも微笑み合った。
「……リア、お前が居たからこうやって生きていけた。私は何も変わらない」
「ええ……」
何か言いたげに、だが何も言わずにルツェーリアは手をのばし、姉の手の甲に重ねた。
そうしているうちにシャワーを済ませ、またわいわいと騒ぎだした俺達の声を聴きながら、フィレンディレアは目を閉じて揺り椅子に体を預け、妹の命のあたたかさをしっかりと感じた。
俺が摘んできた赤薔薇の茂み。その下には、かつて小さなハイエルフ姫が拾って来た、小さな黒い毛玉の墓がある。その儚く散った命を姫が見つけた場所、不思議な事にいつもどんな時期でも美しい赤薔薇が咲く。
フィレンディレアは自分が亡くなって、誰もが小さな墓の存在を忘れようと、あの赤薔薇はその墓を守るようにずっと咲き続けるのだろうと思った。
小藍様からの寄稿
『零番目?の記憶』
~~黒毛玉とラスタ姫~~
「なんで? なんで埋めちゃうの?? かわいそうだよぅ」
土を掘るフィレンディレアにしがみついて、その大きな瞳から、更に大きな涙を溢れさせながら、ラスタが必死に訴える。
ラスタの頭を撫でるフィレンディレアとラスタの元に、黒毛玉を布で包んだラスタ付きのメイドがやってきて、それをそっとラスタに手渡す。
「私たちエルフは、死ぬと自然に……森に還帰るのが道理だが。他の生き物は、そうではないんだ」
「どうして?」
「私たちとは理が違う。そうだな……、自然に還帰る、それは同じだが、他の者たちは、時間が長くかかるんだ」
「どれくらい?」
「たくさん、だな」
だから、土に埋めて、ゆっくりゆっくり還帰ってもらうんだ、とフィレンディレアは言う。
「…………」
熱を失った……手のひらの黒毛玉を包んだ布をじっと見下ろし。
フィレンディレアが掘った小さな穴にそっと入れて。
周りの土を優しくかけて。
埋め終わったそこに一雫、ラスタの涙が溢れた瞬間。
「こ、れは……」
ラスタの身体が仄かに光り、土の上に置いたその手から、小さな芽が生え出て。
黒毛玉のお墓の周りは、あっという間に赤薔薇に彩られる。
「さみしく、ない、よぅに……」
呟いて傾ぐラスタの身体を、傍にいたメイドが慌てて受け止める。
「名の力、か」
呟いてその目を見張るフィレンディレアなど知らず、メイドの腕の中、すやすやと眠るラスタだった。
lllllllll
誰も覚えている者が居なくとも……
その事実はそこに……
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。




