ウィアートルの記憶:番外5
昨日は夕方に更新。
読んでない方はそちらから先に閲覧くださいね~
室内は広く、通った扉に対し横並びに、三人ほど座れるローソファーが三脚、合わせた高さのテーブルが並ぶ。それを挟んで向かい合わせにもう三脚、ソファーが揃えられていた。そして部屋に満ちる空気は重い。
金色の桟が嵌った窓の向こうにある豊かな森と青い空を背に、向かい側、真ん中のソファーには父王と妃シェアスルが座す。
左のソファーに氷の麗人長兄デュセーリオ。隣端には昨日ティとラスタを見て騒いで回った五の妹クラーウィスが、隣の兄に対して緊張でカチコチになっていた。
右には昨夜あった家族の話し合いには来ていなかったラスタの同腹で双子、末弟のゼア、そして末妹のエクラが優雅に三人を見やった。
家族皆、前情報で聞いてはいたが、その視線は幼くなってしまったラスタの姿を見て、一様に驚いていた。その後、手を引かれた黒髪の幼児に向いた。
その背後で扉がぱたりと閉まる。
ティはラスタに手を引かれつつ、ウィアートルに挟まれるような形で立っていたが、するりとラスタから手を解く。そして一歩後ろに下がると右手を胸に当てて、真ん中に座る主へ、口も目も閉じ頭を軽く下げた。
ティはこの星の礼儀など知らない。
王への礼儀など習っていない。
奴隷上等、舐めるな、とは思う。
けれどエルフの王でラスタの父と聞いたから。
ティが自分の知る限りで敬意を表す。しかし片膝をついたり、まして土下座は違う、卑屈になりすぎない態度に出る。王と言っても自分の王ではない、しかし年長者への敬いは忘れぬ範囲で。
「ほう、確かにただのヒトの子ではないな」
ラスタ達はハイエルフ。
ハイエルフの美しさは他種族に上位の存在というのを本能的に伝えるほどだ。何なら無意識に頭を垂れさせてしまう事さえ可能な、荘厳とも呼べるレベルで美しい。生粋のハイエルフでなくともエルフ種は綺麗なのだ、気後れしてしまっておかしくはない。
ラスタやウィアートルは見慣れているのを差し引いても、そんな者達が、今何一つ偽装せず、家族でずらっと並んで見ている中、約五歳児が怯えもなしに立っているだけで評価できる。礼を取りつつ、己のスタンスを貫くなどあり得ないのだ、ただの人族に。
「その魂、神と成れし者であったのに。堕落したのか」
ウィアートルは父王の言葉が既に理解できない。だからラスタの方に灰色の瞳を投げた。彼女は微かに口を動かして、
「私もよくわからない時代の事ですが、彼の持っている刀が神のモノではないかとは……」
やはりもう少し聞き出してからココに連れてくればよかったと思うウィアートル。昨夜の父王は乗り気っぽかったので油断した……とも。娘と息子だとやはり付き合う相手への対応も違うのだろうかと思う。彼が結婚すると言った時、何の反対もされなかった……
そして思ったよりも自分がティに肩入れしている事にも気付かされる。確かにティは利用価値もあるが、ラスタとの触れ合いを見れば彼らを離すなんて考えられなかった。
「父さ……」
「黙れ、ウィアートル。……真に我が娘を思うなら、来るべきではなかったとは思わんのか。その『魂の瑕疵』、消える事はなく災厄を呼び寄せる身。わかっているならば、愛する者の側にこそ居てはならんだろう?」
「お父様……」
ラスタは苦し気に声を絞った。
席にも座らせる事なく、ソコまでの拒絶をされるとは思わなかったのだろう。周りの兄弟達など何が話されているのかサッパリわかっていない。多少は事情を知るウィアートルでさえ、王の目に何が映っているかわからなかった。
しかし王と幼児の間で何らかの話し合いがされているとわかっているので、皆は口を挟まず静観する。
そこで今まで目を閉じていた幼児がその瞳を開けた。その大きな瞳には意志の強さが良く見え、何の曇りもないがまるで深い淵を覗いているかのように底が見えない。
今まで感じた事のないゾッとするような気配に、ウィアートルは微かに身じろいでしまう。
一緒にドラゴンを討伐した程の仲だが、彼の気力が尽きかけた所しか見ていない。巨大で何物より猛々しく、それも子を殺された竜の本気を受けて生き延びた幼児。ソレが普通であるはずがない。
氷の貴公子とも呼ばれる長兄デュセーリオが、深く眉を寄せるくらいにその気配は重かった。
「言い訳はせぬか」
「特にないな」
「……では判断のしようもないが。その顛末を話す気もないか」
「……罪状で言うなら母殺し、だ」
その小さな口から出た言葉に皆、なんて非道な生き物が目の前に現れたか鼻白む。何故、そのような者を心優しく曲がった事が嫌いな四の姫が連れてくるかわからない。
皆の視線が固い事に気付き、ラスタは思う。かつて自分が彼に向けていた『最低男』へのソレを、今家族が彼に抱いていると。
総てに理由がある、はずだ……けれど彼はそんな説明せず、誤解させようが我が道を進んで、決して言い訳はしないのだと、そう知っているから水を向ける。
「何故、そのような事になったのです?」
「ん? そうだな……俺が生まれ、母が亡くなった。生まれた事が堕落と言うなら、そうなんだろ?」
ティの台詞に父王は言葉を詰めた。ティの発言は偽りや虚言、また言い訳でもなく真実だと王の耳には聞こえ、その理不尽を理解できたからである。
彼の王は生まれた時には『王』となる定めにあったが、その道も平かではなかった。誰にも言えぬ苦痛や選択、辛酸は舐めた。理不尽という道を強制される不遇は知っているが、その中でも最低の道を歩いてきただろう幼児の言葉に、首を振る。
「生まれた事が堕落とは……流石に我も思わん。ではその瑕疵は……」
「父親に、だな」
「父親と確執の中、生きたのか?」
「その生、呼吸してたのは一分くらい、か?」
「なんと。父、に、殺されたか」
「まぁ?」
何て事のない事実として口を開くティ。
ラスタは今まで握られて指先に残っていたティの温かさを逃さぬようにか、きゅっと自分の両手を重ね合わせて辛そうに立ち尽くす。
「それも……遥かに昔の事だ。もう忘れた。けれどこの瑕疵があろうと、俺はどうしても……ラスタに会いたかった。それが災いを呼ぶと言うならそれらは必ず吹き飛ばす。でもラスタが嫌なら……離れる……しかない、っけど……俺はラスタの側にいたい、から」
「いや、じゃないです! わたくしは、わたくしは……3000年も待ってましたっのに! 何もわからぬままでしたが、待っていましたのに……離れるなど、簡単に言わないで下さいっ! 五十年、ずっとと約束したはずです」
ウィアートルは黙っている事など出来ずに訴える。
「父さん、ティはこの星でも生まれてすぐに奴隷として売られている。ヴラスタリに前会った時だって攫われて、父親には交渉切られて質流れって、さっき聞いて……今のだってっ、生まれてくるのが罪? そんなの、そんな事、全部ティの所為じゃないだろ? っ……」
黙れと言われたウィアートルまでが加勢するので、ティはその服の裾を引き、首を振って止める。
けれど生まれて一分で死ぬ理由など本人責任であるはずがないと、ウィアートルは言いたかった。それも方法は文句があるけれど、それがどうあれ彼は同胞を救ってくれた。こちらはその名や状況までを利用までしているのに、昔の生き方にまでとやかく言う権利など持ち合わせていないと。
「だけどっ……」
「よい。相分かった」
父王は全身に込める威圧はそのままにティに言い放つ。
「其の方はその瑕疵による不遇以上に、何よりも得難いヒトを引きつける魅力があるようだ」
一度言葉を切り、真金色の瞳を閉じ、ゆっくり開いて皆を見やる。そこでやっとウィアートルは、自分がティの人柄を見る為の試金石として父王に見られていた事を悟る。
父王は最後にティに視線を戻した。
「その見た目では、保証人はいるようだがまだ庇護が必要ではあるだろう。成人する十六歳まで。この居住に住むように。意味はわかるな?」
そこにいる皆が、この小さき人族の子にエルフの森への滞在どころか、この居所に住む事を認めたのを聞く。最後の言葉は幼児やラスタにだけでなく、室内の全員に王の意向が告げられたのだとわかる。
「これは『お願い』ではない。『命令』だ」
ティはティで父王から目を離さず、じっとハイエルフの王を見た。
「我が娘と共に歩むならば。良いな、『婿殿』?」
こくり。
重ねられた言葉にティが静かに頷けば、愛しきものを見る色を混ぜながらも、父王は強い視線のままヴラスタリを見やった。
「ヴラスタリ。彼が例の……たくさん話したかった、相手、かな?」
「はい、信じられぬ事でしょうが。魂が、同じなのです」
「ヒトの魂が巡って、遠く還って会いに来る……このような事例、遥か彼方の噂に聞くのみ。永く生きてきた我も、実物は見た事がない。その奇跡、婿殿の努力、そして己が想いを大切にせよ。娘よ……これはとても幸運な事なのだから」
「は、ぃ……っ」
いつの間にか涙が溜まっていたラスタは両手で口元と鼻を押さえる。今日は美しく着飾っているのだ、泣いて崩したくはないし、家族の前で気恥ずかしくてソレを堪える。
一足飛びに『婿』の言葉に混乱するが、父親に受け入れられた事実が彼女には嬉しかった。
「この二人の婚姻に異存ある者は、この場で言うが良い」
「っ……」
一瞬、父王隣のデュセーリオが眉間にしわを寄せ、ぎりりと手を握りしめた。そして地を這うような声で、
「その童、腕が立つと聞く。手合わせ願いたい……そしてお前が負ける程度なら、災いなど払えまい。ならばヴィーを諦め出てぃ………………」
ばん!
氷のようなデュセーリオの声音を割って扉が開く。
「遅れて申し訳ないですわ! お寝坊してしまったのよっ。明け方までパターンを引いて、裁縫師達と縫っていましたらね、寝落ちいたしてしまいましたのよぉっ。不覚ですわっ」
「姉っ上……っ、その、負けたら諦め……て…………」
「ふああああああぁ……ヴィラちゃぁん……昔よりも綺麗になっちゃってぇ……あ、靴のリボンはきちんと横に。こう、ね? まぁ、泣いてはダメよ? 何があったのかしら?」
「ぅ嬉しく、て……」
「そうなの? でもおしゃれしている時は駄目よぅ」
飛び込んできたのは一の姫であり、兄弟の中で一番年上のクリュシュ。金のくるくる髪も服装も、『お寝坊』と言いながらとても美しく飾られている。自分を着飾る事が一番好きだが、久々に小さくなった妹の可愛らしい姿を眺め、服の具合を確かめる。
そして新芽色の瞳に涙が溜まっていると見るや、ティッシュを三角に手早く折って、尖った部分でそれを吸わせて対処する。
「それでっまぁまぁ、アナタがヴィラちゃんの!」
そしてその隣の黒髪の幼児に目を向ける。昨夜突貫で作ったラスタと対服の着方をチェックして、ちょいちょいとシャツや上着の具合をなおす。エルフに黒髪がいない訳ではないが、金や銀など薄色の髪の方が多い。今まで余り着飾った記憶がない新しい素材に興味津々だ。
「あら、闇のような漆黒髪かと思いましたけれど、鉄紺系の偏光色とはこれまた美しいわ。けれど艶とカットがイマイチね。長くなったら整えて……まぁ思った以上に腰は細身なのねぇ、ボトムスはもっと絞っていいわ」
「一の娘よ……後にするがイイ」
もう少し見ていたいと言った目線をピンクアイに乗せたが、ウィアートルが瞬くのを見て『後で貸してちょうだいね』とラスタに告げ、双子の前のソファーを陣取る。
父王が抑えた様に笑い、いつの間にか威圧はするりと解けていた。
「今までの『父』など忘れよ。外道は好かぬ。我がこれからは婿殿の義父となる。ゆめゆめ忘れる事無く精進するがいい」
「……その名に恥じぬように。何よりラスタの為に動くと約束する」
ティが礼を取り直し、言い切った。
「くっ……」
クリュシュが飛び込んできた事で宙に浮いたデュセーリオの言葉は、そのまま届く事はなかった。
口の先まで出かかったが、大切な妹は小さな幼児と顔を見合わせ、とてもとても幸せそうに笑い、手を取り合ったのを見れば、言葉はもう形作れなかった。
デュリオ様、敗北?w
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