オルティスの記憶:番外5
漂う過去を拾う……
淡い淡い金色の髪。
ぱっちりした目は水に溶かしたような極淡い、それでも確かにわかる透明な金色の瞳。白に近い金髪と同色のびっちりと長い睫毛は半ば伏せられ、タレ目がちで優し気な印象を殊更に強くする。
その子は縮んだラスタよりは大きく見えた。現在六歳である俺の方が間違いなく小さいし細いだろうが、彼女はとても華奢で、まるで砂糖菓子の様。俺のような小さいだけのゴミ屑とは違い、見ているだけで胸がドキドキする。
ラスタに3000年ぶり、出会った孤児院で心臓が奏でたのと同じくらい、胸が高鳴る。
ただそのドキドキは俺のじゃない、そう気づく。
これは俺が『裏』で内側から表の人生を眺めている時、『表』が何かに感情を動かした時に似ている。
先ほどまで……ラスタの母が会ってくれるかとか心配していたのに、呼吸が止まった母君の呪いを緊急でその身に請け負っていた気がするのだが。
また、表と一緒になったのか?
ああ。
死んだ、の、か?
俺は気付かぬ間に生まれ変わったのか?
ラスタにもう会えないのか……???
やっと辿り着いたというのに。
生が終わるまで一緒に居てくれると約束を取り付けたのに。
おわり、か。
無茶、してないつもりだった。
ただ助けたかった、誰でもないラスタの生母だから。あのまま死に別れたら、ラスタが悲しむだろう。それでもああ、助けられたならまだいいが、犬死だったら嗤えないな。
考えるとっても痛い……ラスタに好きだと無理でも、何なら嘘でも言わせておけばよかった。何倍も好きだと、もっと、もっと言っておけばよかったと思えば、ずきずきと痛かった。
どこが、痛いのだろう?
それを俺がわかる前に、その口から感嘆の言葉が漏れ、気付く。
「ルツェーリアさま…………ああ、お美しい……素敵、尊くて死ねるわ~」
どうも……コレ。
死んで生まれ変わったわけでは無い、と。
そう目の前の砂糖菓子のような少女は、先ほど床に伏せて、急に呼吸が切れたラスタの生母ルツェーリアの特徴と一致した。母君になってはいない若い彼女は今にも崩れそうだが、それでもまだ具合がいい日なのだろう。しっかり立って歩いている。そしてラスタと同じ形をした下唇の形が可愛らしい。
側には母君と顔立ちが双子のように似ているが、目尻が少し上がっていて、真っ直ぐ射貫くような視線でいるので全く印象が異なる朝日色の金髪の女性が立っている。姉母でダークエルフになる前のフィレンディレアだ。
「今日は来られたのね……眼福だわ……」
誰にも聞こえない、小さな声で囁く女。
見れば側の装飾に置いてある豪華な鏡にその映っている。金髪に、灰がかかった金瞳の少女……目の前のか細い少女や姉とは別のベクトルだが、この派手で非常に美しい顔は記憶に近く見憶えがある。
それはデュリオが魔道写真で見せたラスタの母君姉妹、その真ん中に写っていた女だ。確かラスタの生母に呪いをかけた本人……スピナ・アイギアスだ。
俺は呪いを喰った事で、その焼き付いた記憶を『追体験』しているようだ。
彼女の記憶からすると、この日は将来のエルフの森の王バシレウス、その妃候補が集められた茶会と言う名の、先を見据えた勉強会だった。
バシレウスは生まれた時からその魔力の強さに、世界樹がエルフの森全土に祝福の『金色』を降らせたほどの期待されたハイエルフ、中でも強い結界が張れる特殊種。
貴重ゆえ、妃候補として挙がった少女達が直接会うのは結婚前にただ一度だけ。決まるまで会う事はない。
そんな状態でハイエルフの妃候補の彼女らは、幼い頃から妃教育や茶会で争わされていた。
中でも一番正妃の座に近いと目されていたのがスピナで、二番目は今ではダークエルフとなったフィレンディレアだった。
ルツェーリアは体が弱く、そのような席に殆ど出る事はなかった。その為、番外だ。その母君を見て、明らかにスピナは興奮している。
「きゃぁ……なんて、なんてお可愛らしいの」
なんか、オカシクないか?
スピナは明らかにルツェーリアを見て、喜んでいる。好きだ、とか、愛してるとかと言った方向性で。扇で顔を隠し、誰にも喜んで震える口元を見せはしないが。
俺の混乱を他所に茶会は表面上穏やかに進む。
フィレンディレアはルツェーリアを同席させようとしたが、スピナは言葉巧みに座らせない。
『このテーブルは激戦なのよ……フィレンディレア様は人気があるからあまり感じられないでしょうけど、初心者のルツェーリアが揉まれては大変だわ……あちらの席ならまぁ……良く見える位置ですから。何かあればすぐに助けに行けばいいわ~それよりお声が鈴のようにお可愛らしかったわぁ』
などと、その後は脳内、ルツェーリアへの賛辞で満たされており、それでいて滞りなく社交を済ませる。
そうして昼の食事を前にして、そっと席を抜け訪れた化粧室の前で、スピナは小競り合いが起きているのを見つける。三人の女子に囲まれて貶されているのは若き母君ルツェーリア。
フィレンディレアは筆頭候補だったスピナに続く、第二位候補。席も違ったため、ずっとベッタリついていられるわけでは無く、この事態に対応できてなかった。
スピナは席は遠かったが、ルツェーリアをたぶん誰にも気付かれぬように、しかし確かに見ており、その事態に気付いて静かに行動していた。
「ごめんなさい。私、わからなくて……」
「わからないでは許されないのよ!」
「いい! あそこで優先されるのは私だったのよっ…………」
「それなのに貴女は……」
ルツェーリアは毎回この様な場所への呼び出しに応じられているわけでは無かった。体が弱いと言う理由があるが、しかし完全に候補から降りたわけでは無かったからココに居る。
王家と繋がる機会なので、家門や親が簡単に辞退を許さないし、金色の瞳はハイエルフの象徴色に近くとても貴重。体さえ万全なら、その透明度故にスピナなどを押しのけて、筆頭の座は固かった。
ともかく妃候補を辞退しておらず、茶会に参加する以上『しらない』では済ませれない事がある。
わからない事なら優しく教えてやればいいモノだが、ココは慣れ合いの場所ではない。未来のトップを決める所で、妃となれば高位の者として、選ばれなかった彼女達の国母となる。その時を見越し、いい関係を築きつつ、しかして牽制する必要がある。スピナの記憶がそう語る。
「おやめなさいな。そんな何も出来ない、憶えてもいない方に、何を言っても時間の無駄よ? 次はおいでにならないでしょう? そう……身は弁えておいででしょうからね、ルツェーリア様?」
(おやめなさいな。アンタ達はずっと来ていたんだから教えてあげればイイでしょうに。ホントにこーいうの時間の無駄、可愛いルツェーリア様のお世話が出来る機会なのだから、ありがたく引き受ければいいのよ。この子達ったらフィレンディレアが好きなら、尚更優しくして恩を売って置けばイイのに……妹だから妬くなんて。身を弁えなさい。あ~ごめんなさい、ルツェーリア様ぁ。こんな頭の足りない子達の席に案内してしまって。もう少し使える子達だと思っていたのよぉ~)
「っ……」
「スピナ様!」
「こんな茶会どうでもいいのでしょう? 体力も気力もない方が、ココに来られて学ばれても無駄よね? 無理はなさらないといいわ、ねぇ?」
(なかなか来ていただけない所、やっとやっと足を運んでいただけたのにぃ。こんな事を言わなければならないなんて、本当にごめんなさい。でもこんな○○みたいな所来なくていいのよ。体の方をお大事にされてぇ~……! まぁお顔色が悪いわ。酷く疲れられたのね、無理はいけないわ。これはお早くお帰りになれるようにしなければ)
体が弱い者が来る場所ではない。スピナはやんわりと、だが確実に釘を刺す。それはとても酷い言い方であったが、心の中では謝罪と心配で溢れていた。
それでも体の弱いルツェーリアをこんな毒が渦巻く場所から、一刻も早く退去させるのを望んだ。その為に責める令嬢達の肩を持つ事で溜飲を下げさせる。
「よく出来るお姉様が居られるのですから。影に隠れていらっしゃればよろしいのよ? ほら来てくださったわ」
(救世主の登場よ! まぁ嬉しそうなルツェーリア様のお顔、近距離でいただきましたわ)
スピナは慌てた様子で飛んでくるフィレンディレアの朝日色の髪を見つけて、ルツェーリアに喰ってかかっていた令嬢達の腕をそっと取って茶会の部屋へ導く。
「できない妹様が居られると大変ですわね、フィレンディレア様。お早く連れて帰られる事をお勧めしますわ」
(もう、ココは女の戦場なのだから……こんな空気の悪い所にルツェーリア様を連れてきちゃダメですわ。あ~お別れは寂しいですけれども体調がお悪いのよぅ)
スピナがすれ違いざまに毒を吐く。フィレンディレアのキツい瞳が更に凄みを増した。
「そんな事を言われる筋合いはない。リアはココに来る権利が……」
「あら」
スピナは扇子で口を隠しながら言う。
「午後の参加は無理ではないかしら?」
「なにっ」
「たった数時間で熱を出されているご様子ですわよ? ねぇ……体が弱いと言って変な病気を持ってこられてはわたくし達が困るの。さぁ、何かうつされる前に。皆様は参りましょう? バシレウス様の未来の為に励まなければなりませんのでね」
(こんな短時間で体調を崩されるなんて、お願いだからお大事にされて。は~できるならわたくしが代わりに背負って差し上げたい……さぁ、こんな所で変なモノに噛みつかれて悪化させてはいけませんわ。だいたい見た事のない殿方なんて興味もありませんし、何様です? 金色を降らせた? 空気が金色に染まった? どーでもいいですわ。こんなにわたくし達が集められて競わされてるのに、もったいぶって顔も見せない男とか……ないわ~)
確かにルツェーリアは熱があるのか、血の気が引いているのに頬が赤く、淡い金瞳は涙が浮かんでいる。
だから午後は無理、正論である。
そしてここは他の令嬢が見ている。だからスピナは対立派閥の母姉妹に優しくは出来ない。
心の中では『もっとご一緒に……でもお体が……お話しできなくとも同じ部屋の空気を吸っているだけでも尊いのに』とか、『次回お会いできる機会が少なくなるけれども、だからとてこんな汚い所にルツェーリア様を連れてくるなんて、正直ないわ~』とか。果てには『……ああ、今から看病されるフィレンディレア様に成り代わりたいわ!』と、とんでもない愛情ブン回しである。
ともかく母姉妹はスピナの言った通りに早退し、午後は欠席した。
彼女は心の中でもルツェーリアへの愛を叫び続け、それでいてフィレンディレアの穴を埋め、午後の部をつつがなく終えられるスピナは恐ろしくできる女だった。
それは彼女が始終悩まされている頭痛を堪えて寝る間も惜しみ、苦しい時は強い薬や魔法にまで頼り、勉学に励んだ結果だ。
共通語以外に他大陸も含め数か国語を操り、経済や産業に精通し、更に家門の所有地で利益を上げられるよう腐心した。
社交も努力して物事に興味を持ち、もちろんダンスや教養の詩や楽器も一通り熟し、見た目にも気を配り、体形を保つためにクッキー一枚たりとて自由に口にした事もない。
「すべてはバシレウス様の寵を得る為に……」
そう言われて。
その為に邁進しているかのように見える。
しかし彼女の脳内はルツェーリア一色だった。
幼い時にどこかで見かけた彼女が、自分の可愛がっていた人形と、とてもよく似ていたのが切っ掛けだった。
その人形は彼女の脳内にしかない。
何故なら燃やされてしまったからだった。
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