オルティスの記憶:番外7
暴力……無理矢理が苦手な方は閲覧されないで下さい。
酷い男の怒りの矛先を女の細い背で受ける。顔は最初の一撃だけで、それ以上ヤらないと言う事は、理性的にこの男はスピナを処している。理由は周りへこの暴力を晒さない為か、女の武器である顔面偏差値を下げぬためか。
こんなのは良くある話だ、俺にとっては。
けれど彼女にとっては久々であり、幼い頃よりこの男に植え付けられた恐怖に心を震わせた。身を縮こまらせ、脳内の花畑が削られていく。
「過ぎた事は仕方がない」
そうして折檻し終えた伯父に連れて行かれたのは、地下の暗い監禁室だった。
「伯父……ぇ様?」
今まで王妃になる為、手に入る限りの高級品を与えられていた。そこに愛はなくとも、美味しい食事、整えらえた家具、価値のある美術品、最新の図書、趣を凝らした魔道具……全ての贅があった。
だが地下にあるのは無駄に広いベッドと小さなランプ、鉄格子の嵌った扉。
「お前はもう側妃の目もない」
「な、ぜ……わたくし程相応しい者は他に……」
「確かにお前はデキる女だ。妃にすべき女だ。私がそう育てたのだからな」
「ならっ……」
「だがバシレウスは正妃にした女を溺愛しているのだ。その女にちょっかい出したお前を忌避している。それにしばしハイエルフの妃は娶らず……この流れだと次の側妃は通常エルフ種か精霊族から選ばれるだろう」
「あ、ああ……そんな……」
全てを捨てて頑張ってきた。睡眠を削り、足が痛くともダンスを学び、疲れていようと文を書き、歴史を諳んじ……そんな彼女の努力は無に帰したのだと、伯父は冷笑する。
伯父の手前、スピナはルツェーリアに冷たい言葉をかけた。脳内でどれだけ正反対の言葉を吐いていたとしても、俺以外は誰も知らない事。この伯父すらも。この男が取らせた態度がこの失敗に結びついたのだ。
だが責を負うのはスピナだった。男は暴力と冷笑を彼女にブチ撒いた。
「しかし運がない。従いそうにない家門の妊婦には密かに『菌』を盛って、流産に見せかけて競争率を下げてやったモノを……母親は死んだが、それで死ななかった子供に正妃の席を奪われるとは」
「は?」
この時、スピナは初めて伯父が出産の時に手を回して、邪魔になりそうな家の子供をあらかじめ『間引き』した事を知った。
『ルツェーリア様のお母様が亡くなったのも、その後に彼女の体がずっと不調なのも、全部全部、伯父……この男の所為なの?』
混乱する中、目の前のハイエルフの男はスピナの腕を乱暴に握り、ベッドに突き倒した。
「お前は……」
長い髪を掴み上げられて。顎を掴まれる。
伯父と目が合った途端、ぐらりと彼女の思考が揺れた。
「そうか、憎いか? 私が? ほう。いいぞ、その目……実にイイ目をしている」
俺は伯父が魔法でスピナの精神を鷲掴みにして、支配しようとするのに気付く。だが彼女はその男の言葉に酔ったようにそれに気付かない。
「アナタが、アナタが居なければ、わたしは、私は自由だった……」
優しかった両親と引き離され、瞳を捻じ込まれ、毎日毎日頭痛の続くこの体となり、あの人形を焼き捨てられた。その悲しみが、黒い感情に変わっていく。
美しい姉妹に悪態をつかねばならなかった、彼女にやさしくも出来ず、何より彼女の不幸の原因を作った伯父の血が自分にも流れている事に嫌悪する。
だと言うのに、目の前の男はスピナを見下ろして乙女に対して恐ろしい宣言を下した。
「スピナ、お前に自由など与えん。この部屋からお前は出られない様に作ってある。ここでバシレウスの子の、次の『王配』か『側近』になりうる子を産め」
「こ、ども?」
「今から仕込めば間に合うかもしれん。孕むまでハイエルフの男を毎日送ってやる。お前に投資した分は……体で払ってもらおう」
「ぁっ!!!」
「それか……ココを出たくば私を呪って殺してみろ。お前にソレが出来るか?」
「っ……」
「まぁとりあえず……これからの生活が痛くないように、一番最初は貰ってやる。ありがたく思え」
そうして手酷い形で監禁された彼女は、ハイエルフであるが為になかなか妊娠しなかった。
それでも繰り返される行為に腹に出来た子達。その全てを彼女はその牢にあった鉄屑から、無駄に鍛えていた魔法と知識で毒を作り、無理矢理に堕胎した。
「呪ってやる! お前のような男っ」
「お前が? ふっ……笑わせる」
ハイエルフだから妊娠継続は難しいと知っていた為、伯父以外は誰もスピナが妊娠しない事を疑問に思わなかった。彼女が秘密裏に堕胎した、その赤子の『肉』と、『博識』で『聡明』であったが為に知っていた『呪い』を、有り余る魔力で『伯父』にかけ続けた……
それは何度も何度も。
気が狂うまで。
そして気が狂っても……
その『呪い』が『伯父』ではなく、大好きだった『正妃』にかかり……『王族呪殺未遂犯』として処刑されるまで……
それは肉体が尽きても、ずっとずっと呪いを呼んで……
ヒトを呪わば穴二つ。
誰かに害を与えようとすれば、自分に返ると言う言葉。
つまり呪いは呪った相手に破られると、本来は自分に返ってくるものだ。
それは『逆凪』という現象。
そして『伯父』はスピナの精神を支配しつつ彼女に『呪い』の力を使わせた。その呪いを自分に向けさせ、それに逆凪をかける。それによって『返る』場所をスピナではなく、彼女が『愛する者』に指定したのだ。
彼女が愛するのは『ルツェーリア』。
伯父に燃やされた宝物の人形によく似た彼女へ。
ただ、俺が思うにそれは狙いとは少し逸れていたかもしれない……スピナの愛しているのはバシレウス王だと、そして伯父は彼の王に呪いをかけたかったのではなかろうか、と。
彼女達が妃の座を争っていた頃。
その頃もハイエルフは多くはなかったが、そこそこの数の家門が成り立っていた。しかしこうやって互いに覇権を競って争い、その結果として地味に数を減らし、更にハイエルフが死に至る病によって、イルが介入して解決したものの、その時には壊滅的な数になってしまった。
ハイエルフしかこの星を維持する世界樹を守れないというのに。
「どこまでも……皮肉だな」
狂うまで、そして死ぬまで彼女の記憶に付き合わされた。
為さぬ仲に出来た子だと言え、自分の体を痛めて毒を含み堕胎する。その温かさに泣きながら狂っていく……その痛みと慟哭がまるで自分の事のように俺の魂を塗りつぶそうとする。
彼女は狂っていたので最後は言い訳も出来ぬまま、絡んだ呪いを解く事も出来ず、王族殺害未遂で処刑された。
長い間、聞かされた彼女の悲鳴に、呪詛に、耳が壊れて鬱になりそうだ。
誰かに奪われる感覚はもちろん耐えがたく、増すばかりの酷い頭痛、目や体の痛み、吐き気……彼女が死ぬ時の痛みも……普通の物なら狂ったろう。だが、だ。それは、まぁ俺としては慣れっこではあるのだ。
最低ばかりの人生、伊達に何度もやってないお陰か、俺はスピナの狂気に捕らわれすに済んだ。
スピナは伯父に利用され続けた。彼女の記憶だけではその伯父がどうなったかは分からないが、あの男の内包魔力はとてつもなく大きかった。かなり魔力を持っていたスピナが出られない檻を作り、その呪いを捻じ曲げ『逆凪』をかけられるくらいに。
スピナの苦労は何一つ報われない生だった。
「どこだろな、ここ」
先ほどまでは彼女の記憶の中に居たようだが、いつの間にかどこともつかない『亜空間』に俺はプカプカ浮いていた。星のない真っ暗な空間。
「しかしまぁ……どうするんだ? コレ」
ずっと浮いていて、ボンヤリしてれば何か起こるのではないかと思った。だが彼女の長い長い記憶を体験させられ、それが終わっても何も起こらない、な?
それからイロイロもがいてみたが、自分の魔力も、音も、自分の肉体も確認できない。
呪いを食べた事で、本来なら精神が侵食されて新たな呪いにでもなる所だったのだろうが……どうやら俺の精神耐性が上回ったような気がする。
『そうよ。呆れたわ……』
「ん?」
『……傷を舐め合う気はないけれど。わたくしよりもアンタの方が遥かに酷いわ』
「あ゛?」
『何か……冷静になれたわ……下には下があるし、不幸なのは自分だけじゃないって思えて……』
「……何かスッキリしないが、お前が呪いの大元か?」
『そう言う事になるわね……呪いを止めてくれて……ありがとう。ルツェーリア様に迷惑をかけたくなかったのに、気づいた時にはもう、止められなくて。でもハイエルフのわたくしが『神』に助けられるなんて』
「神?」
『かぐつちの神。貴方はくらおの神だと、言っていたわ? 彼の神が、貴女より彼が悲惨だと思えたら、少し振り返りなさい……なんて、ハイエルフの私が何故、と、思ったわ』
高飛車な雰囲気の女の声がそう告げる。ソレは多分呪いの主スピナだ。
俺が赤刀で刺した事で、何らかの回路が繋がったようだ。かぐつちが彼女に介入したらしい。
『まぁ仮にも神だっていうのに貴方ってホント下民の記憶、酷すぎね。即っ閉じだったわ』
どうやら俺が彼女の記憶を見た様に、逆に俺も見られたのがわかった。
「まぁ?」
『照れるトコでも、褒めてるわけでもないわよ!』
「そうか」
『……いいわよ。望み通り眠ってあげる。アナタがこの生が終えた時、わたくしはちゃんと『罪と共に逝く』と神が言ったし? これ以上ルツェーリア様に迷惑かけるなんてありえないし?』
なるほど……父王が呪いを無暗に消す事で、過去が変わってしまう事を恐れていた。
俺の中で『眠って』くれるなら、どうにかなるかもしれない。彼女は苦しんだが、その為に殺した腹の子への償いは罪として何かで贖われるのだろう。かぐつちの采配か……ちょっと一息ついた所で女が爆弾を投げる。
『わたくしの呪いの力。アナタはいつでも使えてよ?』
「いらんし。早く眠れ」
『ふふっ。おやすみなさい……主神よ』
誰が主神だ! っと言い返そうとした時には、その気配は潜って感じられなくなる。
「………………しまった」
あの女が眠る前にこれからどうしたらいいか聞けばよかったと思うが、もう起こす気はないので取り合えずぼんやり考える。
あの元凶となったスピナの伯父はもう処されただろうかとか、彼女の心の声をそして誤解は誰かに伝えるべきだろうか……やはりラスタにまず伝えておいた方がイイかもだが、回り廻ってとは言え、自分の母が呪いをかけた女の事情など知りたくないか……などと最初は考えていた。
しかし考える事も少なくなり、頭がボンヤリして、ふとした折に自分が……わからなくなって……
ここにきて長く居るのに気付く。
「どのくらい時間が経った?」
早く戻らないとラスタに気付かれる……悪い事は何一つしていないが。
そのはず、だが。
今回は腕を切ってなんかないし。
でも、そう言えば……最後に呪いを引き止める為に刺した記憶がある。何を、ドコに刺したかラスタに見られたら、それはとても不味い気がした。
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