ラスタの記憶6:前編
これはティとラスタ姫が再会する日。
ラスタ姫寄りの目線。三人称となります。
約二か月、その居場所が定かでなかった次兄ウィアートルが、既にエルフの森に戻ってきていて、いろんなモノを一か所に集めて回っていた。その記録をラスタは見ながら、落ちて来た髪をそっと払って額を指先で押さえた。
「町医者はまだしも殿上医まで呼び出している? 宝物庫の貴重な原材料に、シ家の特製薬まで……その他にもありとあらゆる薬や医療品の手配。火傷に切り傷……毒消し? は? 精霊国の大学? 対毒理論の教授のレポート? 竜官士は竜神国の医師……?」
日付を確認すればそれが少し前に収束し、呼んだ竜官士達はエルフの森を既に出た様子が伺えた。
「内容からしてどう考えても、どなたかが病気、または怪我をしているということです、ね?」
ウィアートルが連れてきたとすれば、やはり件の『隻腕の赤刀使い』。彼と行動を共にしている事は『王の目』から報告が入っている。その時に特に目立った病気などは報告されていない。
しかしウィアートルはその者の事を報告書に挙げず、その後、エルフの森に留まっていた。ここ数日で各所にお詫びに回り出した事や、金銭関係の締日にかかった事でその行動にデュセーリオが気付き、ラスタに知らされた形だ。
エルフの森に入った時点で、第一次の結界は潜っているのだから、父王は気付いているハズ。竜官士や別国の大学教授なども召喚しているが、特に動いていない。つまり放蕩息子の出方を見ている、または既に父王には許可を取っていると判断できる。騒ぎになっていない時点で後者だろう。
そして次兄が連れてくると思われる客賓の出迎えはラスタに任されている。父王はウィアートルが居場所を公表するか、ラスタが連れてくるまでは黙殺するつもりであると推測する。
現在、聖国による拉致被害は概ね国民に知らされ、やむを得ない事情とは言え、身代わりに同胞を騙して外に連れ出した者がいる事もやんわり公表された。同時にこの拉致事件の解決に冒険者『隻腕の赤刀使い』が一肌脱いだ事も流布した。
加害者であり犯罪者でもあるその者達への反感を反らす為に、『世間に珍しい物を見せる事で民同士の諍いと混乱を避ける』狙いがあり、一定の効果を産んでいる。身を賭して解決に尽力した人物に対して、その公表理由は誠実な対応とは言い難いが、本人にそうと告げられる事はないだろう。
その分、エルフ達の感謝の念は深く、大勢が謎の人物『隻腕の赤刀使い』がこの森を訪れる日を待ちかねている状態だ。
尚、その名はウィアートルの報告書にはなかったが、その後、東公国の冒険者ギルドがその情報を公開し、救出した奴隷達の復帰を知らしめた為、裏付けが取れている。
「それがもうずいぶん前より森に居たなんて……灯台下暗しと言うか……ウィア兄上もお父様も何故、知らせて下さらなかったのかしら」
最初は理由が思い付かずかなりショックだったが、拗ねている場合でもない。調べてみればその人物が大怪我を負った可能性が浮上し、治るまではその存在を伏せたかったのだろうと予測をつけた。
毎朝会っている父王が口を開いていないのだから、まずは兄ウィアートルに会いに行こうと用意する。医者達や次兄の様子から快方に向かっている感じだから、訪れるタイミングは悪くないと思う。
「姫様、折角の外出ですからオシャレをされては?」
「そうですよーお肌のお手入れもしましょうよ」
夜会など正式な席以外、普段から最低限の身嗜みと実用ばかりの身なりしかラスタはしない。その上、エルフ誘拐事件で接見などを行ってバタバタしていたせいもあり、ちょっとしたオシャレすら忘れがちである。
「……時間が惜しいのですが」
侍女の提案に久しぶりに次兄ウィアートルに会うのだからと、彼がいつぞや送ってくれた髪飾りをつけてもらう。髪を整えつつ、服を合わせ、他の飾りなども用意したそうにする侍女の視線を振りきって、馬車に乗り込んだ。
「では孤児院へ向かってください」
護衛が三人ほど馬で付き添い、馬車には一人で乗り、執務を続ける。この所、忙しくて行けていなかった孤児院訪問。後部の荷物置きには、子供達にとたくさんの服や本、食料や子供が喜びそうな物を積んできた。
子供達が一番落ち着いている午後の時間を狙って訪れれば、院長である老年の女性エルフが迎えてくれる。
「あらあら、四の姫様」
「お久しぶりになります、院長先生。この頃は別件公務が忙しく訪問出来ず、今日は合間を縫ってまいりましたので先ぶれなしで……」
「姫様がお健やかにお過ごしでしたら問題はございませんよ。いつでも歓迎いたします。それに先週もお気遣いをいただき、大変感謝しております」
訪問できなくてもいろんなモノを送っていた事に礼を言われ、今日も運んで来たモノを寄付金と共に収める。護衛一人と馬車の運転手が荷を運び、残りの二人が少し離れた位置で護衛につく。
「ところで、先生。ウィア兄上がこの所お世話になっているとか」
「ええ、ええ。今日は先ほど戻ってこられて、お湯を片付けておられましたから、もう手は空いて居られていると思いますよ?」
「お湯?」
「ええ。隻腕の子をお風呂に入れると……では応接室でお待ちください、姫様。呼んで参り……」
「いいえ、出来ましたらわたくし、その方の病室として使っている場所に参りたいのです」
「お見舞いでしたか。ではこちらへ」
咄嗟に言ったが、やはり彼の人族は傷病人のようだ。
入り口から手前の応接室ではなくその奥、回廊の方に入っていく。生活している子供達が授業を受けている部屋や院長室がある方だ。ただ今は子供は見当たらず、彼らが遊べるようにたっぷり取られた中庭スペースは麗らかな日差しが射すばかりだ。どこからかいい花の香りがし、低い庭木の緑に妖精が舞っている。広葉樹の若芽が空を透かす様に萌えていた。
「そのヒトの子、どこからウィア兄上が連れて来たのか、ご存知ですか?」
「いいえ、詳しくは仰らないのよ……でも精霊国で騒動があったようですし、隻腕ですから。今、噂の方かとは、私でも。子供達には騒がないように言い含めてあります。そう言えば竜官士様方が敬っておられたので、竜巫でもあるかもしれないとも思ったのですよ。たくさんのドラゴンの血を全身に浴びていて、毒虫の煙も吸って、全身骨折してたとか……もうだいぶ良いようですが」
精霊国の騒動……ひと月ほど前に再びドラゴンが、それも首都たる闇の精霊王の地下城『悠久の都』に現れた事だ。それも地震で奥の坑道が潰れ、その中に現れ大変だったと。
まだ精霊国はその件について『調査中』としているが、ソレに巻き込まれたのかとラスタは眉を顰める。
ドラゴンディザスターであっても、毎回同じに無事倒せるわけもないし、初回の結果が普通ではなかったと言える。それも年端のいかない子供を優しい次兄が死地に向かわせるとは考えられないから、きっと巻き込まれたのだろうと彼女は思った。
「まぁ……年の頃は四つか五つになるかくらいだと聞きました。なぜ……そんな幼い子がそんな痛ましい事故に巻き込まれ……あら?」
廊下を折れた先、黒髪の少年がラスタの視界に立っていた。
綺麗に洗ってはあるがツギハギでぼろぼろのマント、今にもどこかに行ってしまいそうな、そう言う風体の。きっと来たばかりの孤児院の子でも一等みすぼらしい格好だ。
森の全孤児院はたくさん支援しているし、院長先生がそんな恰好を看過するはずもない。
ここに居るには違和感のある少年の頭に、当たり前のように座っていた白鳩がパタパタと飛んで行く。その動きに合わせてラスタへ向いたその瞳は闇より深い漆黒。
ことん、と、ラスタは首をかしげる。
それは不思議、だった。
あるはずのない失われた存在だった。
3000年前に死んだはずの人間の気配。遠い血縁であると似る事はあるが、この星であの男は生きても死んでもいない。そう言う存在が彼に居たとしても、別の次元の別の星にいるべきで。
見定めようとゆっくり歩き寄れば、護衛が動く気配がした。ソレをラスタは片手を上げて差し止め、スカートを捌いて目線を合わせて座る。
彼の目がぱちり、と瞬きし、慌てた様に口を開いた。
「3000年経ってもやっぱ、貧乳? いや微乳にはなったか?」
「……は?」
ラスタは『素』になった。
彼女は王族だ。それを自覚して、物事がわかるようになってからは自分を律してきた。どんな理不尽な言いがかりをつけられようと流して対処できる。
だが、だ。同じ言葉を他の者が口にしても、全く気にもならないのに。あの男の口から出た時だけ、血液の回りが変わったかのように引いたり、湧き立ったりする。あの懐かしくも腹立たしくなる感覚が体を巡る。
あの男の前では調子が狂うのに、他の相手だと通常運転でキビっと対応して。すると隣の部屋で押さえる様に嗤っている黒髪の男を見つけて、ぷんすこと拳を握って追いかけ回ったあの日の感覚。
「元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?」
「誰がヒヨコで処女ですか!」
こんな事を言うのは、そして自分を『ヒヨコ』と呼ぶ者はあの男しかいない。しかし目の前にいるのは黒髪黒目とは言っても、とても小さいみすぼらしいとも言える格好の幼子だ。
小さな子を叩くわけにはいかず。ラスタは頬肉を掴んで引きのばしてあげるのだ、幼くとも説教に値する内容だから。
「なんてコトをこのオクチは言うのですか! コドモでも思っていても言っていい事と悪い事が……」
「にゃぁ、しゃんぜんねんちゃったか? やっぱおみゃかわんにゃねー」
(なぁ3000年経ったか? やっぱり、お前はかわらないな)
「3000年?」
「そえに、しょじょじゃにゃい。ちょっとくっかし、にしぇしょじょじゃし」
(それに処女じゃない。ちょっと喰ったし、偽処女だし)
「何をっ……!」
コレ……本当に?
本当になの?
は? 本当に?
緩んだ手から生意気な幼児が数歩逃げる様を見ながら、ラスタは困惑する。その子供が口にした内容は、ラスタとあの男の間だけで交わされた会話。他の誰も知らない約束の時間。
くるりと後ろを向いて引っ張られていた頬を撫で擦ってから、何事もなかったかのようにパサリとマントを揺らして振り返る男児。その目線のやり方、僅かな動きが幼いながらやはり記憶にあるあの男のソレだ。
つい手をのばし、その頬や髪、その耳に触れる。手触り自体はやはり違うが、伝わってくる魂の鼓動が近すぎる。
……と、いうか、寸部の狂いなくあの男だ。幼いせいで可愛さがプラスされているが、間違いない。
「へぁ? うそ、うそ? え? ええええっ?」
サワサワしながら語彙力が下がったかのように、言葉にならないラスタ。耳が頭にあるから獣人族か? とも思うが、コレ人族……? それにしても自分がこれほどまでに鮮明に魂の鼓動で個人が断定できるなんて……そんな事を驚いている間に彼がスルリと動いた。
ちゅ。
彼は素早く、彼女の頬に唇で触れた。何なら舐めた!
それはキス、だ。自分も容赦なく撫でまわしていたのだが、何かが沸騰してラスタの口から出たのは気の抜けた吐息だけ。こ、これは幼い子供の戯れ、何でもない筈だ、問題ない、頬に、キス、くらい……そう思おうとするのにラスタの思考は乱れて纏まらない。
更に重ねて混乱させる様に彼女を呼ぶ。
「久しぶり、だ、ラスタ」
「にゃ、に、にゃのっ!」
そうしているうちに視界へ次兄ウィアートルが入り、ニッコリ笑う。
「……あれぇ?」
「まぁっ! まぁ……四の姫様に小さい春ですか……」
ワザとらしい次兄の声と、ほわほわとした院長の声で先ほどのキスが完全に見られていたのに気付き、護衛の動きやざわざわし始めた子供達の気配に、ラスタは意識せずに言葉にならぬ声を上げた。とにかく逃げたい、と、思い立ち上がって黒髪の幼児の手を引こうとして、その手が滑る。
『隻腕の赤刀使い』
そして、その意味を知る。
「え?」
「こっちだ」
マントの下の右手。手首どころか、肩から僅か下、二の腕が半分と無く、薬液に浸された布で巻かれていて。
息を飲むラスタに、差し出された小さな左手がひらりと動く。その手に握られていた小さな花が、宙を掻いた彼女の手の平にぽつんと落された。
「綺麗だ、ラスタと同じくらい」
「にゃ! に、何を、アナタはそんにゃ……」
とても繊細で小さな白い花びら。金に見える小さなおしべが繊細な薄紅に映える……小さな花。
豪華な金の薔薇に例えられたり、歯の浮くようなセリフを言われたり、容姿の良い彼女は慣れているし、簡単にあしらって来た。なのに何故こんな、取って付けた世辞に心がざわめいてしまうのか。
これは、ダメだ。
一度仕切り直さなければ。
ラスタは兄の声を聞いた気がしたが、世界樹の居所に彼の子供の手を引いて跳んだ。
「ここは?」
血によってハイエルフの住む『世界樹の居所』の自分のフロアには、この大陸内ならどこからでも戻る事が出来る。ラスタはその力で移動してきた。
「そ、そ、そ、そんな事どうでもいいのです!」
言葉にした通り、今のラスタには本当にそんな事はどうでもイイのだ。
自分の執務室。静かなその場所で再びしゃがんでから、小さな肩を掴む。そしてしっとりと水気の多い黒曜の瞳を覗く。どう見ても、どうやっても小さいけどあの男だ。
「あなた、ですよね? ウソ、じゃない、ですよね?」
「3000年、経ったかは知らん」
「だいたい、貴方が死んでそのくらい……」
「ちょうどよかった。なぁ、憶えているかはわからんが」
「っ……」
「ラスタ。貰いに来た……」
「うそ、でしょ?」
「いいや? お前、3000歳になっても変わってなかったら責任もってもらってやるって言っ……」
もう、途中でその小さな体を抱きしめてしまう。そして震える唇で、
「おぼえています」
と告げると、意識せず涙がポロポロと溢れてしまう。
「で……貰われてくれるのか? 俺に」
「え……」
「イルとか、その、本当に俺のヒヨコにしていいのか?」
「ああ、イル様……確かに永遠の憧れですよ?」
「そうか……やっぱり、ダメか」
反射で返事をしてしまえば、男児は見上げてくる漆黒の目に涙を滲ませた。涙目で見上げてくるのは反則だ、彼はまだ幼く、それだけで可愛い。
その上、ボロボロの服を見ればその苦労が伝わってくる。その綻び一つ、落ちぬ汚れ一つが、すべてラスタに会う為に積み上げられたのだと。そんな姿で捨てられかけた子犬のようにラスタを見つめてくるのだ。
いつだったかに想像したプロポーズとは全く違うが、ナシじゃない。
「そのっ! そ、だ、駄目じゃ、ない、で…………」
ラスタが『駄目じゃ、ない』と言った途端、無いようなあるような存在感の無い、髪に紛れた耳がピンと立った。そして左手で手を握りしめてくる。
ない筈の黒い尻尾が振られる幻影さえ見えるような、その表情。ラスタの言葉に一喜一憂して。
それがラスタには何か可笑しく、可愛く思えて。
その先を求める様にキュッと握りしめて、真剣に見上げてくる姿に笑みが溢れる。
あの、人を食ったかのような男の、こんな姿を。誰が想像出来ただろう。ラスタはゆっくり言葉を重ねて行く。
「私の永遠はイル様だって思っていたのですよ? でも、なぜ、か……アナタは死んだというのに。なのに、最初に見送った人族だったからでしょうか……ずっと忘られなくて」
奇跡だ。魔法があっても死者は生き返らない。
でも父王の言った通り『もし掴みたいと感じる事が再びあるならば、その機会を逃さぬように』、その言葉が身に染みる。まさか言った父王も、その機会が亡くなった相手に再びまみえて訪れるなどとは思っていなかったろうが。
「私達ハイエルフは長きを生きます。だから生きとし生けるモノから置いて行かれるのは承知してます。だから誰に対しても真摯であろうとしていたのにっ……アナタだけは……別だった……ずっとずっと態度も会話も、おざなりで。それなのにアナタはいつもいつも嗤ってばかりいて……まともに自己紹介すらしなかった事に気付いたのなど、この頃ですよ?」
「あー……そうだ、な……イルが長たらしい名前でいつぞや呼んでいたから……俺はラスタと呼んで……」
「ラスタ、と呼ぶのは、後にも先にもアナタだけなのですよ?」
「そうか。じゃあラスタでイイな。わかりやすいだろ?」
「……わたくしに選択権はなし? まぁ……言っても変えそうにはありませんし。その。アナタは今まだ小さいですし、死んだと思っていたアナタが居る事が、まだよく飲み込めていなくって……」
「ああ。時間をかけてくれていい。ただ今回も人間なのでな、きっとハイエルフ感覚の好きなだけとはいかないが。この世界ならまだ五十年くらいは生きてると思う」
彼は深く深く息を吸い込んで、その深淵のような漆黒の瞳が真っ直ぐラスタを捉える。
「……好き、なんだ」
そして絞られたように小さくなった彼の短い台詞に、ラスタの脳裏が焼け、思考が乱れる。
「っ!」
心臓が跳ねて。何か……、くすぐったいような、甘酸っぱい感情が全身に広がっていく。
「だから……その間、ずっと一緒に居てイイか」
彼からのハッキリとした告白。
とてもとても今はいろんな事に混乱していて、時間をかけてくれていいと言う言葉はありがたかった。五十年、ラスタにとっては短いけれど、人間にとっては一生をくれると言うその意味と、本当に貰いに来てくれたのだという嬉しさにただ頷き、その左手を握る。
そうしていればどうしても気付いてしまう。幼子にあるまじきその手の平の硬さ。石けんに紛れても消えないエルフ特製の薬の匂い。
今までは何となく他人の情報として聞いていたが、ドラゴンを倒したとか、全身骨折とか、解毒の薬を兄が集めていたとか、とっても不穏な情報。そして片腕がないという目の前の事実。
聞けば何げなく『自分で切った』とか、『奴隷だった』とか、『魔法使いになり損ねた』とか、『手』を『餌』とか、もう常識などない上、情報過多で。一瞬落ち着き始めていたラスタの頭が、再び何が何だか放り込まれた情報で煮え始める。
「だから……何も問題はないと思うが?」
「あ、あるでしょうっ! ホントに貴方という人はっ! どうしてそうっ……!!」
左手を離し、右肩、薬布が巻かれたその残った腕をぎゅっ掴んで俯く。その途端、ラスタは自分の頭に近頃流れて来ていた『大地の記憶』が彼の足跡だと言う事に気付く。意識すれば更に集まってくる情報。
「何を……やっていたのですか、アナタは……」
その全てに共通するのは彼が『ラスタに会いたい』という一心でココまで歩んで来てくれた事。大地もそれを汲んで、ラスタに少しでも伝えようとした結果が、この頃ラスタの夢に現れた転がった手やドラゴンの残像だと繋がる。
誰が、他の誰が3000年も前の冗談のような約束を、会えるかもわからない者を探して、腕まで切り落として会いに来てくれると言うのか。本当に意味が分からない人だとラスタは思う。そしてソレにドキハラしてしまう自分自身もよくわからない。
「この傷はもう、一年位前ので……痛くはないんだぞ?」
ラスタはふるふるとただ無言で首を振った。
「そう言う問題じゃないんですよ……会いたいからって無茶したのでしょう?」
そう聞いた所で返ってくるのは意にも掛けない、とてもとても軽い返事だけだった。
こんな切れた腕で彼に今世を生活させるなど、ラスタにとっては冗談ではなかった。煮えて掻き回される感情の中で止められない涙が溢れる。
こんなにこんなに気にしているのに!
こんなにこんなに貴方のコトを。
こんなにこんなにわたくしは、わたくしは………………
貴方の事を……好き、なのに。
あの男を見送って、更に3000年もかかって。
更に考える時間も五十年もらったのに、ものの数分で結論が出た気がするのだが。
でも、どこをどうやって、どうしてそう思うようになったのか、ラスタ自身でも謎ではあるのだが。
ああ、やっと。
そう、だったのだと腑に落ちたと同時に。ソレが如何ほど伝わっているかわからない男の行動に、ラスタは叫んだ。
「アナタは、貴方はっ! もっと、もっと……自分のコトを……、あなた自身を、大事にしてくださいっ! そうじゃないと、すぐに一緒にいられなくなるでしょう?」
そう言えば目を丸くしながらも、コクコクと高速で頷く幼児の姿が視界に入る。あぁ可愛い……ではなく、こんなに同意したように見えても、彼はまぁ、何か…………守ってくれなさそうだなと思うけれども。心には止めて置いて欲しいから、これから何度でも言おうと思いながらラスタは宣言する。
「腕を治します。なんとしても」
そう言い放ち……ラスタは何一つ迷う事無く、ただ直情で名と血による魔法を行使した。
お読み頂き感謝です。
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