表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
番外編『ハイエルフ王家の事情』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/66

オルティスの記憶:番外4

 皮肉な思いだろう。呪いを活性化させてしまった張本人に、解呪を願うなど。しかしデュリオは口をつぐんで、それを言い出さなかった。目の前でまだ小さいながらも呪いを切り焼いた赤刀に、何らかの糸口を求めていると俺には思えた。

「可能かはわからんが、やってもイイ。しかし俺よりも……探せば解呪特化の魔法使いはいくらでも……」

「父上と母フィレンディレアの魔法が通らないという事は、エルフの魔法に基本耐性がある。だがハイエルフは生きる伝説、他種族の前にやすやすと体を晒せるものか」

 そこまで勢い込んで言ったが、急にデュリオの声が小さくなった。

「だが童は……『家族』に類する……らしい」

「なる、ほど……?」

 父王は俺を婿と呼んでくれた……大きく言えば『家族』か? そうかラスタの家族は俺の家族、だよ、な?

 デュリオが俺をそう思っているとは考えていないが、ラスタの兄の願いで母君にまで関わっているなら、その願いを聞かない理由にはならない。

 上半身をゆっくり起こして軽く胃の辺りに触れる。多分痛いのだろうが、痛覚を体自身がいつの間にか消しているか、薬が効いているかで本当の所はわからない。

「別にいいぞ?」

 所長を縫い止めたあばら骨は、元の位置に戻してあるはず。激しく動かなければまた内臓を傷つける事はないだろう。

「……引き受けてくれるのか?」

「ラスタの母が俺と会ってくれるか、まずわからんが」

「いい、のか?」

「ん? デュリオの生母って事は、つまりラスタの生母って事、だろ?」

 寿命ならともかく、呪いで亡くなったなんて彼女が悲しむ……そんなの聞かせたくない。それは俺がイヤだ。

 それに凄く……デュリオは思い詰めている気がした。何よりも俺は思ったのだ。

「母君の呪いが無くなれば、絶対ラスタが喜ぶだろ?」

「だがっ」

「解呪可能かはわからんし、とにかく会って。話はそれからだろ?」

 もし何かあったらラスタ、怒るだろうけど。きっと滅茶苦茶、ぷんすこ、しそうだけども。まぁ、何とかなる、か?

 言い出した張本人のくせに、デュリオの青紫の瞳がゆらりと泳ぐ意味がわからん。とりあえず早く動いた方がイイと判断する。

「じゃ、行くぞ?」

「え。ぁ、だがその体……」

「あ、服は着替えよう」

 手早く行動しようとしたが、血まみれの身なりを思い出して服を交換した。血が少ないのか指先や背筋が冷たく、体が震える。けれど母君の命は揺らいでいると見た。そうでなければ俺に頼んでなど来ない。

 俺が断ればデュリオ自身がその身を賭して動くかもしれない。彼より赤刀という神刀を持つ俺の方が手っ取り早く、呪いを焼き消せるハズ。イロイロ絡まりすぎて一辺倒に全て解決とはならない気がするが。

 まぁ、もし呪いが残っても、バリバリ働いているハイエルフ王位継承第二位の男より、自由気ままな幼児冒険者おれの方が融通が利く。

 たぶん明日以降に順延すればウィアートルが気付いて反対される、アレは心配性だ。使える手があるのに使わないなんてありえない。ドリーシャを引っ付けておいたので、視界を借りれば彼が執務に勤しんでいるのが見える。こちらに来る事はなさそうだ。

 俺が歩いて行こうとしたが、まだこの居所の移動は特殊で慣れていないと言えば、デュリオに片手で抱っこされる。

「ヤメロ。これ」

「……動くな、黙っていろ。男と手を繋いで歩く趣味はない。引きずられたいか?」

 確かにデュリオのコンパスに合わせて歩くには、俺は小走りくらいはしないと無理だ。だが今、骨をやっていて本日は動くのを禁じられている。まぁ俺は知らないけど、そんな話をしていた。だから、気を使ってくれているのかもしれない。

「本当に……軽い……それもお前、体温が低……」

「子供ではない、からな?」

 デュリオは俺を一度睨んで視線を外すと、それ以降黙って、歩き続ける。揺れる度に心臓が縮む感覚がして、気持ちが悪いが我慢する。

 世界樹の居所は静謐でとても広い。そして許可なくば入れない所も多い。移動に慣れず、迷子になっても困るのはわかるが。

 スラリとした大人の体格のデュリオの片腕に抱き抱えられていると、本当に小さくなった気がする。体格的に小さいのは間違いないのだが、何となく負けた気がするので早めに降ろして欲しい。

 そんな事を考えていると、一つの扉が見えた。俺の目には黒インクがブチ撒かれたような模様が描かれて見える。閉まっていたが、俺の耳はその向こうから嗚咽が漏れて聞こえた。

「急げ、デュリオ」

 いつしか息を詰めて足を止めていた彼の移動を、その肩につくほどにカットされた髪をグイグイ引っ張って促す。彼も何かを感じたらしく、先程までのしっかりとした足取りではなく、ふらふらと墨色に染まった部屋に足を踏み入れた。

「父上、母上っ」

 デュリオが踏み込んだその部屋には三人のエルフが居た。

 一人はとても大きな天蓋付きのベッドに寝かされた、白に近い金髪の女性……彼女がラスタの生母ルツェーリア。部屋中の黒は彼女から発され、ぐるぐる巡回しつつ、その辺を汚染している。

 側には表情を無くした父王がベッドに縋ってシクシク泣いていた。

「イヤだ……リア、イヤなんだ……」

 その背を擦りながら涙をこらえているのがルツェーリアの姉にして、会った事の無い三男とラスタの下の妹クラーウィスの生母フィレンディレア。写真で見た時と違い赤と青のオッドアイ、そして耳が若干短く見えた。それにスタイルが……とてもよかった。出る所が出て、締まる所が締まっている理想よりもさらに上を行くライン。肌の色は褐色で、何より目を引いたのはその胸元に飾られた赤薔薇の飾り。

「イル?」

 俺の声に微かだが光ったのは気のせいだろうか……

 それよりベッドの上に寝せられたルツェーリアの生気の無い様子が怖かった。

 それでもゆっくりとこちらを見る淡い金の瞳がデュリオ、そしてその手に抱えられた俺を見ると、震える手でベールを引き寄せ顔を隠した。俺から見れば美しかったが、全盛期ではなく病気で衰えた顔を誰と分からぬ者に見せたくないのだろう。

「……れ…………か…………」

「こないだ話した四の娘に来た春……だよ……」

 誰を連れてきたか問うているのだろうが、声にはならない。泣きながら、父王は俺を紹介してくれる。ベールに隠されていたが、その唇が優しい弧を描く。その下唇の形がラスタのと同じで、彼女の母親なんだなと思った。

「…………」

 その唇が何かを紡いだ……『みな、しあわせに……』掠れていたが、そう何とか拾えたその瞬間、ぶわっっと目の前が真っ黒に塗り潰される。

 腕を切り落とし訪れた神殿を覆っていた黒い何か。

 聖女を切ると出てきたあの黒い、樹木のような太い指が纏っていた……黒い、黒い何か…………ソレによく似ていた。

「リア!」

「は、母上っ」

 俺には宙を漂う黒墨色に彼女の胸の真上で光り輝く何かが、虚空へと連れて行かれそうになっているのが見える。

「デュリオ! 呪いを何とかするぞっ?」

「もう……」

 彼らには唇を弧にしたまま、息をしていない女性の事しか見えていないようだった。でも、まだソコに『光』があるのが見えた。

 俺の姉を……ズタズタに裂いた時に見た、ヒトの魂の輝き……アレがそこにまだある。アレが見えなくなるまで焼いて潰した、最後の光の欠片……あの経験や俺のクソ親父からの血筋のせいか、他の者にない感覚が、アレを掴めと俺を急かした。

 俺は無理矢理体を捻り、デュリオの腕から降り、麗しく儚い様子でベッドに横たわった女性の元に駆け寄り、空を蹴った。

「童! 何という不届きなっ! 母上の上を跳び越すなどっ」

 俺は呼吸を失くした体の上で輝く塊を、黒の空気ごと掻き抱き、ベッドの向こう側に着地する。その衝撃で体のどこかが悲鳴を上げたが、無視だ。

「俺はその女性(ヒト)の『魂』を握っているっ!」

 俺が右手を掲げる。たぶん他のヒトには見えてない。いや、父王には見えているのだと思う。その真金色の瞳がその光をしっかり捉えていたのだから。

「……父王、俺に賭ける気はないか?」

「…………呪いを消すと、その解呪失敗によってダークエルフとなったレアの存在自体が否定され、そうなった後に生まれた子が消える可能性がある……親として、子は犠牲にできぬ。リアの決意故、我は、我はっ……手を出せぬのだ」

 今の今までイヤだと泣いていた癖に。父王の虚勢を鼻先で笑ってやる。

「詳しい事は知らん。難しい事もわからん。呪いを消す事で触りが起きるなら、消さなくていい」

 だけどこのままではラスタの母が死ぬのはわかる。

「呪いを引き剥がして、俺の中にとにかく入れろ。母君の魂を戻してから、後は考えればいい。躊躇っていれば、母君の脳が死ぬ」

「童っ! なんと乱暴な事を……」

「呪いを引き受ける『生贄』になってやるって言ってるんだ! 異論は認めないっ」

 俺は勝手に結界を作って空気中に漂う黒いモノを出来るだけ集め、凝縮して玉の形にした。ソレを招き寄せると禍々しく黒い毒林檎のように見えるソレをバリバリと喰った。俺の身に宿れ……そう念じながら……まずい、めちゃまずいし、体が毒に汚染されて行く時よりヤバいのがわかった。

 だけど咀嚼し、飲み込む。喉が破片で傷ついている感覚がするが、喰い続ける。

 その間にも呪いを結界で次々と囲み、黒林檎を構築して招き寄せる。

 たぶん狂気の沙汰にでも見えているのかもしれないが、通常だ。俺の通常が正気かはよくわからないが。

「手っ取り早いのは代替の『生体』だろ?」

 誰かが代わりに呪いを受ければいいのだ。生贄として。

 ココで難しいのは、その生贄が何でもいいわけではない事だ。家畜などでは代用不可だし、奴隷や犯罪者などを使っても本人が拒否すれば代替にはならない。

 最低でも呪いを受け入れる意思がなければならないし、呪いで替わりに死ぬ可能性は高い。

「やめるんだ、婿殿っ」

「の……呪いを口に入れるとはっ! 何てことを……」

「吐けっ童っ!」

「もう喰った……まだまだある。無駄にならんように、集めて俺に入れろ。早く……毒を喰らわば、皿まで? だ」

 本当の意味は『悪に染まるなら、最後まで徹底して悪で通す』と言う意味だが、物理的に『どく』を喰らう。この黒いのが物理かと言われれば微妙だが、圧縮してかき集め、口に押し込んで噛み砕いて飲み……

 こんな調子じゃ間に合わない。手中の光が小さくなってゆく。消え切ってしまえばもう母君の命の光は再び焚きつける事は出来ない。その前に母君の体が、脳が、壊死してしまうだろう。

 バリバリっ……黒くて不味い林檎を喰えば、ポタポタと鼻から血が落ちた。今日は安静に、だった気がする。視界が赤黒く歪み、いつしか床に座り込んで、飲み込んだ途端に吐きそうになるのを堪えている様は滑稽だろうか……ラスタと約束した『多少の無理』の範囲、に、入るだろうか。

「……婿殿、無駄にはせん。必ず助ける……故に、暫しその体を使わせてくれ」

 足元に黒い魔法陣が描かれ、ソレが回り出せば、俺が作った毒林檎やまだ集めきれていなかった黒い物が、俺の体を舐める様に駆けあがっていく。母君にまとわりついていた黒い霧が魔法陣に集約され、俺の回りに寄ってくる。父王が……魔法を動かしたのだ。

「呪われた者が死ねば、呪いは達成されて大抵、消える。綿々と……転生について回る呪いなど、神にかけられた呪いくらいだろ?」

 自慢じゃないが、俺には魂に瑕疵がある。ソレは呪いだ、今更一つや二つ、増えても問題ないだろう?

 ドリーシャの力を受け入れる時のようにそれらを体に受け入れれば、とても頭がぐらぐらして、何も考えられなくなっていく。

「ちち、おー……でゅり、お……これ、頼む……」

 掌に残った、とても小さな光の屑を差し出せば、どちらかが受け取ってくれた、と思う。もう、目の前が暗くなって、デュリオが泣きそうに顔を顰めるのが微かに見えた。

 その顔ですら格好いいし、その渋面は兄妹であるからかラスタにどこか似ている気がした。ラスタ、ああ、彼女の事を考えるうちにそれも見えなくなって。

 それでも俺の耳は……その光の屑で彼女の体を焚きつける為に、父王がまた別の魔法陣を動かすための呪文を唱える声を、子守唄のように聴きながら……

 俺はその身に取り込んだ何かが逃げて、引き剥がした光に寄ろうとしているのに気付いた。赤い……ドレスの裾が揺れたのが見えた……気がする。

「ダメだ……お前は、だめ、だ……行かせない……」

 左手に感覚だけで短刀にした赤い刀を出して、一気にそのドレスを突き刺し力を込めた所で……意識がぶっ飛んだ。

お読み頂き感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ