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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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イルとアスの記憶【本編:最終話】

赤薔薇の小悪魔イルと呼ばれた男が……

『あお』の中に。


これはティが地球での死後2000年の辺りの光景……

 そこは地球でもエルフの住まう森でも、どこでもなかった。

 どこかの隙間。

 ただただ海と空を混ぜたような蒼く、青く……澄んだ空間。

『世界の鼓動(おと)が聴こえる』その場所で。

 彼はぼんやりと赤薔薇の髪を揺らし、その『あお』を見ていた。

「また死んでたねぇ……また……」

 赤薔薇の小悪魔と異名を持つイルは、さっき見て来た黒髪の少年の遺体を思い出して呟いた。

 汚いあばら家で、誰かに損壊され打ち捨てられた、細くて小さな体。その前は見せしめに首を吊られていたし、その前なんてもっと……

「2000年かぁ……」

 いくつも『玩具』はあれど、とてもお気に入りだった黒髪黒目の男。

 最初は地球の荒れた戦地で見かけた。檻の中で何故かピアノを弾くように指を動かしていた少年。その動きが気に入ったけれど、すれ違って暫し会う事はなく。次に会った時はよく情報を売買していた組織の病院に収容されていた。

 これも縁だからとせっかく便宜も図ってあげたのに、仲間の裏切りにあって、勝手にどこかへ消えてしまった。

 次、会った時は青年になっていて好きな女も出来て、お陰で急に消える事はなくなったから、たくさん遊んで楽しかった。

「楽しかったんだよね♪」

 彼の魂は特殊だったから、きっと何度も会えると思ったのに、存外捕まらない。その後、約2000年でただの一度も、だ。

 彼が生きている気配で行ってみれば、星一つがまるまる草木一つない砂地だった時なんかは、何が起こったか不明すぎて呆れを通り越して爆笑した。

 地球で彼を見送った時、一緒に居た従者ヴラスタリと『穏やか』と称した人生が、彼にとって本当にこれほどまでそうだったとは思わなかった。

 相当の幸運が噛み合った奇跡の一生だったと言えた。

「ティの事は考えているだけで楽しいけれど……コレ。僕が執着してる? ……なんてありえないんだけどなぁ」

 初めは何となく『見つけた』ので見に行ったはずなのだが、こうも空振られたならば、つい次こそは、えぇこの次こそは……っと探してしまうのは仕方がない事だとイルは思う。

 彼との地球での思い出を唯一共有できるのは、ハイエルフの少女ヴラスタリだけ。誰も地球の彼を覚えていないだろうけれど、不老の彼女ならまだ生きているから。2000年、ティの痕跡を見つける度に行っては空振りだった話を聞かせたら、『なぜ、あの男にそこまで……。イル様が、なんであんな『最低男』を好きなのか、わかりません』とでも言うのだろうか。

 何処までも見渡せるような、『あお』。

 彼がくすくすと笑う声だけが響いていた、無音の世界にピシッと硬質な小さなひび割れの音がした。

「ーーあ」

 キラキラ、澄んだ空気に、虹色の破片が舞っていく。

 柔らかな風が吹き、青い空間に幻想的とも言える虹の欠片が降るその景色に。

 混じる赤薔薇の髪。

 その先がーー、三分の一ほどばきん、と砕けて。

 虹色の破片は、自分から生じているのだと知る。

「……流石に、この身体に無理させすぎちゃったか」

 ふと見やったそこに、既に自分の手はなく。

 手だったと思うそこから、サラサラと虹の破片が空に溶けていく。


 思えばーー、本当に、本当に色んな事に関わった。


 意図した訳ではなかったけれど、精霊界を救ったり。

 それに連なるエルフの森まで救っていたり。

 あらゆる軍部の、秘密兵器になっていたり。

 単身、乗り込んだ敵陣は数知れず。

 時には戦闘奴隷に身を落としてみたり。

 情報屋として、データや武器を仕入れたり。

 かと思えば、要人の愛人だったり。

 王族のお気に入りだったり。

 誰かを守るモノだったり。

 彼のような玩具と遊んでみたり。


 色々ーー本当に。

 長い永い時を、この身体で超えて。

 今でこそルーンマスターなんて肩書きや、不老の身体を有しているけれど。


 元は、ただびとの身体だ。

 いつか、ガタが来るだろうとは思っていた。

 ヒトってこんな死に方するんだったかな?

 なんて小首を傾げ。

 まるで世界の一部になるかの様な終わり方に、苦笑して。


「こんな不可思議な死に方じゃ、次生まれ出でるのは、一体いつになるのかなぁ」


 また、楽しい人生だといいなぁ、なんて呟きながら。

 ただただ『あお』に。


 この魂が巡るのならば、追いかけても会えなかった彼に近い場所に生まれ落ちるのだったら面白いのに。追いかけなければ……逆に待っていたなら会えるのでは? などと……ふと思う。

 でもきっと……あんなにタイミングの悪い彼の事。

「僕が居なきゃダメだよね~」

 最後の最期、小さな魔法を行使すれば白い豆粒のような毛玉が一つ出来上がる。

 余りに小さすぎて作ったイルですら何なのかわからないが、フッと息をかけて送り出せば、虹色の風となって『あお』の狭間に白は融解した。その瞬間には残っていたもう一方の手の平もサラサラと溶け消えていく。


 サラサラと……


 夢から目が覚める。

 すると『アスティル』は同時に何を夢見ていたか忘れてしまった。寂しかったような、嬉しかったような、奇妙な夢。

 両隣に温かい気配を感じ、そっとそれを確認する。

 左に寝ているのがママ。

 自分と同じ金色の髪に閉じた瞳を開ければ、新芽色の美しい瞳を持つハイエルフだ。

 右に寝ているのがパパ。

 人族のパパは光が当たると藍紺に光る綺麗な黒髪をしている。いつも濡れたようなしっとりとした漆黒の瞳は、今は寝ていてその色が……見えない。

「パパ。大好きっ」

 そう言って唇を重ねてキスを落としてみるが、愛しい娘と妻と寝台を共にして、リラックスしきった彼は全く反応しない。呼気が浅いのはいつもの事だし、ちゃんと体温はあるけれど、どこかで見た『遺体』も眠ったように死んでいたのを思い出して……悲しくなる。

 いや……このエルフの森は彼女の祖父王の魔力で完全に守られ、世界樹の居所はハイエルフの家系を強固に守護する。それも彼女はハイエルフの母と人の父、その間に生まれながら先祖返りを果たした奇跡の子。

 アスティル・ディリジェ・フェリシダート、〈幸福に導く星〉と名付けられた愛娘アーティ。

 久しぶりのハイエルフの生誕に静謐な森も歓喜に湧いたほどであったから、とてもとても大切に育てられている。

 だからハイエルフやエルフに囲まれた彼女は『遺体』などまだ見た事がない。……ハズだが、どうしても悲しく悲しくなってくる。

 順当に行けばこの先、一番初めに見る身内の『遺体』は大好きな『パパ』じゃないか? と、ふと思う。

 皆は希少なハイエルフだと喜ぶし、彼女の父も妻に似ている彼女を心底かわいがる。だがハーフでもなく、髪も瞳も母にそっくりで、何一つ父親のわかりやすい特徴を生まれ持たなかった事が、どれだけ……どれだけ………………

「ぅ、ぅ、うわああぁんっ」

 深夜、唐突に部屋に響く泣き声に、父オルティスと母ヴラスタリはガバっっと起きる。

 乳離れしてから夜泣きなどした事がない娘。その声に部屋の隅にある巣から白鳩が、警戒に起きだすくらい滅多にない事だ。

 父親が慌てながらも愛娘を抱く。そしてどこか痛いのか、具合が悪いのかを聞くが、

「パパといっしょがいいぃ〜」

 そう言って大きな瞳から更に大粒の涙を流しながら、泣き喚く五歳児。自分の五歳の時と違って何と子供らしいし可愛いと父親は思うが、泣かれている意味はわからない。

「なんでパパとおなじじゃないの?」

 から始まり、

「このかみ、ヤ! パパのかみがいい〜」

 と、ぐずって泣く。

 母ヴラスタリ……ラスタは金髪が嫌と可愛い娘に言われてガーン! とショックを受ける。

 父オルティス……ティはと言うと、意味が分かって嬉しくも複雑でもあるのだが……ショックで起動しないラスタの分も、一向に泣き止まない娘をなんとかあやそうと奮闘する。

「世界で一番好きな色が増えたから、パパは幸せが増えたんだけど、ヤ……なのか?」

 高めに抱きあげて、その顔を覗き込むティ。

「ヤじゃないけど、ャなのおっーーパパと、ぱぱといっしょがイイのぉ……どこか行っちゃても、パパの色があればいいから、ぱぱぁ……」

「お仕事で離れるのが嫌なのかな……じゃぁお仕事辞めたらいいかな?」

 森の門番の職は空いていただろうか……などと親バカにも考えていると、

「ぼうけんしゃはかっこいいから、ソレはヤメるのもやだぁぁぁーーぅええええん……」

 愛娘はシクシク泣きながら、髪に隠れた耳のトコをぎゅっっと握って離れない。自分に似たいと言ってくれる言葉は確かに嬉しい事だが、激愛しているラスタに似ている自慢の娘アスティル。ティにとって不足ないのだが。どうしたらイイものか。

「……今晩は耳、握って寝ていいから」

 握られると気になって眠れないのでいつもはさせないのだが、トントン背を叩いてそう言うと、やっと……すんすんしながらアーティは頷く。そして彼女はきゅうっと父親に抱き付くと口と口でちゅーをする。

「早くおっきくなるから、待っててね、パパ」

 その後に夫の首にギュッと抱き付いてそう言う娘の表情を見たラスタはーー三日月に目を細め笑うそれが、何故か……

「イル様?」

 抱き付かれていたティはその事には気付かず、引っ張られて酷い事になっている娘の金髪を優しく撫でる。明日は丁寧に梳いてやろうと思う。自分の髪はどうでもいいが、娘や妻の髪を丁寧に触るのはとても好きなのだ。

「さぁアーティ、明日は妖精国にウィアに連れて行ってもらうんだろ? 早く寝るんだ」

「ぁ、そうだった!」

 明日は妖精国の森の中に簡易テントが並んで、市が開かれると噂がたった。

 妖精は気まぐれ。市はいつも開いているわけじゃない、行ってみないと噂が噂だったりする程。

 ちょうどその日に伯父のウィアートルが妖精国にハープを譲り受けに行く事になり、それに同行する約束を取り付けたのだ。

 伯父のウィアートルに聞かされた、明日に行く予定の『市』の噂で、アスティルの頭の中はいっぱいになる。



 ねがいの光飴。妖精の力が込められていて、飴を食べた時、それが「ほんとうのねがい」だったら、一つだけ。ほんとうにお願いごとが叶う。

 フルーツティーの運予報。飲み干した時、その日の自分のラッキー度がわかるんだって。

 はちみつ入りの方は……恋予報。

 満月の夜。月明かりの下、1時間しか咲かない花から作られた香辛料。

 輝石塩は出来上がった料理に星が降る。

 火を吹くお芋は……ちょっと怖いかなぁ…………


 考えているうちにウトウトと再び寝始めた彼女を、ティは元通り真ん中に寝せようとして、

「ラスタ?」

 ずいすいと押してくるので、先ほどまでラスタが寝ていた壁際にアスティルが、何故か自分ティが真ん中に寝る格好となっていた。

 娘にこの金髪かみがヤダと言われたのがショックだったのだろう……きゅっと逆の耳を握ってきたラスタをカワイイと思いながら、その長い髪を右手で招いて口付けを落とす。

 一度は無くして彼女に依って再生された、奇跡とも言える右腕で。

「おやすみなさい、わたくしのティ」

「ずっと愛してるよ、ラスタ」

 クルクルっっクルクルっと、ドリーシャの寝息を聞きながら、頭の両耳を引っ張られ、眠れないけれど幸せな夜を過ごすティ。



 翌日、妖精国に行ったアスティルが『大切な人』と出会う事。

 ソレを早く知らせたいがため、早々に帰宅しようとして寝てしまい。翌々日、幼いが故、大切な人との記憶は忘れてしまって。ただ妖精の市に行かなかった事に気付いて大泣きでティとラスタを困らせてしまう事。

 彼女が大切な誰かに再び会うのはもっともっと先の事。

 そしてそれはまた別のお話。

『きっと行く。道の先で……君は大切な僕の玩具なのだから……待っていて。何なら君好みになってあげる……』


お読み頂きありがとうございました。

これにて完結となります。

最後にブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。



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本編連載ラスト! お疲れ様でした〜♪♪ 毎日の癒し糧でしたー☆ 終わっちゃって寂しいけど、最後まで読めたのも嬉しい… 番外編も楽しみにしております♪♪
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