フィレンディレアの記憶:番外1
フィレンディレア様はラスタ姫の母の姉に当たる方であり、
義母でもある御方です。
その若かりし時から……
「そんなに……悪い方ではないはずよ……スピナ様は」
「しかしっ!」
ハイエルフの妊娠率は低く、更に出産は命がけである。
私、フィレンディレア・ハイリアンを産む時、ハイエルフの母の体は何とか耐えた。しかしその後、身籠った妹のルツェーリア・セフィド・レンシーを産み落とし亡くなった。
難産の影響で彼女は生まれた時から体が弱かった。その体の弱さを支えようと、私は看護官の資格を取ってしまう程である。
ハイエルフは長きを生きる故、妊娠率が低く、体格的に産道が狭く難産になりやすいのは周知の事実。
ハイエルフは自然にこだわるあまり、帝王切開や魔法による転移出産は推奨されない。確かにそれらの方法で生まれる子は妖精との繋がりが薄く、早く亡くなる事が多い。しかし若干だ。ハイエルフは万を超える長命であるから、数千くらいなら誤差の範囲な気がするのだが……
さておき、そう言う理由で母を持たぬハイエルフの子供は少なくはない。だから母親からの愛着形成がされない者が多く……その上、高貴な者と言う種族意識が高い。そうしてハイエルフは歪んだ者や利己的に育ってしまうのかもしれないと私は思う。
ソレが比較的普通だからと言って私は妹に寂しく不自由はさせたくなかった。他所は他所、うちはうちである。だから私が出来る限り優しく育てたつもりだ。
そして気性がよかったのか、粗野だとも評される私の妹でありながら、こちらが困ってしまう程まで優しくなってしまった。
そう言う環境で、父は優柔不断で出世欲が薄い。だが家門の親族が『丁度いい娘が二人もいるのだから』と急き立てる。
何が丁度いいか?
それは私達が生まれた頃、エルフの森全土に世界樹が『金色』を降らせる程に祝福された王族が誕生した事に由来する。
バシレウス・ユピト・ティファノス。
ハイエルフの中のハイエルフ。
このエルフの森全域を結界で覆い隠すほどの力を持つ、すべてのエルフの王になる方……らしい。
ハイエルフの象徴色である『真金』を、髪も瞳にも持つ男だと聞く。大切な御身の為にその姿は秘匿されている……とか、彼を国民が見られるのは結婚の時に妃と共に『お披露目』される時……とか、まさにどうでもイイ。
それなのに親族がその妃候補にちょうどいいと、私達姉妹を推してくるのだ。父は気が弱すぎてその要請を無視できない。
確かに体の弱い妹の容姿はとても美しい。
淡い、淡すぎて白に見えるほどの金髪に、水でごく薄く薄めたような淡金の瞳。薄いとはいえ金髪に金の瞳、ハイエルフの象徴色『真金』には勝てないが、瞳が金系であるハイエルフで齢が王に沿える少女はうちのルツェーリア。
それから灰金の瞳を持つスピナ・アイギアス、髪はもちろん金だ。この二人だけ。
正妃の席などその女に投げてやりたいが、容姿的には透明度が高いルツェーリアに軍配が上がるという。
だから辞退しても、辞退しきれず、妹の名は残った。
「……一度くらいはお茶会に出てみたい、です」
体が弱くともルツェーリアは年頃の女の子だ。友達も居らず、話せるのは私と父、後は家令や侍女、メイドくらいしかいない。たまにルツェーリアも貴族の新年会などの行事に出られる年もあったが、それも僅かな体験だった。
だからあんな下らない茶会での勉強会もキラキラして見えるのだ。
それにハイエルフの王へ、年頃の乙女として純粋に魅かれ、憧れているのかもしれない。ちなみに私はそういうのはない。ハイエルフの義務がないなら魔術兵士か、竜神国にでも行き竜騎士になりたかった。
妹の頼みをのらりくらりと躱していたが、最終的に断り切れず、体調を吟味して連れて行った茶会。
私はこの時、候補的には第二位。
いつもならお断りの地位だが、しっかり睨んでおけばハイエルフの少女達を競わせる催し事の中を、名前ばかりで欠席し続けていたルツェーリアを守りながら、楽しませられると思っていた。
だが間違っていた。
部屋に入った途端に投げつけられる奇異の視線。ここは家門の意地をかけた競争の場。隣に立ったルツェーリアはたじろぎ、薄く目を伏せる。
ソレを見た他の令嬢が扇子で顔を隠す。それでもその下で呟いた言葉を私の耳は捕らえる。
「今日は来られたのね……」
呟いたのは灰金の女、スピナだ。
装飾の多さもあるが派手に見える彼女は、立ち居振る舞いがとても高飛車だ。こちらを見ていないように流しているが、ハッキリと視線を感じる。それはとても高圧的だった。
来て悪いのか、そう思う。ルツェーリアは妃候補をまだ辞退していないのだから、その資格はある。
それから行われた勉強会、二人で同じ席に座りたかったが、やんわりと声が上がる。
「何時も来られていない方には、この席の内容は難しいのではないかしら。フィレンディレア様」
「そんな事はないぞ、スピナ嬢。うちのルツェーリアは優秀で……」
「ですが、前回に行いました、獣人国における白月の番人への考察レポートをお書きではないでしょう? 本日はその発表からになりますし、その後も前々回の講義を聞いていないと話について行くのが難しいかと」
「だが……側にいるだけなら……」
「あら? 見学だけされるのです? ここは参観会場ではございません事よ?」
閉じていた扇を開き、口を隠すスピナ。そうしてもう一度パチンと閉じると、すっと指し示す。
「あちらのお席はいかがかしら? 本日は詩集を読み合って、それから作って発表だけの様ですから。席も空いておりますし、ルツェーリア様はあちらになされては?」
正論だが言い方がキツく、妹を下に見ている雰囲気が滲み出ていた。私も今日は詩集の方へと言いたいが、この席で回されている発表の日だった。断りかけたが、スピナの灰金の瞳は雄弁だ。
「レア姉様、私はあちらへ。スピナ様、教えて下さりありがとうございます」
素直な妹はそれに従って、席を移動する。
私は仕方なくその席で決まっていた自分のやる事を果たす状態になった。神経を巡らせていたが、暫くは特に問題がある事はなかった。
ただスピナの灰金の視線が私の後ろ、ちょうどルツェーリアが居る辺りに向く事が、気になって仕方がない。
そうしているうちに同じ課題に取り組む別の席の者に、助けを求められる。これでも第二位にいる為、いろんな人に声をかけられたり、それに応じて援助したりすることも必要だった。
だがそうして席を外している間に異変は起きていた。
「ごめんなさい。私、わからなくて……」
「わからないでは許されないのよ!」
「いい! あそこで優先されるのは私だったのよっ…………」
「それなのに貴女は……」
気付けばルツェーリアも、そしてスピナも席にいない。
妹を探すためにこっそり放った風のお陰で、遠く漏れ聞こえた来た声。最初の謝罪は妹だ。
嫌な予感がして声がした方へ行けば、遠目でもおろおろとしている妹を見つけた。
「おやめなさいな。そんな何も出来ない、憶えてもいない方に、何を言っても時間の無駄よ? 次はおいでにならないでしょう? そう……身は弁えておいででしょうからね、ルツェーリア様?」
「スピナ様!」
「こんな茶会どうでもいいのでしょう? 体力も気力もない方が、ココに来られて学ばれても無駄よね? 無理はなさらないといいわ、ねぇ?」
スピナはくるりとこちらを向いて、
「よく出来るお姉様が居られるのですから。影に隠れていらっしゃればよろしいのよ? ほら来てくださったわ」
言葉が出ない程に詰まった妹を置いたまま三人の令嬢、それらをスピナが手を引き、会場の方へ戻ってくる。ちょうどすれ違いになると彼女が声をかけてくる。
「できない妹様が居られると大変ですわね、フィレンディレア様。お早く連れて帰られる事をお勧めしますわ」
すれ違いざまに毒を吐くスピナを私はぎろりと睨んだ。
「そんな事を言われる筋合いはない。リアはココに来る権利が……」
「あら」
計算しつくされた嫌味な動きで扇子を拡げ、口を隠しながら言う。
「午後の参加は無理ではないかしら?」
「なにっ」
「たった数時間で熱を出されているご様子ですわよ? ねぇ……体が弱いと言って変な病気を持ってこられてはわたくし達が困るの。さぁ、何かうつされる前に。皆様は参りましょう? バシレウス様の未来の為に励まなければなりませんのでね」
この茶会を楽しみにして、そして席でも頑張ったのだろう。しかしルツェーリアは熱を出してしまい、悔しいがスピナの言った通り、午後は二人して欠席をした。
「午後もお姉様は出て下さってよかったのに。一人で帰れました、わ」
「気にしなくていい」
「ごめんなさい、上手く出来なくて。もう……お茶会には行きません。わがまま言ってごめんなさい」
「スピナ、アイツの言う事など気にしなくていい」
妹は首を振るばかりで、それからの呼び出しに彼女は応じなかったが、依然として候補から二人して落ちる事はなく。
ある年の新年会、体調が良くルツェーリアも参加できた。その時に何故かスピナを含めた候補者数人と写真を撮る事になった。
その後、暫くしてあの時にまとめて写った五人が、最後の候補者となったと知らせが入った。そこで家門の方が騒がしくなる。
五人の候補者、と、言っても実質正妃の座は、スピナ・アイギアスに決定し、現在調節中だという。
バシレウスに会えるのは正妃となる一人だけ。側妃選びはまた正妃との相性や政治の流れで変わってくる。
だからうちの家門は私で第二妃を狙い、選ばれる可能性の低いルツェーリアは正妃候補から外し、正妃となるスピナへ侍女として差し出すのだと言い出す。
そうすれば私が第二妃以降に選ばれなくとも、正妃の侍女として側にいる事で正妃に嘆願を聞いてもらえたり、よしんば『お手付き』になれるかもしれない。
「酷すぎる。人の妹を何と思って……親類だとて勝手だ、勝手がすぎる……」
「ハイエルフに生まれた者なのです。仕方ありません」
「だが」
「世界樹を守り育てる為に。これは必要な政治なのでしょう」
パチリとその瞳を開く。その淡い、透明に近い金の瞳が美しく輝いた。
「そんなに……悪い方ではないはずよ……スピナ様は」
「しかしっ!」
ルツェーリアは声もなく柔らかく笑った。
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