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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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ラスタの記憶5

ラスタ姫のターン。

「お呼びとの事で参りました」

 父王の執務室は表現しがたい空間だった。黒い棚や机に本や書類がいっぱいなのは仕事する部屋として何所も同じ。

 だがそこここを競う様に埋める小さな宝石や金が嫌味なくきらきらとして、ベースの黒に家具にもそれらが輝く様はどう見ても夜空を想像させる。床一面、宝石を踏む状態。慣れなければ入るのも躊躇するような異質な部屋だ。

 もとは家具から総て青みがかった黒大理石造りに見える部屋だったが、宝石はいつの間にか芽生えて来たそうだ。世界樹の居所とはそう言う変わった性質を持つ、生き物のような魔法の残渣が残る城。

 生まれた時より住み慣れたラスタは、飾り気のないシンプルな服装でその部屋を訪れていた。

 ちなみに魔法で映像や文書を投影したり作成したり技術はあるが、偽造がしやすい。その為、大切な書類などは特殊紙やインク、又は押印に自己の魔力を込め、書いて伝達する方法はこの星では廃れていない。

「これを」

 執務机に座った父王の側に立っていた兄、デュセーリオがそれを受け取り、ラスタの方に持って行って渡した。

 差し出されたのは一部の報告書のコピーと封書だ。

「では、失礼いたします」

 読めと言う事だろうと理解し、まず報告書にさっと目を通す。

 内容はエルフの森の住人が時折、不可解な転居をし、戻ってきてから周りと交流を断つ。又は森の深い場所に越してしまうなど不可解な行動者が居る事。その続報……

「なんてこと……」

 その者達の一部が『転居』ではなく、不法に攫われ『聖国』にて『働かされて』いた事。身柄を返す事を条件に他のエルフを森の外におびき出しては、拉致監禁からの釈放など永年に渡り『悪しき蛮行』が繰り返されていた事が書かれていた。

 それらに該当するエルフの名前が羅列され、至急調べるように書かれた報告書の末尾の署名と筆跡で、それが次兄ウィアートルによるモノだとすぐにわかった。

 封書も同じく彼からである。

 そちらはラスタに宛てた私信だった。自室に帰ってから読むという雰囲気でもなかったため、ペーパーナイフを借りて封を切った。

『親愛なる我が妹ヴラスタリ

 こないだ別れた時、調子が悪かったけど、熱は下がったかい? 

 すぐに元気な君に戻っていると思うけれど、ハイエルフであっても病気やケガは負うのだから、注意するんだよ。

 それに君が具合悪いとリオ兄の元気がなくなるから、しっかりしてくれていると助かるな。六人いる妹の中でも、君は特別だから。他のみんなも病気などせず、元気だといいけど。

 それで件のドラゴンの話だ。

 今回、その討伐者に会う事が出来て、一緒に東公国に来たよ』

 そこまでで文章が一度切れた。その後、数行開けて継ぎ足したように文章が続く。

『すまない。もう少しわかってから書き足そうと思っていたら、その続きを書いて出すのを忙しくて忘れていたよ。

 今はなかなか一人になれないし、ココに書くにはまだわからない事が多くて。

 まぁいろいろ複雑なんだ。

 それにバタバタしているから、今度帰ってから直接話すよ。

 もしかすると精霊国からもたらされる情報の方が、ドラゴン関係は早いかな。

 でも手紙を出す気はあった証拠に、途中までだけどこの手紙は報告書と一緒に送っておくね。

 陛下に宛てた報告書を読むと忙しい理由もわかってもらえると思う。

 なるべく早く、世界樹の居所に戻ろうと思っているよ。

 では次会う時まで元気で。

 大事な四の妹へ』

「……どうぞ。お読みになって下さい」

 大した内容ではなかったので、兄に手渡す。父王にそのまま渡そうとしたが、先に目を通す様に言われ、

「では、お先に失礼致します」

 常は、自身にも他者にも厳しい「氷の貴公子」の異名を周囲に轟かせている長兄デュセーリオだが、こと家族、特にウィアートルやヴラスタリには甘い。

 その証拠に、ウィアートルからの手紙に感情を乱されているのかピクリと眉が動いていた。

 そんな彼からラスタ宛の手紙を受け取ると、父王もその文章に目を通した。

「娘よ。ドラゴンの話、とは?」

「精霊国でドラゴンが出た、と。兄様がお出かけされたのは、その話が伝わったすぐでしたので……なんとなく……何かわかったら教えて欲しいと」

「なんとなく、か。そうか。今、件の放蕩息子はその手紙にも書かれているように、誰かと……たぶんドラゴンディザスターと行動を共にしているようだよ」

「ドラゴンディザスター? それは……ぇ、一人?」

「今回のフラムドラゴン、討伐者は単騎の冒険者らしいぞ、ウィー」

「本当に単騎で!」

 情報と知っていたドラゴンの単騎討伐者の称号『ドラゴンディザスター』。『ドラゴンスレイヤー』は二人以上で一匹の討伐者であるが、竜種にもよるが現実十人以上が寄って集っても成立する戦いではない。

 そして図鑑の中でしか知らないが、ドラゴンの中ではフラムは一番気が荒いと評される火炎系。

 そもそも普通に倒せる相手ではないし、それをたった一人でなど驚きを隠せない。命知らずもイイ所だ。プラチナランクの冒険者だって、一人で向かうなんて考えられない凶暴な生き物とラスタの知識は言っている。

「ただ従魔がいたそうだ。ドラゴン、それも氷の竜だ」

 それはラスタが見た大地の記憶と一致する。

 その氷の竜が強かったなら……それでも無謀、だ。

 まずドラゴンは最も気位が高く、中でも氷竜を従魔にした記録は目にした事がない。ソレをしようとして機嫌を損ねたドラゴンに氷漬けにされた陸地が赤道直下にあって、5000年ほどたった今も氷が解けていないと言われるほど厳しい寒さを司る。

 ただし体格的に細身で機動力は高いが、相対属性の火系とぶつければ、勝つのは『火』と言われている。ヒトと比べるのはおこがましいが、魔法使い同士の戦いでの結果から、一般にそう結論付いている。

 それにしても氷のドラゴンを味方とし、火のドラゴンを一人で討伐を果たした剛毅な冒険者……ラスタには俄かに信じられない。

 氷結系の魔法を得意とする長兄デュセーリオは、従魔の話をしながら『そんなに強いならば俺が手にしていれば』と、羨ましそうに言いつつ、話を進める。

「ただ討伐者に関して詳しい情報をまだ精霊国が出していない。どうやら討伐後に吹雪で遭難、その後は竜神国に降りた為に足止めされたようなのだ」

「ああ竜神国に……」

 竜神国はこの大陸でドラコが唯一住む国である。ドラコはドラゴンより小型の竜種の事。稀にエルフの森に遊びに来る事もあるが、野生のドラコは少なく、ほぼ竜神国に管理されている。

 昔はこの大陸にもドラゴンも住んでいたが絶えて久しく、他の大陸でテイムした冒険者がこちらの大陸に来た時くらいしか見ない生物。妖精公が1000年程前に水のドラゴンを従魔としていたのは有名だ。

 ラスタが調べてみると稀に風や空のドラゴンが巣作りの材料を求めて、一時的に東獣人国の山野に立ち寄る事例、大陸の南にあるエルフの島には光のドラゴンが産卵にやって来る記録がいくつか散見された。

 後は子ドラゴンを攫ったり、角などの身体の一部を他所の大陸より運んで来たりした故に、親や番を不要に呼びこんで消滅した国や土地の記録を見つけた。

 竜神国はドラゴンを倒した『ドラゴンスレイヤー』が興した国で、民達まで『感』がイイという特徴がある。伝説を辿れば、そのドラゴンの血が雨となり浴びたからとか、その感覚自体がドラゴンからの贈り物であり友愛の証であるとか……諸説語られている。

 とにかく彼らはドラコやドラゴンに関してとても敏感だ。彼の国ではドラゴンを倒した者は渇望され、勇者扱いされるだろう。

「竜神国で過ごす気にはなれなかったようで。偶然にもそこまでついて行った精霊国の兵士が、シ・リュウビ婆の孫、シ・ザールでね。東公国に移動した時、入れ替わりで付いて行ったのがうちの放蕩息子のようだよ」

「シ家の方ですか」

 シ家とはエルフの森で有名な商家。シ・リュウビは若いうちにエルフの森を離れた変わり者の女性エルフで、精霊国にて精霊と結婚した。シ・リュウビはその地に根を下ろしつつ薬を売ったり、珍しい物を森に運んで来たりしてくれる。その中でいろんな情報も運んでくる婆、『王の目』の一人。孫はそんな事は知らない、商家を継がぬ精霊国の一兵士だ。

 父王は星空を切り取って設えたかのような机に肘をついて、ウィアートルの送って来た報告書をトントンと不機嫌そうに突く。その隅にちょこんと生えている小さな樹……世界樹の芽が小さく揺れた。

「そんな状態で送って来たのが、拉致被害者の報告書だよ? この卑劣な方法で攫われた少女二人を救い、その手口まであかして……」

「まさかウィア兄様が!」

 攫った者達のアジトなど危険な場所に行ったのかとラスタは顔を強張らせたが、安心させるようにデュセーリオは首を振った。

「大丈夫だ、他の『協力者』がやったようだ。無事に保護された姉妹に会い、その子供の証言で『被害者であり加害者』の逮捕にウィアはエルフの森に『転移陣』で戻ったよう、だ。が、顔も見せず、その後は概ねこちらに丸投げして、再び東公国に戻り、あいかわらず放蕩を続けている……」

 デュセーリオが握っていた資料がグシャっと音を立てた気がした。長兄の顔を見たが、妹の不安を取り除き安心させる穏やかな表情で、ラスタの気のせいだったようだ。

「ウィア兄様が無事ならよかったですが……他にも何か?」

 父王がまだ不機嫌そうにしているのを見て、質問する。

「姉妹以外にまだ聖国に残っていた妖精達や、更に我がエルフ族も二人、卵なども救い出してくれた『協力者』がウィアートルには居たようなんだよね?」

「居たよう?」

「転移魔法が使える元奴隷の魔法で行き来したのは確認できたよ。後、一人は竜宮国のご子息なんだが……彼はもう一人名を上げたけど、息子はどういうわけかソレを『誰』と明確に書いていなくてね。何故だろうね、ヴラスタリ」

 ラスタはソレをわたくしに聞かれても、とは思ったが、明確な答えを求めたモノではないと判断し、簡単に私見を述べる。

「流れから考えると、兄様がそのドラゴンを倒した者と一緒に居られるのなら、その方が『協力者』と思うのですが……確かに書かれていませんね? 何か、その方に問題があるとか?」

「婆が孫から聞いたのは、その者、魔法は彼のスペルマスター・エンツィア導師に師事していると言う。それも人族で、五歳……まだ幼い、『隻腕の赤刀使い』の異名を持つ少年だというのだよ?」

「赤……刀…………」

 他者の剣をスパスパ切る、黒髪、そして黒目の少年。ウィアートルが大興奮で話してくれた共和国、秋の剣術大会を思い出す。

 夢で見たオレンジ色の目をした巨体の火竜に、五歳の少年が? 切りかかる? それをラスタが想像すると、どうしても『子供』ではなく、真っ向から敵に嗤いながら切りかかっていく『あの男』の背中になってしまう。



 イル様に連れて行かれた星。機密を盗む為に乗り込んだが、見つかってしまったらしいあの男。隠れ待っていたラスタに向かって叫ぶ。

「ラスタっ 逃げるぞ」

「ぇ、手を、手を離してくだっ! きゃあああああっ」

 そこのドラコは良く調教されており、並べられた火のドラコが一斉に火を吹くと言うのに、あの男はそのまま向かっていって跳びあがり、その一匹の首を断ち切ってその体を蹴ってさらに跳びあがった。手を引っ張られ、いつしか腰抱きにされているラスタもその動きについて行かされる。完全強制である。

 ドラゴンより小さくても、ドラコは竜種。人間など玩具の大きさでしかないのに。ソレに向かって赤い刀を容赦なく振って、誰彼構う事もない。

「はぁ……」

 いつしか駆けあがって来た城壁の様な高い場所から後ろを振り返れば、中は大混乱で侵入者ラスタたちを探している。

「重力が少ないと跳べるのな」

「まぁ。ソウデスネ……」

「お前も軽いな」

「今ソコ言いますかねっ」

「ん、フットワーク軽くなってるだろ?」

「ソコです? だいたいなんって事をさせるのです!」

「ついて来るからだろ?」

「貴方一人だと毎回毎回大変なコトになるからっ。で、ここからどーするんです? まだ……」

「いや? ちゃんと盗った。帰還するぞ」

「え? いつの間にっ?」

「ん? 跳ぶぞ?」

 きゃあああああああ……




 いつだったか覚えた既視感に、ラスタは微かに眉を寄せた。あれから騎竜を奪って空を駆って帰った。聞けば初めて乗った、イイな竜~とか言われて、黒髪の頭をペチペチしてしまったのは、ラスタが悪いのか……そう言えば、あの後、お酒を飲んで、食べて、取り留めのない話をして。

 ラスタは何故かあの男の髪を編んでいた時……頭にキスしてしたのなんか……今、絶対思い出さなくてもイイ事を思い出してしまった。

 顔が保てそうになくなり、手にしていた資料で口元を隠した。どうやっても自分の新芽色の瞳が微かに揺らぐのは止められないので、何か考え事をするかのようにちょっとだけ目を伏せて誤魔化す。

 父王はパサパサと報告書を捲っていたが、ぱん、っとそれを閉じる。

「聖国の『聖都』が一夜で消えた事は二人とも知っているな?」

「はい」

「存じております」

 声が震えない様にラスタは答える事が何とか出来た。と、思う。

「うむ。あの国も混乱しているが被害の全容と国外対応はデュセーリオ以下臣に任せてある。そこでだ。被害者及び被害者であり加害者である者、その心のケアはヴラスタリ……法務や厚生系の臣達と共に調整をお願いしたい」

「はい、謹んで拝命いたします」

「クリュシュにも話を通してある。二人で連携するように」

 今まで完璧に森を結界で覆い、民達を守って来た自負のある王にとって、そのような人為的な『穴』は盲点だったろう。さりとて完全に閉ざす訳にも行かず、長く気付けず苦しみ抜いて死んだり失意に落ちたりした同胞に思いを馳せたようだった。父王はその金色の瞳を少しだけ閉じてから、デュセーリオを見やる。

「では、全容解明を急ぎ、取りこぼしが無いように頼む、デュセーリオ」

「はっ。これより調査にあたる為、お先に失礼致します」

 彼は青紫の瞳にラスタにしかわからない程の微かな笑みを残して去っていく。

 王は扉が閉まるのを待って、ゆっくりとラスタを見やる。その瞳は今までの国策を語る時とは違い、父の顔だった。

「この頃……何か困った事はないか、ヴラスタリ」

 毎朝のように顔は合わせているのに、何故改めてそのような質問を? と、ラスタは首を傾げた。

「ないならいいのだが。何やら……この頃、考えているような表情をしている気がして、ね?」

 何やら……?

 それは特別、何を指した言葉でもない。しかしラスタの脳裏に蘇ったのは、3000年も前の記憶。今しがた思い出した、ドラゴの体を踏んだ感触と共に、腰に回されたあの男の腕の感触や髪に触れた唇の…………ぶわっっと血が巡って、心臓がばくばくとするのを押さえる。

 いや、顔に出ない様にしているが、どこまで出来ているかラスタにはわからない。一人なので先ほどのように報告書で顔を隠す訳にも行かない。

 確かに……家族みんなの前で、大っぴらに聞ける内容ではないし、父親に聞くのはこれまた恥ずかしいのだが。今までの話の内容が内容だっただけに家臣達も人払いされており、このように父娘二人になる事はなかなかない。

「………………あの……お父様」

「何だい? ヴラスタリ」

「その……………………………………」

「ん?」

「……………………………………昔の、例えば、お母様達と初めてお会いした時の記憶とか、その時の事とか、憶えていらっしゃいますか?」

「ああ。今も鮮明に。魔法で記憶の映像にすぐに出来るほど、ね」

「では……………………………………亡くなったお母様達の事を思い出す時、も、ありますね」

「そう、だね」

「急に何か……こう、その……思い立つ事などは……ありませんか?」

 父王は短い娘の言葉に感じる所があったのだろう。豪華な真金色の髪を揺らし、そっと立ち上がってラスタの側に立つ。

「……私達ハイエルフには、時は永遠のように感じる時もある。だが、他者にとって時とは我々の一瞬である事が多い。その時に逃してしまえば、塵芥となる」

「……わかっています」

 父王の言葉にすっ……と、血圧が下がった。

 今しがたに思えるあの力強さも、あの強引さも、あの低い声が耳を掠めた時に感じたくすぐったさも、今はもう現実には存在しないのだ。どんなに叫んでも、どんなに想っても、あの男がした不誠実な誓いでも果たして、『貰い』に来てでもくれなければ……あるわけもない、のに。

 ラスタは悲しくなってきて視界が滲むのを堪えた。ひどく冷たくなった指先を擦って。

 父王はソレに気付いてその手を取り、魔法の籠った吐息を吹きかけた。指先が、身体が、ホッと温かくなる。昔、幼い頃にしてくれた父王の魔法にラスタは懐かしさを覚える。

「もし掴みたいと感じる事が再びあるならば、その機会を逃さぬように、な? 我が娘よ」

 わたくしは掴みたいと思ったのだろうか? そう、ラスタは心に問うた。

 言いたい事はたくさんある。言えなかった事も、聞きたかった事も、時折、いや、この頃など何故か頻繁に思い出してしまうワードが多くて困る程だ。あの男に色々言いたい。何ならちょっと問い詰めたい。

「ちょっとじゃない、たくさん……」

「ん?」

「それは……たくさん話したいことがあった、と言う事に同義でしょうか。お父様」

「そうだね。そう言うヒトが娘にもあったのだ、と、言う事が父として、うれしいよ?」

「いえ、ただ、話したかっただけですっよ?」

「よいよい。わかっている」

 どこか機嫌良さそうに席に戻り、次は優しい笑顔を消してラスタを見た。父の顔が鳴りを潜めたのに気付き、彼女は王への敬意に背を一度正す。

「我は本来ヒトを好まんが……我が森の民を助けた者がヒトであるならば話は別だ。その者が居るならば格別な『礼』をせねばならんと思っている」

「その『隻腕の赤刀使い』の事……ですか?」

「ああ。他の国も望んでいるようだから、時間はかかるかもしれないけれども。このままの流れならウィアートルが帰国時、連れてくるだろう。だが彼の者はヒトの子で幼いようだからね。幼い子供の出迎えにデュセーリオは向かんし、憶測の真偽も確かめて欲しい。その時は頼めるかな?」

 確かに『子供』の出迎えに、鋭く見える美しさを纏った長兄では威圧感が強いだろう。どう聞いても普通でもなさそうな幼児の冒険者だが、礼を欠いていい相手とは思わない。

「はい。お父様」

 そう答え、その場を辞した。

 少しずつ自分と同じ真金に近付いていく、柔らかい金髪が揺れるラスタのその背を父王は見送る。

「四の娘に、ようやっと巡ってきた、遅めの春……かな?」

 と、呟く。勿体ない事に、どうやらその『春』は生きていないようだが。3000歳も300過ぎたというのに噂一つなかった娘に、失せたとはいえやってきていた『春』。

 彼女は『森の英雄イル様』を好いていたようだが、あれは恋ではなく、憧れや理想。あの様子はソレとは違う、第三者。彼女がどこで出会ったのかわからないが。

「ルツェーリアに教えてあげよう……かな」

 そう小さく笑いながら、楽しそうな父王だった。



 以降、暫く時間が経ってもウィアートルが戻って来た報告はされなかった。

 その間に『聖国』が新たな布陣や方針で運営される事が決まり、その中で賠償請求などが始まっていく。

 そのような話と共に、『赤刀使いの死神』とか、『聖女の白聖龍』とか、いくつか気になったワードを拾うが、ラスタに真相を辿る時間はなかった。

 もともとの仕事に加えて頼まれた加・被害者の事で忙しくしていたので、待ち長いという事はなかったが、ひと月、いや、ふた月近くが経った頃。

「え? ウィア兄上が戻ってきているのですか?」

「こちらに顔も出さずに何をしているのだか……かなり無茶苦茶している」

 デュセーリオが握り締めた万年筆が軋んでいる気がするが、ラスタが見るとその表情は至って平常である。

「とりあえず現状確認して、行ってきますね」

「気を付けてくれ、ウィー。ウィアがこの森を危機に晒すような者を招くとは思えんが、子供とは言え人族だ。本人は大丈夫でも後ろ盾が何を考えているかわからんからな」

「エンツィア様の弟子と言う事は、イル様の弟弟子ですから、ね。きっと大丈夫でしょう」

「そうだとイイが。何だかイヤな予感がする。ヴィー気を抜くんじゃないぞ」

 ラスタはウィアートルが発動した『強権』の内容を調べ、エルフの森のある場所へ出向く事になる。

お読み頂き感謝です。


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