オルティスの記憶:番外3
この頃、夕方や夜に更新している時があります。
「お前の赤刀はお前を傷つけないのか?」
「まぁ? 鞘、だからな。俺自身が。でも右腕は切り落とせたから、切れないわけでは無い、な?」
自分でもこの刀の細かい性能はわかっていない。『表』と一緒に居た時は最初貰った3000年前以降、余り出番はなかったし、今世たった一人になってからは何となく、感覚で使っている。
3000年前この刀をかぐつちから貰った時、あいつは俺に刺してきた。投げて、ぐっさり、俺の喉から背まで斜めに貫かれた。
その時、暫く気を失っていたが、気付けばその傷はなかった。あの時、俺の魂に埋め込んだのだろう。片割れのキラではなく俺に付いてきたのは、記憶が保てる方だからか……その辺の基準すら、わからない。
ともかく先ほどカベチョロを刺す時に手の甲から壁に達する、深々と鍔まで刺さった痕も無くなってしまった。血も全部、赤刀が飲んでしまった。体に刀が戻っても血が戻るわけでは無く、そのおかげかクラクラするのは黙っておく。
「……違和感は?」
「なくはないが、刺すのは……まぁ問題はない?」
また右手は使えなくなるか? とか、ラスタに怒られるな? とか、思わなくはなかった。それでもあの執念深いカベチョロを逃がすわけには行かなかった。あいつ、ココで逃がしたら絶対悪さする……そんな確信……
今回、赤刀は俺の手甲から豆腐のように軽く貫通して、いくつか骨まで断ったはずだが、灯に手を翳してヒラヒラさせて見せれば、傷痕がないのを見て、デュリオは唸った。
「その赤刀はどこで手に入れた」
「弟に貰った。いや兄、かもしれない、が」
抜刀する時は喉仏の辺りを撫でる。そうすると形状等をコントロールしやすいが、この行動は既に絶対必要なのではなく、今では念じれば取り出せるようになった。ただ見た目わかりやすいのでそうやって抜刀し、掌大の小さな赤色をした抜身のナイフを左手の指先でくるくる回し、念じて納刀して見せる。
「その兄弟は、昔のか?」
「ああ。知る限り初めての『生』で。彼は火の神であり、戦いの神だとか」
青紫の美しい目にランプの炎がゆっくりと揺らぐ。端正なその容姿から出来る影すら芸術の域だ。彼と言葉を交わすだけで、自分が偉くなった気分になる者すらいそうである。残念ながら俺はそう思わないが。
「回りくどいのは嫌いだ。さっさと要件を言え、デュリオ」
命令される事に慣れていないのか、俺から言われる事に抵抗があるのか、はたまた名前が気に入らないのか、眉がピキキッと寄った。
だがしなやかで大きな手をそこに持って行って、揉む様にする。その様さえ人目を引きつけ、溜息を零せば拾ってあげたいと思わせる魅惑を醸す。指先一つで他者に困っている事を知らせ、口を開けば願いが叶うのを知っている者がする無意識の動きだ。
俺には効かないけれど。同性だし、異性であってもラスタ以外に興味はない。デュリオはラスタに似て真面目だから、色仕掛け出来る性格ではないが、本人が本気になったら凄いだろう。天地がひっくり返ってもなさそうだが。
下らない事を考えている間に彼の気持ちがやっと決まったのか、言葉が紡がれた。
「母にかかった『呪い』を解いて欲しい」
「のろ、い???」
「ああ。産みの母ルツェーリアの。それには内部の醜聞が関わっていて……」
「あーーーーいい。細かい理由は。誰かが母君を恨み、呪った、その事実だけでいい」
「あ? ああ……」
デュリオは困惑の顔をした。別にゴシップが知りたいわけじゃない。
ラスタの家族と会う、所謂『尋問会』の後。彼女に『生母』への挨拶は不要かと聞けば、体調が余り良く無いからまた後にと返事された。その時にラスタは『呪い』の説明しなかったのだから、他人の口から聞きたくはない。
「それよりも何で俺に? バシレウス王やデュリオなら解けるだろう?」
ハイエルフは生まれた時点で魔法が使える下地を持って生まれる。持って生まれた魔力量も多く、人間は言うに及ばず、エルフ種の中でも特に長生。それ故、その魔法を研鑽する事が可能である。
ちなみにエルフは『全員魔法が使える』というイメージが一般にあるが、それは間違いだ。古代エルフと高位エルフ以外の『通常種』と呼ばれるエルフ族は、血に魔力があっても魔法使いと呼べる程にその力を発露する者は人族より少し多い程度である。
ではなぜそのようなイメージが先行しているかと言えば、森を出てしまうようなエルフは、その身を守る術として魔法を持っている者が多い事。また妖精の加護により魔法を使っているように見えたり、ヒトより魔力が多いので強力な魔道具を操ったりする者が多い為だという。
デュリオは紛う事なきハイエルフ純血種。解呪が必要なら特訓を重ね、その能力を手に入れるだろう。しかし彼は沈痛な面持ちで首を振った。
「母ルツェーリアは生まれつき体が弱かった。だからこそ父のかけていた厚い『守り』の魔法が仇となった。それを破ってジワジワと浸透させる事で、母に初期症状が出ず、更に父の魔力……父の『血縁』の魔法に耐性がある呪いとなってしまった。つまり俺の魔力で解呪は不可能、父は今も呪いの『侵攻』を遅延させているが、解呪は出来ない」
短期間しか父王を見ていないし、複数いる母達の中で俺はエルフの母シェアスルしか会っていないが、彼はとても愛妻家だ。その愛情を複数に振りまく度量と、全員を不満にさせない技量は、男としてある意味……尊敬に値する。
羨ましいとは露ほど思わないが。俺はラスタ以外、誰も、何も要らない。
それでまぁ、そんな博愛の父王が妻への『呪い』を放置するわけは無さそうだと思ったが、そういう事情があったらしい。ハイエルフの魔法が効かないなら、下位互換であるエルフの魔法も通らないと予測できた。
「その後、体が弱い事と呪いのタイミングで、余命宣告される程まで悪化した時に、伯母であり義母のフィレンディレアが一度、世界樹の力を流用した禁忌で解呪に臨んだが、それでも完全解呪に至らず。ただ成功した面もあって、お陰で母はまだ生きて居られているのだが、3300年前にヴィーを産み、更に母の体で多胎児は厳しく……双子を産んだ事で体調が戻らなくなり、少しずつ少しずつ再び容体が悪化して……だがこれ以上ヘタに手を出せず、対処療法だけしか行えなかった」
デュリオは魔道写真を床頭台の引き出しから取り出した。紙一枚だが、中には静止画の形で写真が多く内蔵されている。アルバムのようなモノだった。
彼はソレを寝転んでいる俺に渡してくる。
そこには五人の女性が写っている。
「真ん中の三人、右が母ルツェーリア、左が義母のフィレンディレア……真ん中が呪いの大元になった女性でスピナ・アイギアス、父王の婚約者だった。後ろの二人も含め最終候補だ」
「ふーん……呪いは本人が解かなかった? 解けなかった?」
「捕らえた時には狂っていたらしい。呪いをかける者に最初から正気などないだろうが。もともと家系的な話で魔法の素地はまぁ……あったようだ。彼女と加担した家族は皆、極刑になった……ただかけた者の死亡では呪いは解けず、複雑化して今に至っている」
右に写ったラスタの生母であるルツェーリアは、全体的に白に金を散りばめたように見える、細くて儚い印象を与える庇護欲を誘う美人だ。白に近い金色の髪、ぱっちり開かれた水に薄めて極淡くした中に、キラキラと輝く瞳の金の美しさは砂金を閉じ込めたようだ。垂れ目なのでとても慈愛に溢れ優しそうに見える。
左の義母のフィレンディレアは顔の輪郭や鼻の感じなどはルツェーリアに双子のようにそっくりだったが、身長差とぱっちりした目が釣り目気味なので好戦的に見え、随分と印象が違った。その瞳はラベンダー系の淡い紫。髪色は朝日を束ねたような光のある金。痩せすぎではなく健康的でちょうどいいスレンダーな美しさがある。
真ん中のスピナ・アイギアスは灰が入った金の瞳をしている。何かを堪えたような表情のせいで気難しそうで、知性と気位がとても高そうに見えた。ドリルとまでは行かないが、優雅に柔らかく巻いた髪。二人に比べると装飾の多いドレスに髪型も相まって派手な印象があるが、その誇り高い表情はすっと目を奪われる美しさを内包している。
呪いをかけた大元と聞いている為、偏見が入ってしまうが、聞いていなければ後ろの二人を含め、五人ともどこにでもいる『貴族令嬢』としか思えない姿だ。
皆が一様に美しいのは仕方がない、ハイエルフと言うのはそう言う種族なのだから。
この写真は最終候補が決まる少し前にあった、新年の祝賀会で記念として撮られた。ルツェーリアは体調が整わず行事に不参加が多かった為、とても貴重な一枚らしい。
「かけた本人が死んでも解けてないのか……」
呪いを解くのは簡単であり、難しい。
もっとも簡単な解呪は呪いをかけた者が自主的に解くか、死亡する事だが、恨み辛みの気持ちは死んでさえ、別のモノを呼びこんで根が深まる。今回はそのケースのようだ。
そして乱暴な話、呪いの望みが相手の『死』なら、対象が死ねば呪いも消える。呪いが『死』を確認して消えた後に、対象者を蘇生させればいい。ただ蘇生できる率が高くない。まぁ当たり前だ。
攻撃して呪いを断ち消すなら一撃でやってしまわなければ、父王の魔力のように耐性を付けさせてしまう事もある。話を聞けば聞くほど時間が経ちすぎて、完全に手に負えなくなっているようだ。
「母の体は完全に弱って、ここ数か月で極端に悪くなっている。ヴィー達には知らせていないが」
「…………俺の、俺の所為もあるかもしれない」
「ま、さか……いや、ありうるか?」
「ああ、たぶん。タイミング的に……」
気付いてしまう。
知らなかった事とはいえ、俺の中には『呪い』が住んでいた。タイミング的に精霊国の親ドラゴンを倒して気を失った時に。それに気付かぬままウィアートルに抱えられてエルフの森に入り、療養していた。更にラスタに連れられて世界樹の居所へ移動し、俺は居座ってしまった。
俺の中のソレに触発されて、母君の呪いが活発化した可能性は十分ある。
デュリオも言われて思い立ったらしい。俺をギっっと睨みつけた。そうされても俺が滞在した事実が消えるわけでも、時間が戻るわけでもない。
「呪いをどうにかしたい。それが望みか?」
「……童なら可能か、と」
俺は魔道写真をデュリオへ返した。
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