ウィアートルの記憶:番外1
番外編
二人。再会し、ぬくぬくと眠っていた夜。
その裏で……
3000年……そんな時間も空間も……死をも隔てた二人が再会した日。ラスタとティは幸せそうに寄り添って眠っていた夜のコト。
美しく澄んだ空気が満たされた世界樹の居所、ハイエルフ現王の次男であるウィアートル・ヴェントスに許されたフロアで、彼は自分自身を嘲笑していた。
そして手にしていた紙切れを執務用の机に放り投げる。それは封書であったり、切れ端であったり、形は違えど殆どが今、面倒を見ている『隻腕の赤刀使い』ことティの内偵資料だ。
「何故、俺がこんな事してるんだろうね……」
ティを療養させていた孤児院の部屋から引き揚げてきた荷物を手にした、目の下にクマが住み着いている男グラジエントは彼の言葉を拾って首をかしげた。
「さぁ、それは……でも貴方に仕える事がティ様の為になるならいつでも動きますよ? 荷物、ココ置きますから」
「ああ。ご苦労さま。本当にこのまま就職してくれるなら、エルフの森前にある転移陣に一度、跳んで歩きで帰って来てね? 今、この部屋から出たら死ぬから」
「え、死……りょ、了解ですぅ」
「この書類を持って正門手続きすれば、これからは『エルフの友』だ。そして森守護隊の一員として、第一結界は守護隊徽章で入れるから。でも君はエルフではないから許可なく第二は入れず、第三の内にあるこの部屋は俺が望んだ時だけ許可するからね。平時は守護二隊の首席に君は預けてあるよ、細かいルールはあっちで相談して」
「仕事を斡旋頂き感謝いたしております」
動揺を顔に浮かべたまま、書類を握って頭を下げて跳ぼうとするその背中にウィアートルは声をかける。
「ねぇ……グラジエント。勧誘しといてアレなんだけど。君なら引く手は数多あると思うよ?」
この世界では魔法使いと呼べるほどの人材と言うモノが少なく、更にその中で移動や転移を司る魔法を有する者は更に稀。彼は欲しいと言って手に入る人材ではない。今からは旧聖国から流出する元奴隷はいるだろうが、その中でも彼は格別な魔法使いだ。
グラジエントはビビりだが、ティへの恩義はかなり深い。
でもティは空間系魔法を数時間教わっただけで、それ以上を求めなかった。その事も彼からの評価を上げたのだろう。しかし単独好きで、手元に手勢を置かないティに、グラジエントが恩を返す機会はないに等しい。
「……ティ様がココにいる間は居させてください」
彼は深手を負ったティを抱えたウィアートルと精霊国で別れてからすぐ、同郷の魔法使いを地元へ送った。そして踵を返して、ウィアートルのダメもとでかけていた勧誘を頼りに、エルフの森の正門にきて、今日まで彼の下で動いていた。
グラジエントが居なくばティの為に竜神国から竜官士を速やかに召喚したり、大学の資料や貴重な薬を取り寄せたりするのは難しかったろう。
「彼女と妖精国に居なくてよかったの? 今回で十分ティに恩は返したと思うよ?」
「彼女の家族と婚約者が無事を信じて待っていたんです。僕は家族も妖精も居ないし、幼い頃に離れたあの国に愛着も未練もないので。今はこの森でティ様がいつか必要とする時に動けるようにしていたい……」
「そう。でも、あんまり期待しないで。ティにそんな機会、ない方が幸せなんだからね」
「わ、わかっています」
「……こき使った俺の言う事でもないけれど、君もしっかり休む様に」
だいぶ薄くなったものの、慢性疲労のせいか、そう言う質なのか、目の下のクマが濃い男だ。彼が軽く頭を下げて消えた所で、ウィアートルは一人では持ち帰るのには多かった荷物を横目に、机に投げた最新資料をざっと目で拾う。
「ティ……やっぱり聖国奴隷だった事は間違いない……色や特徴からこの嬰児だよね……約六年前に貴族で誘拐や行方不明の子に、該当者なしか……あの子の血には幼い頃に居なくなった竜神国王弟の血が流れている。多分もう一方も貴族……じゃないと、ティのあの魔力保有量は……でも転生者だから、で、説明つかなくもないかなぁ。あの刀の形状と力は異常だし。まぁティはハッキリ言わなかったけど、やっぱり聖国聖女……彼女が彼の腹違いだと思うんだよね~」
かさりと持っていた紙を動かして、他の内容を精査する。
「彼女の父親は貴族の養子? 父親……えぇ少し前に死亡してんの??? 聖女の母も亡くなってるけど聖国貴族の……うぁココ、今でこそ堕ちたけど攻撃魔法の名門じゃん。で、この長女と結婚しての子が聖女かぁ。だけどティは腹違いなら、母親は聖女の母であるこの女性じゃない。なら誰だろーなぁ……」
聖女とティの父親が同一なら、それは竜神国から攫われた第二王子のハズだが、『国民が理由あって国に預けた子供』として記されている。中でも魔力保持者だった為、聖国貴族の養子として引き取られた男児……ウィアートルが眺めている記録上そうなっていた。聖女の両親が誰だったのかはすぐに調べがつき、ティがその腹違いと言うなら、その父親が攫われた竜神国の王弟だと推測できる。
ただその男の素行は隠されていたが、決してイイものではなかった。きっと竜神国も彼の行方は調べはついていて、しかし見つけた頃には悪い方向に成長し過ぎて、存在を黙殺していたと思われた。
「んーーーーティが公表できない子にしても、国に引き取ってもらう制度は使わずに、わざわざ奴隷として売るって。母親は親心とかナシ? お金に困っていた? 娼婦? ……ティの方が聖女よりも年下、弟って事は……この男の不倫、とかかなぁ?」
ティは『直売』された記録が残っている。違法なので連れて来た相手の記録はなかった。
「まぁティ自体がイイ子だから父母の履歴はこの辺でイイか……でも竜神国はシツコイよねぇ……次はこの男の間に出来た他の子を探してみよっか……それを宛がって……双方納得するような子がいればいいけど、変な横やり入れられてティ連れて行かれたらヴラスタリ、突っ込んでいきそうだしなぁ……」
今でこそ淑やかな顔で仕事はキビキビして、誰よりもお堅い態度を取る四の姫、ウィアートルの妹ヴラスタリだが。昔は思い込んで走って行って無謀を晒して、森の英雄イルに救われるようなお転婆姫的なトコもあったのだ。
その反省からか、従者として経験を積んだためか、イルに助けられた『幸せハッピー』に塗り替えられて本人忘れているのか、無茶する態度はその一度で霧散した。だがイルについてエルフの森を出ていた行動だけでも、エルフ族にしては変わっている。
かく言うウィアートルは変わり者の最なのだが。
「ティが簡単に連れて行かれるとは思えないけど、ヴラスタリの為、とか言われるとポキッと折れて付いて行きそうで怖いんだよねぇ」
数時間前、3000年ぶりに会ったティとヴラスタリ……彼らはウィアートルにしてみれば本当に短い会話で将来を約束して。更にヴラスタリはティの失った腕を再生させて幼い姿に戻って寝入ってしまった。その直情ぶりは久しぶりに見るお転婆姫の再来。
もう少しティから情報を絞ってからだと良かったのに、毎回話をしようとするとすれ違うんだよね……そう思い耽りかけたウィアートルを、ガチャッとノックもなしに開いたドアと飛び込んで来る声が現実へ引き戻す。
「ウィアにーさま! もうみんな待ってるよーーーー?」
「ああ、行くよ」
呼びに来たのは八番目、父王とダークエルフ妃とのハイエルフハーフ、クラーウィス・リブリスだった。五の姫、ラスタのすぐ下の妹である。
「難しい顔してるねぇーー」
「うん。半分はクラーウィス、君の所為だよ?」
「ぅえーーーー? 何でぇ?」
「はははははっ。ごめん。俺が悪いんだけどね~」
ウィアートルは彼女の頭を撫でる。小さくなったラスタを抱えたティを見られた時に、彼女を口止めしておけば、もう数日、ティを隠して時間を稼げたかもしれない。
ウィアートルは自分が思うより、妹が3000年待った想い人と出会い、失った手を再生すると言う状況に、混乱やら衝撃やらを受けて。ちょっとした感動にいろいろ抜けてしまっていた感はぬぐえなかった。
「けど、死者が。3000年前の約束を守りに会いに来るって。執念が怖いけど……感動もするよ……」
ウィアートルは思う……もし自分の『番』がこの手に戻るなら。
いや、ちょっとでもいい。
何なら声だけでも。
……それは大切なかけがえのない喪いし者が居るならば必ず描く、甘美な夢。
コレは特殊なケースで自分には訪れない……それでも目の前の光景が眩しく、尊く見えたのは嘘ではなかった。
「死者? 執念? 死神さんはやっぱりヴィーねーさまを連れて行っちゃうの? やだやだぁーーーー全部ぅ喰われちゃう前に止めてもらわなきゃあっぅあああああぁん」
「ちょい、待ちっ!」
ウィアートルの呟いた言葉、その切れ端を拾って興奮したクラーウィスが、集合場所になっている食堂に泣きながらそのままの勢いで飛び込んでいく。何とか捕まえようとしたウィアートルの手が宙を掻いた。
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。




