オルティスの記憶:番外1
家族へ紹介されて、時間が少し経って……
ラスタ姫の家族と少しずつ関わっていくティ…
そんなある日のコト。。。
その頃の俺はまだ世界樹の居所での生活に慣れていなかった。
苦もなく与えられる美味しい食事。
染みの無い清潔で柔らかな布団。
時節にあった毎日交換される衣服。
ソレは師匠の所でも与えられていたけれど。布団で寝た記憶がないほど、毎日死ぬまで鍛えられていたから、今とは違う。
幸せなのだろうが落ち着かない。ふと夜に目が覚めて、外のベランダにあった四角い石造りのケースに嵌って寝ていたら、ラスタが覗き込んで来ていた。辺りはだいぶ明るくなっていた。
「おはよう。またずいぶんと……積極的だな?」
彼女も今は身長が低いので箱の縁を掴んで背伸びして覗いているうちに、かなり距離が近くなっていたようで。それも身長とほぼ同じに長くなった彼女の少し濃くなったヒヨコ色の髪を引っ張って、口付けしてやれば、ラスタの顔が赤くなる。
「あああああっ……貴方って人はあいかわらずですねっ」
「変わっていて欲しかったか?」
柔らかい髪先が唇に触れて、甘やかな緑を感じる彼女の香りが鼻先を擽る。ラスタにこうするのは揶揄ってではなく、好きだから。今は憚ることなく主張できる、そこは今までと違っていたか……そう思いつつ土を払ってマントを引っ張って纏い、箱からひらりと飛び降りる。
「どうでもいいです。あなたが、アナタなら。でも……」
なら、いいか、好きだって説明せずとも。こないだも言ったし。また言うし。
成人女性の姿から縮んだ幼女期のラスタ。それでも俺より頭一つは確実に大きい。急に手を伸ばされ、反射でのけ反りそうになりつつ体を固めた。彼女に触れられるのは嬉しいから力を抜く。その手の平が柔らかく頭を撫でて、そして嬉しそうにそのまま飛びついてくる。
「この、耳は、とってもかわいいですよ?」
「か、かわいいって……言うなっ」
かわいい、は、要らない。
それじゃなくとも小さいのに。
頭の耳はさわるなと嫌がって首を振れば、追いかけてくる、追いかければ逃げる。俺が本気で逃げれば敵うわけもないが、楽しいのでクルクルとその場を走り、ラスタの手を逃れ、かわいい彼女の声に、俺も妙な高い声が出てしまう。
「そろそろギルドに仕事をもらいに行っ……」
「まだダメですよ?」
すん……俺の一言で今までのふわふわした雰囲気が消え、彼女から表情が抜ける。俺は立ち竦んで彼女を見上げた。
「く、かわっ……そ、そんな目をしても駄目ですよ。あと……ふた月。それ以降も定期的に診るってウィア兄上が言ったでしょう? 今、キッチリ直さないと二十歳くらいまでで壊れてしまうと」
そっと手を取られ、言葉を更に紡がれる。
「貴方はまだ本当に子供なのですよ? 甘えてゴロゴロしていればいいのです。あまり貴方がそうしている姿は思い浮かびませんけど。寝るのも出来ればちゃんとベッドで……落ち着かないのでしょうけど、これプランターですから。明日には庭師が花を植えてしまうのでもう使えませんよ」
「そう、か」
平均的な子供に比べて俺の身体は小さい様だ。奴隷なんてそんなもんだと思っていたが、確かに奴隷にしては喧嘩や虐待が少ない珍しい飼われ方だった。どうも用途別の檻で飼育され、俺は『小さく』育てられていたようだ。生まれ持った魔法で体を自然に保護しているようだが、それでは大人になるまでは持たないくらい基礎が悪いとの事。
そういえば師匠も色々気を付けるように言っていたし、痛みの操作が過ぎると竜官士にも注意されたなぁなどと思う。
思ったよりも回復しないのは親ドラゴンの血風呂に長時間漬けられたせいだろうと言われているが、もともとの歪もあるのだと。俺的にはもうイイ気がするのだが。
言ったらラスタがキィってなるのは可愛いが、忙しい中、迷惑かけて嫌われるのはイヤだ。
「ティ。今日もお医者様に言われた事を良く聞いて、過ごして下さいね?」
「わかった」
言いつけを守って適切な食事の後は薬を飲まされ、ノンビリ本を読まされたり、ウィアートルの楽器を弾いたり、服を頻繁に着替えさせられたり、暇ではないし楽しいのだけれど。どこか気の抜けた生活ではある。
ラスタは外相の一部を担っているので公務が忙しいし、突然身体が小さくなって外出警備の問題なんかもあり、調節するにまだイロイロ大変そうだ。思ったより会えない。
父王の部屋に行くと机の上に小さい樹があって、あの葉の色がラスタの瞳の色だから眺めていると心落ち着くので、良く入り込む。けれどラスタより父王の方が優雅に過ごしているように見えるのが解せない。
イロイロ何だか、困る。所在ない、と言えばいいのか。そんな中、一番時間が潰れるのは運動の時間だ。
「っ……」
「足が長くていけないな」
ラスタには兄が三人いて、真ん中がウィアートルで、その下には姿を見た事がないダークエルフハーフの兄が居るらしい。それは本好き少女、ラスタのすぐ下の妹クラーウィスと同腹で、父王のハイエルフの血もあって、妖艶な美形だと聞く。その三男の兄と五の姫クラーウィスに挟まれているのが四の姫のラスタだそうだ。
父王にはたくさんの妃が居て、ラスタ達子供同士も母親達も全員仲がイイ。家臣達の思惑はあれど、家族間では後継者争いとかギスギスした関係が無いようで何よりである。
ラスタの一番上の兄が今、目の前にいる、その言葉通り長い足で腹を蹴って来た男で、名をデュセーリオという。
俺は彼をデュリオと呼ぶ。変わった名前で呼ぶと目くじら立ててくるのが、昔のラスタみたいでとてもかわいい。
知っている限りでラスタに一番似ている兄弟だ。彼女と同腹は後三人、最も年上の姉で服飾デザイナーのクリュシュ、そして末の双子である。
「ぐっ……」
『……気っ、カッ』
蹴られて訓練場の壁に叩きつけられる前、咄嗟に痛覚を鈍くし、どこか軽いけれど、イヤな音がした。て、か、それに合わせて『声』が聞こえた。
どこから?
何と言ったか?
考える前にデュリオの攻撃が来そうだったので、思考を止めて掴んだ砂を投擲し立ち上がって走る。
「子供だまし……っを!」
魔法で加速した砂は結構凶器だ。それも俺の壊れた魔法の能力は押さえているとはいえ、存分にその男を襲う。そのくらいデュリオが大丈夫なのは確認済だ。二刀流で切り裂かれた砂達の後ろに築いた岩壁。それへの激突を避ける為に、その長い足で蹴ってくるんと宙を舞い、着地。
「お。デュリオ、かっこいいぞ。じゃ、これどうだ?」
「っ……ナメた口を後悔しろ、童が!」
「あーはいはい」
壁をいくつかに分解して飛ばしてやれば、避けたり切り裂いたりして俺に詰めよってくる。池の飛び石を蹴る様に抜群のバランスでこちらに向かってくる様は、長身と相まってとても見栄えがする。
俺は迫るデュリオの二刀を避ける事無く、走り込んで勢いをつけて真向で受け止める。潰した剣同士が曲がった。折れぬように魔法で凍らせて補佐する。そして何度もお互いの太刀筋を重ね合わせれば、高い金属と氷の連撃が美しく、音楽を奏でるようだ。合わせて調子を上げれば、デュリオもしっかりついて来て上を行こうとする。
凄腕の双剣使い、型にはまった剣術の中にしっかり足蹴りなんかも混ぜてくる。先ほどまで剣の型稽古に出ていた几帳面さは学ぶに値する技術があった。横で真似ていたら気になるのか、渋い顔しつつ指導してくれるし。
「ふっ……楽しいなぁ、デュリオっ」
「おかしな名で呼ぶな、この戦闘狂がっ」
「十分、デュリオも……っ……」
腕を鈍らさないよう、そして右手のバランスを確認する為に許可を得た軽い運動。ほんの、軽い、運動、だ。
『……死……ヌ、気カ、……ロ』
「ん?」
『やめ……ロッ……』
こんなのはもう何回かやっていて支障が無かった。だが本日はちょっと違和感とやはり何かの声が聞こえ、デュリオから距離を取って後ろに跳ぶと、顔を袖で拭う。
ぽたぽたと鼻から血が。
「おい……」
「あれ?」
すうっっと喉から何かが上がってきて、飲み込もうとしたのにその量が多すぎて床に……吐いたら拙いので、近くの洗面所に取り付く。
だが鼻と口からの血が服を少し汚してしまっていた。袖もだ。勿体ない。
「上等な服なのに。早く洗わないと」
「おいっ」
着せられていた上等な生地の白いシャツ。クリュシュがデザインしたサイドウェイカラーのオシャレなヤツだ。脱いで洗おうかと考えていた後ろから、冷気を帯びた怒気を纏ったデュリオは、俺の服の背中を掴んでプランと持ちあげた。
「リオ兄?」
訓練場のサイドで、ぼーっと剣を磨きながら見学していたラスタの末弟、双子の片割れゼアが声をかけてくる。こいつはそこまで弱くないが、訓練なんかはワザと手抜きしているやつだ。
顔は美しいが、腹の中が何を考えているかは分からない、生意気を通り越して狡辛い感じがする。俺に言われたくないか。まぁ現実的な『痛い目』にあった事が無いのだろうなと思う。自分でどうにでもできると思っているようだが、世間を知らないのだろう。でもこいつが焦燥するような世の中でない事が、平和である事の指針だと思う。
「で、降ろせ?」
「ゼア、他言無用だ。この童、暫し預かるとウィアに伝えろ」
俺の要求ガン無視してくれるデュリオ。双子弟が金髪を揺らして頷いたかどうか、その瞬間には魔法陣が過って、視界はもう訓練場ではなかった。
気配でココが世界樹の居所だとはわかった。
初めてここに来た時、ラスタが使った移動方法。ハイエルフの王家に生まれた者はこの居所にワンフロアが自室代わりに与えられる。血によって願えばこの大陸内ならどこからでも自分のフロアへ一瞬で帰還可能だという。
だから居所内の訓練場からなら大したことはないのだろう。
「で? 何だ……」
俺が連れ込まれたのは彼のフロア、その一角。彼の部屋は黒白のモノトーンとか青などの寒色系をイメージしていた。だが連れてこられたのは落ち着いた暗赤の絨毯、重くない色合いの茶系の家具が入った暖かいカントリー風の部屋。
その奥のくすんだ無地オレンジの布団がかけられた大きなベッドに置かれると同時に、魔法陣が浮かび氷で作られた鎖で四肢を縛られた。
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