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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
番外編『幸せな二人の裏側と』

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ウィアートルの記憶:番外6

「座るがイイ」

 やっと出た父王の着座の許可に従い、真ん中のソファーへとラスタが導き、ティと一緒に座る。

 小さい二人ではローソファーであってもどうしても背もたれまで足りず、座面が柔らかいのも手伝って油断すれば寝たような態勢になるのは目に見えている。

 父王がその方向に指を指し示せば空間が開き、魔法陣よりトストスとたくさんのクッションが降って、その背を埋めて支える。

 それを不思議そうに見やるティ。彼は空間を扱う魔法が苦手だから、その魔法陣を見て興味津々だ。

 その視線にまんざらでもなさそうな父王。その幼子達への気遣いや態度にウィアートルはホッとしつつ、自分はデュセーリオの前のソファーに座った。

 そのタイミングでチリンとどこかで鈴が鳴る。

 王の傍らでその成り行きを見守っていた母が差配したようで、ノックで了解を取ったバトラーがメイドの運んで来たワゴンを妃の後ろにまで移動させると、お茶を用意し、それぞれに配っていく。

 部屋の中にお茶の良い香りが満たされ、今までの硬い雰囲気が一掃されていく。お茶と共に手拭きも用意され、手づかみでも食べられそうな小さく甘い菓子や、ジンジャーなどの甘みの少ない菓子や軽食などが提供される。

 その隙に長兄の隣にいたクラーウィスはゆるっと自然に立ち上がって、背もたれのクッションを抱っこしつつ、そっとウィアートル側のソファーに座り直す。子供サイズの二人ほどではないが、彼女も小柄なのだ。

「さ、寒かったぁっ……」

 小さく言って、きゅっと握っている手をウィアートルが握ってやれば確かに冷たいし、どきどきと動悸が早いのまで伝わる。

 どうやらデュセーリオの感情が滲んで魔力制御が上手くいっていないようだ。妹の様子でソレに気付き、申し訳なさそうに見てくる長兄。しかしその視線がまた怖いので、ぷるるんっと震えるクラーウィス。

「紅茶は飲めるかね」

「甘いのがイイかしら?」

「……お気遣いなく。何でも大丈夫だ、です」

 ティは目前の父王とその隣の妃に問いかけられ、ざっくりと丁寧に聞こえる言葉を並べて無礼を誤魔化す。

「ふふふっ大丈夫よ、そんなに畏まろうとしなくて。可愛い殿方ですね、ヴィラちゃん。私はシェアスル・アッシュレイト。エルフの妃よ? これからは義母の一人となるわ。で。お名前は?」

 ふわふわぁっと優しく笑って、バトラー達が出て行ったのを見計らい、ティに言葉を促す。ちらりとラスタを見てから、頷くのを確認してその名を口にする。

「…………オルティス・シュヴァル・ユウェル」

「まぁ……ヴィラちゃん。名を贈ったの? まあまぁ……居所が先ほど光を降らせたのはこの子の為なのねぇ」

「オルティスはこの星に生まれて名を戴いておりませんでしたので、わたくしが先ほど。ティに夜明けが来るように、と」

 ざわり、母とクリュシュを除く全員が驚いた反応を示す。

 この世界は魔法が発達している。故に血や名は比重が重い。親が子に名を付けるのは儀礼として、そしてこの星に生を結ばせてその命を無為に失う事がないよう願いが込められている。性格や行動、選択に影響を与えるモノ故、親は子の健やかな未来の為に無私の愛を込める。

 しかしそうではない他者に名前を贈り、また受け取ると言う事は大変に重い事だ。

「黒き、宝石……夜明けの……ヴィねーさまの……だけの? 唯一ぅ……たった一つ……」

 ムぅ~っと言いながら温かいお茶を飲み干して、クラーウィスは頭を捻った。彼女は見た目は幼く見えるが、本の虫であり、『歩く書庫・禁書庫』とも呼ばれる彼女の知識や慧眼はその裏を読み取り、明確な言葉にする。

「ヴィーねーさまの至宝ユウェル……それってぇ~すぅっごく死神さんの事が好きってコトなんだねっ」

 ティの貰った〈夜明けの黒き宝石〉オルティス・シュヴァル・ユウェル、その名にクラーウィスは、ラスタの彼に対する強い望みと共に、想いが滲んで溢れているのを誰より正確に表現する。

「ヴィー姉がそんなに思う程っ? この小さいのが?」

「綺麗に仕上がっているのはやっぱり恋のせいね。恋はオシャレの一番のスパイスよねぇ」

「ヴィラちゃんったら……まぁぁ本当に好きなのねぇ」

 双子の妹エクラの疑問詞に、クリュシュとシェアスルのノンビリした言葉が続く。

 一方、ラスタはその名前に彼への夜明けがある事を望んだだけ……で、彼は誰にも渡さない、自分の唯一だ……そこまでの独占欲さえ感じさせる名になっている事に今更気付く。

「……そのような、コト、は」

 なくは、ない。もう誰にも彼を傷つけられたくないと思っている。けれど五十年程の時を過ごせばまた彼は旅立ち、きっと辛い道を行くのだろう。だから名で縛ってしまいたい……そんな思いが出ていなかったとは言えない。

「うんうん、若いねぇ」

 先ほどまでの硬さはどこへやら、茶を飲み始めた父王は役割が終わったとばかりに軽食を摘み、ちょいちょいとティを招いて体を寄せさせ、机越しにティの口に食べ物を押し込んでいる。

「婿殿はもう少し食べて大きくならんとな」

「(むぐむぐ)」

「おお、ハムが美味いか?」

「(もぐもぐ)」

「これはエルフの森の民が作る香草で、獣人族が仕立てた一品。美味かろう」

「(ごくん)」

 コクコクと頷きつつ口に押し込まれた食品を食べる姿を見ながら、双子の弟が腕を組んで『どこかで見た事が……』と、首をかしげている。

 そしてウィアートルの前には、むっつりと、しかし誰も気づかぬくらいだが、微かに涙目で茶を飲むデュセーリオ。その表情は嫁を出した父親だ。

 本日、子供サイズが二人も居るので、それに合わせて今日はすべてローソファーな為、長身の彼の脚には低すぎる。それでも周りから見て誰よりも一番きりりと見える姿勢で座る彼に、甘そうな菓子の皿に軽食も載せ、気付かぬようにではあるがそっと寄せてやるウィアートル。兄が甘いモノがそう得意ではないのは知っているが、精神的疲労の回復にきっとイイだろうと思っての事。

 そうしながらティの方も見て声をかける。

「ほら父さん、まだティは本調子じゃないから。一気に食べさせると良くないんだ」

「そう、か。昼食は入るかな」

「少量にして」

 久しぶりの小さい生き物、そして不遇の婿殿を義父として可愛がりたい様子だ。

 ティはもごもごと、追加で口に押し込まれたモノを飲み込んで、紅茶で流し込んで一息ついて。そして豪華な絵が描かれた天井とシャンデリアを見上げ。横に座ったラスタ達の会話を聞いていたのか、じっっと彼女に視線をやる。

「ティ? どうかしましたか?」

「ラスタ…………お前」

「はい?」

「俺のこと、ーー好き、なのか?」

「!」

 見つめ合う中。

 少し落ち着いていたラスタの顔が、また一気に朱に染まっていく。

 その新芽色の瞳を潤ませて、何か言おうとあうあう口を開くが、言葉にならず……

「っ、な、んで……。あなた、が……っ、ティが、ぃま…………気付いた、みたいな顔、するんですか……っ」

「だって……言われてない……ぞ?」

 確かにティから『好きだ。ラスタ……永久とこしえに愛してる』と言われた時に、彼女は答えを返した。それはティにとって嬉しく、心地いい返事ではあった。

 だがその中に『好き』と言う単語は確かに含んでいなかった。だからまだじっくり待たねばと……なので疑問詞になった。

「ラスタはゆっくり五十年、考えるのだと……」

「五十年、ね、要らなかったのですよ。答えなどもう、とうの昔に出て、たの、ですから。わたくしは、あな、あなたが…………なのだと」

 その二文字は家族が回りも居るし、気付いてすぐに腕を癒して幼くなって、意識を飛ばして寝込んでしまった。本人的にはまだまだホヤホヤすぎるその気持ち。3000年してやっと気付いたその気持ちは、それでもまだまだ口にするのに恥ずかしくて……言えなくて。

 幼女化したせいで、大きく見えるその瞳から。瞳より更に大きく透明な雫が溢れかける。恥ずかしさの中にいろんな感情が入り混じって、言葉にならず、涙となって溜まる。

「あああああっ、ヴィラちゃん待ってぇ」

「ク、クリュー姉上……」

 その雫が落ちきる前にささっっと姉が動き、ハンカチやファンデを持って体裁を保てるよう、機敏に対応する。

 ティはその顔がラスタ姉の方に向いたので見えず、展開が良くわからなかった為に首をかしげる。

「……めっちゃデキるヒトだ」

「ティ、彼女が一番上の姉でクリュシュ姉上だよ。俺の隣のこの子がクラーウィス、ヴラスタリのすぐ下の妹。昨日、会ったよね?」

「死神のお義兄さんよろしくね~」

「……ああ」

 やっと調子を取り戻したのか、ぴょこっと顔を出して手を振ってくるクラーウィス。ウィアートルはティに家族を一人ずつ紹介していく。

「俺の前が長兄のリオ兄……デュセーリオ。あっちが双子が一番下の弟妹でゼアとエクラだよ」

 デュセーリオは鋭い青紫の瞳でちらとティを見て小さく溜息を吐き、エクラと呼ばれた女性は興味無さそうにお茶を飲んだ。ゼアが首を傾げるのを見て、

「あれ、あの時の……ラスタの『大切』か?」

「そう言えばゼアには面識がありましたね……」

 クリュシュの世話を受けながら、ラスタが答えた。

 3000年ほど前、ティはまだ地球に生きていた頃、どこかの星のハイエルフに連れ去られた子供を助けた。それがラスタの弟だった事を彼は思い出したのだ。

「大きくなったな、今の俺くらいだったか?」

「年齢的には。でも貴方の見た目はあの頃のゼアよりは遥かに小さいですね」

 ああ本当に『あの男』なのだ……そんな記憶のすり合わせにジワリと喜びの感情が湧くラスタ。幼女の姿になった為か、感情の起伏が激しく、涙腺が緩いと思いながら彼女は返事した。

 二人の会話を聞いて父王が尋ねてくる。

「婿殿は末の息子に面識があるのか?」

「ええ、昔、『事故』がありましたでしょう? イル様に紹介されて助けてくれたのがオルティス、でした」

「あの時、末の子を助けるのに助力したのも其方だったと?」

「?」

「違うのか? その分も礼をせねばと思ったが」

 確かにティはソレを手伝った記憶があった。

 しかしその礼は『前払い』で遥か昔に貰って、彼の中では終わっている。

「ぁ……あの時、の礼か? すでに礼はラスタに『体』で払っ……」

「ああああああああっーーーー」

 ラスタが慌ててティの口を手で塞いだ。

 あの時の礼は前払いと言って、キスされて………………3000年経っても乙女でヒヨコなラスタに、好きと言う二文字さえ言えないのに、それを家族の前で披露されるのは耐えられない恥ずかしさである。それも『体』で、などと、誤解されたらどうするのだという言い回しをしてくれるから、彼女は必死で止める。

「なんでも! ええ、なんでもありませんとも!」

 その場を取り繕おうと慌てるその態度は、いつものラスタの姿ではなかった。家族にさえ、素を見せようとはせず隙の無い姿勢の彼女とは思えない。

 けれどウィアートルはそんな彼女がとても好ましいし、ティが『好き』なのだとわかる。その二文字を伝えきれていないようだけれど。

「むぐ。おま、ちょ、ラスタっここ柔らかっ……」

「だって、アナタ、滅多な事を言い出すからぁ!」

 口を押さえられて広いソファーに敷かれたクッションにめり込んだティ。その上に乗りかかったような態勢になったラスタ。それは幼子が戯れているようだが、この二人の実年齢を考えると人前でやるような事ではなく。

「黙るから。ラスタ……退いてくれ。こんな昼間に煽ってるのか?」

「ん、ん、な、わけではないですぅっ。うまく……きゃっ」

「そこは、だっ……」

 イロイロ気付いてラスタは起き上がろうとするが、柔らかすぎてうまく立ち上がれない。

「あらまぁ、お洋服がシワになってよっ! ヴィラちゃん」

「大丈夫か、ヴィー!」

「は、はい、クリュー姉上っ。り、リオ兄上っも。ありがとうございましゅ」

 服の事で姉に引っ張り上げられ、それを補佐するようにデュセーリオの冷たい氷交じりの風に助けられ、慌てながらも心底から礼を言うラスタ。

「気を付けるのだ、ヴィー」

「はい……」

 妹のちょっと噛んだ言葉の可愛さにデュセーリオは内心で悶えながら、優しく、だが先ほどより少しティから離して座らせる。ソレを見ながらウィアートルは立って、クッションにめり込んでいたティを抱き抱えた。ラスタが避けてから、ティの顔面にクッションがドサドサ落ちて来た、それが誰のせいか言及する気はない。

「はいはい、ティも、ね」

「たす、かった、ウィア」

 これ以上、少し気分の上がった兄を刺激すまいと、そのまま自分の座っていた席に連れて行って膝抱っこしてやる。体を捩じって抜け出そうとする幼児の頭をポフポフ撫で、落ち着かせると話し始める。

「うん、じゃぁ。改めてティの取り扱いはヴラスタリの『婿』ってコトで。俺が世話係って事だから、みんな一応よろしく。まず……彼とヴラスタリの出会いは3000年ほど前、英雄イル様によってなされたそうだよ……ね?」

「ん、ああ。そうだな……」

「ええ、従者としてこの森を出ていた頃の……」

 そうやって略歴を二人に聞きだしつつ、他の家族にその幼児の事を伝える。途中からは母シェアスルの発言に依って、彼の取り扱いを正確に定めて行く。

 ちょこんと膝に座っているティのだいぶ揃って来た黒髪を、ウィアートルは撫でる。消し炭のように腫れて悲惨だった姿が、まぁ見れる形で妹と再会させられて良かったなと思いながら。

 もし……『番』との子が居たらこんなだっただろうか……イヤイヤ、もっと真面だろうけど……などと、詮無い事を考える。ま、きっとティが居る間は暫く退屈はしないだろうね、と、彼は笑った。

お読み頂き感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。

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