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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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20/66

ある辺境伯家の記憶

前半キラ一人称・後半母一人称でのお話となります。

 ティが精霊国に到着し、ギルドにて仕事を受けていた頃だろうか……



 北。

 北方辺境領の辺境伯家が賊に襲われた。

「っ……」

「私、行きます」

 震えているのに、気丈に言い放つ白髪に赤い瞳の娘。

 俺は領主の息子、キラ。その娘は気付いた時には一緒にいた幼なじみの少女。名は教えられていない。姫と呼ぶよう、両親には言われ、それでは味気ないので髪色の白さから雪、スノウと誰も居ない場所では呼んでいた娘。

 あと一人、彼女をスノウと呼ぶのは、俺の親友のマコ。隣の妖精国出身で、父の親友の子。いつかこの辺境領を継ぐ時、支えてくれる臣下となる……従者であり親友のマコ。

 俺はスノウにイイ所を見せたくて、剣の指導を受け、五歳にして頭角を現した。マコはピアノなどの楽器を好む大人しい性格だったけれど、俺に付き合ってくれてよく剣を嗜んだ。

 しかし世界は広い。二月ほど前、共和国にて行われた秋の祭の剣術大会、俺は三位。

 一位になって、更に他部門の優勝者と急遽行われた統一戦、その優勝者は俺と同じ五歳の少年。それも隻腕……

 俺と同じ齢なのに小柄で顔を隠していた彼は、黒髪黒目で、まるで弟の様に思えた。

 ……屋敷で、密かに聞いた双子の弟。無事に産まれていても双子は不吉なので、一緒に育つのは不可能だっただろう。

 彼は生まれてすぐに亡くなったらしいけれど……母が時折参る、庭の隅にある記名の無い墓……そこにいるだろう彼が生きていたらと思わせる少年だった。

「えるふ?」

「ああ」

 話しかけると彼は余り会話が得意ではないようだった。けれど一つ、それだけはハッキリ聞いてきた。

 俺が領にいるハーフエルフのお婆さんの話や、彼女とマコから聞いたエルフの森の話をすると、よく耳を傾けてくれた。

「ああ……」

 俺が彼だったら。

 彼女を行かせやしないのに。

 あの赤刀を振り回し、大人さえも翻弄し、ロングソードを紙のように微塵にするその太刀筋があったなら。

「スノウ……マコ……」

 俺が彼だったなら。

 大切な親友を切り捨てられる事などなかったろうに。

「キラっ! ああ、もうやめてっ。もうこれ以上……」

「力を無駄に使うなっ」

「もう、誰も傷つけないなら使わないからっ! お願いっ」

 足に激痛が走る……叫べば彼女が余計に心配する。俺は最後の見栄で叫びを消し、引きずられるように連れて行かれる彼女を遠くなる視界で見送った。

 父親不在の中、襲われた屋敷。

 彼女を、友を、足を、血を、家の騎士達を……何一つ守る事も出来ず、失った俺が目覚めるのは十年以上後。全てが終わった後だった。

 夢の中、綺麗な虹と共に導かれた目覚めは、地獄の始まりだった。

 まずは母もあの最中に亡くなったと聞く事になる。

 剣が生き甲斐だった俺は足を無くし、大切な人達を失ったショックで声も出なくなった。

 それでも生きて行かなければならない。何故なら、俺の体は眠っている間、スノウの力に守られていたのだから。酷い出血に、更に足を断たれ、死にかけた俺が逝かぬようかけてくれた魔法。

 その証拠に目覚めた時、体は当時の五歳のままだったのである。

 時を刻み始めた俺の壊れた体と心を抱えて、人生を歩む。どんなに最悪でも、死ぬ事は彼女の望みではないと思ったから。

 辺境を継ぐことを親族に譲り、マコが好きだった音楽の道に光を見つけて車椅子で世界を歩む。彼らを悼んで弾くピアノは、聴衆に受け入れられ、それで食っていけるようになった。

 そして……罪悪感と共に生きてきた俺が、ある少女と出会う。そして性急な行為と共に、思っても見なかった感情に流されていく。

 それは未来の別の話だ…………

 そんな俺には……パンドラの箱が一つある。

 それは母がどういう経緯で生きて亡くなったかというものだったが、結局一生知る事はない箱だった。





「いいだろう? ウマくすれば魔法使いの子を授かれる。良い機会だ。だいたい君の家系は魔法使いが途絶えて何代だ? だから私は君の姉の婚約者なんだ。姉妹、どちらが孕んだ所で大喜びだろう」

 聖国の貴族に生まれついた私には姉が居る。先ほどから非常識この上ない事を私に囁いているのは、姉の婚約者だった。

 彼は両親や姉の前、いや他の誰にもこんな姿を晒さない。けれど私の前ではいつからかそんな男だった。

「私は、その……失礼します!」

 貴族の女子にしては気丈に振る舞えない私を揶揄っているだけ、なのだろう。走り去る私の背にかかる彼の笑い声は快活で、曇りがなかった。

 父の家系は、聖国の建国史に載る程古く、多数の魔法使いを排出した一族だった。一時は聖国を支え、その力は『一番槍』と謳われた程の大貴族……にも関わらず、いつしかその力を発現させる者が減った。そして三代前より、魔法使いと呼ばれる程の力の持ち主は現れていない。

 私や姉に至っては『ほぼ魔力なし』。父も魔法使いと呼ばれる程ではなかった。だが頭脳明晰で政治采配や国外交渉による功績で貴族として平素侮られる事はないが、陰口としてはやはり魔力不足は叩かれる。

 ここは聖国故に、神殿に、つまり神に納める『力』や神に優されし魔法使いの子の排出が多い方が優遇される。

 そして私の母は、姉の母とは違う。私は第二夫人の子だ。

 魔法使いの素養があった母が第二夫人となり、私を身籠った。けれど私はほぼ魔法を持たず、母は産後の肥立ちが悪く

 亡くなった。

 義理の母も父も、姉もとても優しい人達で、私を大切に育ててくれた。本当は第三夫人の話もあったようだが、義理の母は身体が弱く、二人目が望めない中に我が母を望み、失ったことから『また悲しい事があったらイヤ』といい、魔法より私達姉妹を真っ直ぐに育てる事に腐心してくれた。

 姉が結婚してすぐに亡くなってしまったが、最後まで私の花嫁姿が見られないのが心残りだと言ってくれた。愛すべき義母だった。

 だからこそ魔法を持たずに生まれてきた自分が誇れなかった。優しく大切に育ててくれたのに、どうやっても返せない自分が嫌な事、そういう卑屈な部分を男は透かし見ていた。彼自身は貴族の三男坊だが魔法使いで養子らしい。

 魔法使いの素養がある子供を養子にする、また配偶者に迎える事は貴族ではよくある。その彼が姉の配偶者になったのはそういう関連だろう。

 どんなに私が魔法使いでなくてもよいと言っても、貴族のステータスとして魔法使いは好まれる。

「今夜こそ、どうだ?」

「もう、ヤメてください。姉が来ますよ」

 ある所で行われたパーティ。そして今日も今日とて、姉が離れている隙に彼は私にそんな事を囁く。

 その時だった。

「失礼。お嬢さん、私と踊っていただけませんか」

「……はい」

 私達のおかしな雰囲気を感じたのか、手を差し出してくれたのは父の知人だった。

「その……ありがとうございます」

「いいのだよ。君の父上には大変世話になっている」

 北方辺境領、エス・ト・レージャ辺境伯。

 かつては聖国の一部だったが、時代の流れで二つの国の間には北方国や妖精国を挟む様になり、もはや北方国の辺境領と言われているが、それでも聖国と完全には切れていなかった。国教が同じだが、神殿の意味合いは聖国程もう深くなく、奴隷制はないらしい。

「あの男、確か婿に迎えるらしいな?」

「ええ、姉の。両親も喜んでいて……」

「私は……ああいう冗談は好かん」

 辺境伯は父の親友だったが、少し年若く、でも私には十分に年上だった。それなのに目尻の泣きぼくろのせいだろうか、少年のような表情に見えたのが印象深かった。

 この日の件から心惹かれ、彼も父に会いにと口実を作って逢瀬を重ねてくれた。そのお陰で姉に会いに来たあの男にからかわれる事が減った。そして姉が結婚したとほぼ同時に、私は彼と婚約し数日で結婚した。

 姉の式には既に体調が悪かった義母の願いに応えようとしたのだが、結局間に合わずに悲しかった。ただ義兄となった男と同じ屋根の下に暮らす日がほぼなかったのが、結果として私にはありがたかった。『私が死んでも予定通り式は挙げる様に』と、義母は最後に言い残してくれたのは、何か感じての事だったのかもしれない。

 婚姻した私は北へ、愛する彼の領地に向かった。

 そして……

「あの国は……だいぶオカシイ」

 辺境伯の屋敷、初夜の部屋で告げられたのは、彼が聖国の動向を探っていた事だった。

 国の中枢、聖都にてあやしい動きがあるという。その中心にある『最高神殿』に何か得体の知れない者が住み着き、徐々に国を変えていると。

 国を婚姻で離れる事になり、正式な形で外された数日前に国境を超えるまで生まれてずっと右の手にあった神印……これさえ、人間を管理する道具だと言われ、しばし事態を飲み込めなかった。

「では、私と会うのは口実でしかなかったと」

「いや、違う……いや違っては居なかったが、もう、違うのだ」

 国の中枢で仕事をしていたあの男を監視していた時に、偶然親友宅に婿に入る事になったと知った事。姉の婚約者でありながら私に粉をかけている事も。

「最初はただの保護のつもりだったが、いつしか妻へと望むようになったのは本心だ。神印がある以上、貴女には話せなくてすまなかった」

 そう言ってくれた夫とは、以降、仲良く暮らした。彼が家にいる時間が短くとも、会える時には食を共にし、会話し、温もりを分かち合った。

 姉や父とは手紙でやり取りしたが、変わった様子はなかった。それどころか姉の手紙には男との明るく楽しい結婚生活が綴られており、妊娠した事も書かれていた。

 それから半年くらいした頃、父の訃報がもたらされた。突然の心臓発作……しかし私は慣れない寒い北での暮らしで体調を崩し、葬儀に出られなかった。

 魔法局にて弔電を打ち、姉には必ず出産の頃までには体調を整え、父に墓参りと共に、姪か甥かの顔を必ず見に行くと約束した。

 それから姉が出産を迎える頃合いに私の下に、一通の手紙が届いた。

「……これは、何?」

 父の訃報以降も落ち着いてからは、幸せそうな手紙が数度姉から届いた。

 それなのに、どこの誰の手を経て渡ってきたかわからない程、ボロボロの封筒が別に届いた。冒険者ギルドを介してきた物だったが、届くまでに大変な時間と労力が割かれたのがわかった。

 そこには父が亡くなる少し前の日付で、自分の夫がおかしい事。父が体調不良な事、最後に自分が無事でなかった時に胎の子が生きて産まれたなら頼む……まるで遺書のような手紙は間違いなく姉の筆跡であった。

「……乗っ取られたな」

 その手紙を読んで、夫は不穏な言葉を呟いた。

 そうして姉を不法出国させる用意を整えているたった数日の間に、訃報が届く。それと同時に聖国で『聖女』が生まれたという祝報がばら撒かれたと夫が情報を拾ってくる。

 聖女は聖国の信じる神が遣わす使徒。その魔法は闇を焼き、人を癒し、万人の礎、万人の愛を救う……らしい。

「……姉の子が聖女?」

「おそらく。出産は貴女の実家の屋敷。まだ聖女もそこに居るだろう。急ぎ、移動や転移魔法に長けた者を用意しよう。葬儀に紛れて行って、聖都に送られる前にその子を奪う……」

 彼の動きは迅速だった。おかげで姉の葬儀に間に合った。まるで眠ったかのように安らかな顔で棺に入った姉を、父と義母の隣の墓へ葬った。

 そんな厳粛な場で、あの男は子を抱え、誇らしげに弔問客を迎えていた。

「その子が……」

「これでこの国も安泰ですな……」

「君の派閥も……」

「猊下への目通りは……」

 その唇の端に浮かべ押さえた笑い……貴族の社会は葬儀と言え政治だ。とは言え、あんまりだと私は思った。

 ただ確かに姉の子は聖女と言える容姿をしていた。私達姉妹は色素が薄い方だが、彼女は白の髪に赤い瞳……それにその体がどこか神々しく、一目で普通の人間ではないと思わせる赤子だった。

 葬儀が済み、家が遠い者にはと屋敷の部屋が解放された。だが聖国内の者が多かったため、あまり使われる事がなかった。私と夫は部屋を一つ借りた。

「私は聖女を奪い、部下に預けて戻る。君は何も知らないフリをしてくれていればいい」

 夫は窓からスルリと出て行く。その姿にただの辺境伯ではないのだな……っと思った。

 そわそわしつつ、夫の帰りを待つ。まだ体調が整わないまま推して旅をしたせいか、ウトウトしていた。

 トントン

 扉が叩かれる音に、夫が帰って来た、そう結び付けてしまったのは何故だったのか。その扉を開けば、あの男が笑って見下ろしていた。

「深夜、失礼かと思ったが、明日には発ってしまうのだろう? 君が来たなら彼女が『宝箱』を上げたいと言っていたのを思い出してね」

「あ……ああ」

「君達が子供の頃に使っていた部屋のどこかだとは聞いたのだが。私は正確には知らないのだよ」

 頭がくらりとした。

 取りに来るなら今だ……そう言われ。

 私は夫の不在を知られぬように……とか。

 姉が宝箱の中に何か残していないかとか。

 色んな何かが頭をよぎる。

「……行きます」

 そう言って……中を覗かれぬように扉を閉め、その部屋に向かった。

 何度も、何度も、あの時は彼を追い出して、扉をただ閉めればよかったのだとか、侍女を呼べばよかったのだとか、思い返せばやりようもあったと振り返る。

 ……いや、判断能力が下がっていた時点で、彼の魔法を受けていたのだろう。

「くくく……お前ら姉妹はやはりイイ素材だった。一夜で孕むよう、しっかり可愛がってやったんだ。イイ子を産めよ」

 男は私を置いて出て行った。

 その部屋で起こった事を刻まれた体で『宝箱』を掴んで……ふらふらしつつも元の部屋に戻った。

 酷い格好で戻った私に、夫は何があったかを察して謝りながら、すぐに私を連れて北に帰った。



 しばらくは穏やかに時間が流れた。



 姉の子は厳重に囲って『姫』と呼び、私が育てた。余り泣かない素直なイイ子で、あの男に似た所は聖女と言う名の魔法使いであるという事だけ。

 だが、私は本当に妊娠してしまっていた。

 酷いつわりに、胎の子が双子だった事も私を不安定にする。双子は言い伝えで厄災を起こすと忌み嫌われている存在。心穏やかにはいられなかった。

 それでも夫は私を愛している、誰の子でも私が生んだ子なら愛すと言ってくれた。

 ただしきたりとして、双子は同じ屋根の下で育ててはならない為、一人は養子に出せる傍系まで用意してくれた。



 昨日は子を産まずこのまま自殺しようと思い。

 今日は生まれた子はちゃんと育てようと思う。

 明日には生まれたら殺してしまえと思うのだろう。



 不安定な毎日の中、お腹は大きくなり、頼んだ産婆にだけ、夫の子ではない子が生まれるかもしれないと知らせていた。


 うみたくない。

 こわい。

 あくまが。

 胎にいる。

 こんな子はいらない、と。


 その日、私は思い付く限りの悪態を口にしていた。嫌だった、あの男の子供なんて産みたくなかった。

 痛みと混乱の中、一人目を産み落とす。元気な鳴き声が恨めしかった。

「奥様、イイ子ですよ。可愛らしい男の子です。旦那様も。さぁさぁお顔を見てあげて……」

 産婆には……言っておいたのに、何故そんな事を言うのだろう、そう思った。でも一生見ないわけにはいかず、涙で歪んだ視界にその顔を入れ、私は……喜んだ。

「あなたの、アナタとの子です」

「ああ、私の子だ」

 あの男も、夫も、どちらも目と髪が濃い色をしており、見た目だけではどちらかなど判断できない。だが、その子の目の下には特徴的な泣きぼくろがあった。夫と同じ位置に。これは夫の父、我が子に取っては祖父譲り。つまり辺境伯家の血筋の印と言えた。

 喜びながら、もう一人を産み落とす。だが……泣き声はしなかった。

「……奥様、旦那様、残念ながら死産です」

「その子の顔も……」

「やめておいた方が……一人目のおぼっちゃんとそっくりだと思っておくのがよろしいかと。ちいさな棺を用意しますから、そのまま埋葬されると……」

 私も夫も流石に勇気がなく、次男の顔は見ず、埋葬した……長子のア・キラと同じく、泣きぼくろが可愛い子だったと想像して、あの男の影を排した。

 だから産婆が用意した棺は、石に布が巻かれたモノが入っただけの空箱で、その子が奴隷として聖国に売られたなど知らなかった。

 キラと名付けた長子は魔塔の検査でも夫との子とわかり、私は心の安寧を取り戻し、年子の慌ただしい子育てをした。

 姉の子、姫は女の子で大人しかったけれど、男の子だからかキラは育てるのが大変だった。コトリ、と、小さな物音でも拾ってギャン泣きし、ずっと抱っこで育てた。

 世話しない日々の中、姫もキラもイイ子に育ち、いずれの従者候補のマコも加わってにぎやかになった。姫は閉じ込められる事に不満は言わず、二人には彼女の事を口外禁止とした。

 時折、墓碑の無い小さな墓にお参りする。平和な日々がこのまま永遠に続く……そう思っていた。

「一位になった子が凄かったんだ。いつか負けない剣士になるから~」

 五つになった頃、キラは腕を認められ、他国の祭であった剣術大会で部門三位という立派な成績を収めて、ひと月ほど他国を遊学して戻ってきた。

「今日、父上は?」

「遅くとも明日には帰って来るでしょう。きっと褒めていただけるわ」

「わかった。俺、姫のトコ行くね。マコ、いくよ」

「うん。……おくさま、しつれいします」

 この後姿が二人の見納めになるなんて、私は思っていなかった。

 二人が他国の祭に行っている間に、姫には母親である姉の事や聖女の話をした。そして宝箱の中身を渡した。それはたった一枚の紙。それには彼女の名が書いてあった。

「キラは本当に姫が好きなのね」

 呑気な事を呟いた瞬間、悲鳴が響く。

 荒々しい物音、またいくつかの悲鳴に、私は状況を知ろうと部屋を出ようとした。

「みつけた……俺の子を産まない悪い子だ」

 驚きのあまり悲鳴さえでなかった。

 あの男……姉の夫……彼らが姫を、姉の子を取り戻しに来たのだとわかる。

 何重にも防衛し、この屋敷のこの区域に出入りする人間を絞った。

 情報漏洩しないように……

 けれど、五年……

 この男は北方辺境領、辺境伯の息子は自分の子だと疑っていなかったのではないか。

 他国に出したキラを見て、自分の子ではないと気付き、更に『聖女』の存在にも気付いた……

 ……キラに『紐』をつけて……そしてココを突き止めたのではないか……

「不思議な顔をするな……ちょうどいい養育先だっただけだ」

「っ……」

「聖女は育て方が難しい。愛情を持って育てなければならない。アイツが出産でたぶん持たないと思い、出した手紙を止めなかった。そしてお前達夫婦がのこのこやってきて……ふはははっ! あの夜は楽しかったな。ただ種付けには自信があったのだがなぁ」

 変わらない、笑い。自分は何一つ悪くない、そう言う者がするそれに、涙が出そうになる。

 それでもともかく子供達には……荒事を止めさせたくて、声を絞る。

「子供には手を出さないで」

「それはオマエの態度次第だな……おい、子供達には傷をつけてやるな。ここには誰も入れるな」



 願い空しく、その後も屋敷は悲鳴が響いた。



 そのまま部屋の中で……服を裂かれた私に圧し掛かってくる男。

「やめて。姫……聖女を連れて行くなら、私も付き添います。だからこんな……」

「もう六つになる頃だ。乳母はもう不要だろう」

「……貴方なんて、居なくなればいいのよっ!」


 ばりばりばりっ!


 油断していた男に、わたしはありったけの『力』を込め降らせた。

「き、さま…この力は……」

「心臓を貫いてやりたかったわ…」

 かつて聖国で一番槍と呼ばれた力には遠く及ばない。けれど私の中に『力』はあった。魔法使いになれるはずの力が。

 子供の時から神印で制御されていたが故、国を出て改めて検査して隠蔽された神印を完全に解いても、そこまで大きくは育たなかったけれど。

 それでも目の前の男に傷をつけられた。

「よくも……」

 猛り狂った男の前に……それ以上の抵抗は出来なかった。

「私達は……居る場所を間違えたのよ……」

 きっと、父にも姉にも、その『力』はあって、眠らされていたのだろうと思う。姉に力が発現したなら、母は第二夫人にはならず、私は居なかった。

 私の家のように操られているところはきっとある。それが全部解放されたなら、きっとこの男は貴族になる事はなかったのだろう。



 怒り狂った男の手が喉にかかり、骨が折れる音と共に私はこと切れた。

 私を殺してその後も弄んでいたその男は。

 屋敷から洩れた私の大きな力に気付き、慌てて帰って来た夫に自慢の魔法を使う事もなく一刀両断されたのを、私は知らない。



 襲撃をしてきた者達は男の指示に従っているかのように見えたが、聖女の父親などその権力を主張し目障りなだけ。彼はもう捨て駒だった。そんなことも私は知らない。



 娘同然に育てた姫が、聖女として聖国に連れて行かれた後、どうなったか、私は知らない。


 聖女の力に守られたキラは一命を取り留めたとはいえ、十年以上も姫の魔法に守られて、昏睡してしまう事も私は知らない。


 死んだと思ったもう一人の子がどうなったかなど……尚の事、私が知るはずもなく。


 それでも。


 それでも世の中はゆっくり回って行く……

お読み頂き感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。

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