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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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ラスタの記憶3:中編

時は3000年前……三人称。

ラスタ姫のターンが続きます…



「え? 攫われちゃったの? 双子の片割れ?」

「はい、末弟のゼアが……」

 これは3000年ほど前、ラスタがまだ若木の300歳の頃の記憶だ。

 動揺を押し込めて、主のイルにその事実を語った。

 末弟のゼア、そして末妹のエクラ、二人はラスタの同腹、そして希少な六歳のハイエルフ。そして双子だった。

 その頃、公にはラスタは十一人兄姉弟妹という事になっていた。その中にこの二人は入っていなかった。この世界では双子は厄災を起こすと忌み嫌われているからだ。それでもハイエルフの双子だから、この二人の存在は秘匿されつつも、大切に育てられていた。

 ラスタの所もそうであるが、ハイエルフと言うのは他の世界でも絶滅危惧種である事が多い。そして膨大な魔力や希少魔法を有しており、それを駆使して他の世界から『交渉』が来る事がある。

 それは『血の交換』。異世界からの見合い話。

 この時、どこで知ったかまだ幼かった双子に目をつけ、かなりしつこく交渉されていた。

 こちらでは双子の差別はないとか。

 幼ければ渡った界でも馴染みが早いとか。

 こちらからは二人ではなく三人以上出すとか。

 一見よさげな交渉ではあった。

 だが、父王がエルフの森の結界を消し、魔法を行使すれば別として……現在その世界へ渡る魔法権限のあるハイエルフがこちらに居ない事。そんな中でも手に入れた情報から、渡った先の世界情勢が不安定と判断した父王は、それを断った。

 それも交換でこちらに来るのが『直系』ではない、エルフとエルフの間に稀に生まれるハイエルフではないかという話も出たからだ。

 そういうハイエルフの子は純度の高いハイエルフと交わらないと、次代でエルフしか生まない事も多く、双子であっても直系のゼアとエクラを『血の交換』で出すのはどう考えても割に合わない。

 だが交渉が不調に終わった事で、相手は強引に末弟ゼアを攫った。

 その上あろう事か、渡った世界で彼は人間の軍部に攫われ、更に複数の別国と彼を巡って争いになったというのだ。

 そのちょうど一年ほど前、あの男が『嘘』と言いつつも、かつての誘拐被害者で悲惨な目にあった事を聞いていたのを思い出し、ラスタの血の気は引いた。

「その星でハイエルフが他種族に捕まれば、魔力タンクや優秀な魔法使いの配偶に使われると……」

 口にするのもラスタには信じられないくらい、恐ろしい所だった。

 魔力タンクとはその体から意志や痛みを無視して魔力を吸い上げられ、他の魔法使いを底上げする為の道具となる事。ソコに人権はないし、配偶の方も扱いはただの種馬だろう……

 まだ六歳だった末弟を助けたくて、でもラスタにはその世界へ渡る術がなかった。だから主のイルに縋った。彼はすぐにイイ返事をくれた。

「いいよ♪ その星には伝手があるし、ちょうどティを行かせていたから。ついでに行ってもらおっか」

 まんじりともせず待っていれば、暫くしてからイルから連絡が入り、

「確保できたみたいだから先に行ってて。弟君も疲れているだろうし、介抱してあげて。僕も用事を済ませたら、みんなまとめて戻してあげる。一応自動帰還もつけとくけど。ああ、後、ちゃんとティにお礼を言ってね?」

 と、護衛の男性エルフ騎士数人と一緒にその世界へ送り出された。人間の多い星と聞いたのでラスタは軍服の男装した上、変幻もかける。送られた場所にあった砦に入るのは、イルのくれた割り符のお陰でスムーズだった。

「では。お引渡ししますよ。イル様が来られるまではこちらをお使いください」

 案内された部屋は地下の避難民と負傷兵がいる場所、その奥の部屋。

 ココには逃げ遅れた者や孤立した自軍村から、砦が安全だろうと集まってきたようだ。軍では彼らを保護しつつ軽負傷兵士の世話や洗濯や調理などの内務のまねごとをさせていた。

「ゼア!」

「ねーサマぁ……?」

「無事で。無事でよかった。ああ。まだ、寝ていていいのよ」

 コクリと頷く彼はずっと薬で眠らされおり、その間の事は全く覚えていないと言う。怖い思いをさせずに済んで良かったと思うが、薬の効き過ぎで体を壊さないかも心配する。今もまだ眠そうだ。

「体調が戻るまで。せめて一晩ゆっくり寝かせましょう。イル様がその頃には来てくださるでしょうから」

 そう言って護衛の騎士達に弟を任せ、イルにあの男が居ると聞いていたので会いに行く。

「こちらの部屋を使っていただいています」

 無機質で人が住んでいる気配の薄いその部屋にあの黒髪男はいなかった。任務でどこかに出て、その報告中らしい。その間に案内してくれた兵士に聞けば……あの男、この砦に合流前に近隣の二、三個、陣営違いの村を潰し、兵糧を五つばかり、一人で燃やしてきて、

「イル様のご指示だ」

 と、言い放ったらしい。その後も徹底したやり口で作戦を遂行しているようで、味方の兵士達もドン引きしているのが感じられた。それでも密かに小さく英雄扱いされているのは、戦争では望まれる存在という事だろう。

 案内してくれた兵士が去って、しばらくすると扉が開いた。ラスタが居るとは思っていなかったのだろう、余り細かに表情が動かない事が多いのに、珍しく驚いた顔をしていた。

「報告日とか? あったか?」

「まぁ。良く働いているようですね……皆殺しだったとか」

 後ろに付いてきた兵士に武器を差し出すように言われ、肩にかけていたライフルを預けていた。明らかに怖れられて取り上げられている様に、一体この男は何をしているのだと思う。

「それが仕事だ。で? イルには適当に報告しとけばいいだろ」

「いえ。その。ちゃんと見て来い、と言われましたので。あいもかわらず本当に残忍で、最低な男ですね」

「それは褒め言葉だ」

 彼はいつもより低いトーンで言って、唇を噛んだ。そのままラスタの横を通り過ぎると、無造作にベッドへ横になった。

「今日の仕事は?」

 礼を言うように、イルからそう告げられていたラスタがそう水を向けると、あの男は腕で光を遮りながら言った。

「……今日は成人五十人しょうたいひとつが消えた」

「え?」

「残念ながら俺はその中に入らなかったが」

「……そう、ですか」

「まぁ今回の任務の『目標』は救えたらしい。任務としては無事完了だ」

 イルは彼に礼をと言ったのだから、今日の任務は弟に関するモノ。つまりその消えた命は、弟の命と引き換え……そう考えると血の気が引いた。この男も一歩間違えばその死者の列に参列してもおかしくなかった……彼の口に上らなければ知らなかった数多の死……ラスタの顔色が悪くなっているのに、男はベッドに横になって目をつぶっていた為、気付かなかったようだ。

「早く帰れ」

 部屋を出て行かないラスタに退出を促す。だが何かに気付いたのか、更に言い足しかけた時、建物全体が大きな音と共に揺れた。

「敵襲? ……下だな」

 それにしては次の爆撃や銃撃が聞こえてこないなと呟き、素早く男は部屋を出ると、耳を頼りにその方向へ走っていく。

「ついて来るな。ラスタ」

「貴方の指示なんて何故聞かねばならないと?! それもこっちは……」

 地下、そこは自軍の民を非難させている、つまり弟を預けてきた場所だった。

 負傷兵のベッドや民間人の間には微妙な通り道があり、そこを抜けつつ、皆の口の端にのぼる『爆発』とか、『誰かが連れて行かれた』とか囁きを漏れ聞く。

 さしてしないうちに奥まった場所にある、弟が居た部屋の扉が、変形しているのが見えた。

 側に行けば中で何かが爆発したのは容易に知れる。手榴弾を投げ込まれたか、自爆テロか。負傷者が運び出され、辺りは騒然としている。人が燃えるイヤな匂いがした。

「ヴィラ様!」

 あの男を押しのける様に部屋からまろび出てきた騎士が、ラスタの足元に伏して泣き付いた。

「ようやく取り戻したというのに、また……申し訳ありません。お傍に居ながら」

 流した血も押さえず、縋りついて訴えた。無理にでも帰還すればよかった……ラスタは自分の表情が凍って行くのを感じつつ、首に巻いていたスカーフを外してその男の耳を隠す様に押さえ、

「ここはイル様が味方しているとは言え、人間の軍です。変幻が解けています」

 それを受けて明らかに人間とは一線を画した長さだったそこが、普通サイズに戻った。慌ただしいので気付いたのは側の男ぐらいだろう。そう言えばイルとこの男くらいだ、初対面でエルフだっっと言って騒がなかった人間は……などとラスタは思った。

「私が何とかします。貴方は傷の手当てを」

 ラスタは踵を返し、本部のある方に向かっていく。

「面倒な……」

 情報と会話から想像し、取り戻した『誰か』が、また攫われたと男は気付いたのだろう。それもどうもラスタの関係者だったと察した彼が呟くのが聞こえた。

「貴方なぞ、アテにしていません!」

「他にアテがあるのか?」

「交渉すればきっと……」

「交渉? カードはあるのか?」

「なくっても頼むしかないでしょう!」

「そんな行き当たりばったりな……」

「あ、貴方にっ! 貴方にだけはソコをとやかく言われる筋合いはありませんよぉっ! いつも行き当たりばったりやっている貴方にだけはっ」

「え? 俺?」

「え? え? えっ……て、貴方はっ! 無自覚なんですかぁっ! 信じられませんっ」

 口で争いつつ本部に乗り込み、もう一度取り返して欲しいととラスタは願った。だが、中にいた階級の高そうな人間達は不遜に笑った。

「契約は先ほど履行されましたぞ?」

「この中で攫われたのですよ! 貴方達が警備をちゃんと……」

「攫われた子供は取り返し、先ほど貴女様にお引き渡しした。ソレでイル様を通して貴女達の依頼した我々の任務はおしまいです」

 一理ある。そして好意で奥部屋まで貸し与えたというのに、恩を仇と言って返すのかと言い募られる。更に、

「何ならまたお取引を御所望ですかな。ただ先ほどの倍は頂きたく。軍の侵攻も明日は決まっているのでね。即金と、そこの男の契約時間は三倍、いや四倍増しでいかがかな」

「この男はどうにかできても、お金は……わ、私では決済しかねます! でも今、追えば間に合うのですっ!」

「いくらかは知らないが、ラスタ。即金など戦場で価値などない。遠回りなお断りだ……てか、ワザとか……」

 そう呟きながら、ラスタの後ろの男は『それにしても俺の事はどうにか出来るのか……』と、付け加えている。

 目の前の威張った雰囲気まるだしの、シワの無い軍服の男がさも思いついたように提案し始める。

「それか、その金額でこちらが買い取った形で『黒犬』を……その男を譲ってくれ。その男はイル様と同じく『兵器』だ。戦闘にとても有用でね」

「俺でいいのか。じゃローラーをぅぉっ、て、おい、引っ張るなラスたっ!」

 ラスタが考える前に、後ろの男が前に出ようとした。それ以上を発言する前に、彼女は男の首根っこを捕まえて引っ張った。流石に……簡単には『一生をください』とは言えない。それなのにこの男は止めなければ、さも簡単に差し出そうとする。そこに緊迫感も何にもない。

「もう頼みません。私一人で行きます」

「は? 無謀だ」

 身体強化で襟首を引きずる様に本部を出たラスタは、扉の外で彼をポイした。そのまま走って行こうとする後ろを、バランスを取り戻した男が追い、腕を引く。

「俺が働けば良いそうだぞ、ラスタ。ローラーしてもらえ。本当に今なら見つかるだろ?」

「貴方、バカですか! バカなのですねっ! 一生! 一生、こき使う気ですよっ、アレ」

 連れて来た騎士達はこの世界の戦闘には慣れていないし、ラスタが行くと言っても止めるだろう。ラスタは正式な王族、弟は非公式だから。そうして揉めているうちに手遅れになってしまうのは困る。

 だからと言って男を差し出すのも考えられない。

 このすさんだ地の戦争は根が深い。ラスタはこの地に降りた時から気付いていたが、ココには闇の妖精以外、見ない。闇の妖精は死や眠りに寄り添う最後の妖精、その他に見放された地は、そう遠くないうちに闇の精霊すら離れ壊れる……ラスタは経験則でも資料の上でもその事を知っていた。そこに最低男だろうが、『一生』を縛って最期を共にしろなどと言えない。

 それに冷静になってくれば、なんとか交渉してこの軍に頼んでも、また……数多の死者が出るのだと言うのも覚悟はできていなくて。

 けれど弟を助ける為には誰かが手を汚し、誰かを倒さねばならず、自分にその力があるかと言えば、そうでもなく。力があったとて、倒す……いや、殺す勇気が自分にあるのか……

 考えがまとまらず、涙が……滲みそうになる。

 大切な、大切な弟との引き換えに、この男をこの地へ捨て置き……たくさんを犠牲にして弟を救って……何、食わぬ顔で自分は日常に戻って……できるのか、そんな事……でも……でも、それしかないのだろうか……ラスタの思考は乱れに乱れた。

「仕方ないだろ? 流石にこの森の中、少数を追うなら、多人数でローラーするのが効率イイ」

 目の前の男は嗤いながら暗に『悩む事なく俺を生贄に差し出せばいい』と、そう意味を込めて言い放つのにラスタは腹が立つ。『何を迷うのだ?』と、不思議そうなその顔の方が余程信じられない。

 でも、確かにこの男を差し出すのが正解、なのだろう。でもだからと言ってラスタにその決断は出来かねて。何も出来ないのに親と喧嘩して家出する子供のように言い放つ。

「一人で、行きます!」

「場所も特定できないのに無理ゲーだ!」

「貴方にはわからずとも私なら! 今なら……わかります! でも時間が経てばもう……」

 手を引っ張られて止められたので、ラスタはそれを叩き落として、最後の方はもう何が正しいかわからなくなって、涙ながらに下を向いて静かに言う。

 世界線は違うが移動して来て踏んでいる大地なら、ラスタの力はある程度は及ぶ。弟のゼアは再び眠ってしまっているようだが、ラスタの力で得た情報を弟の片割れのエクラに送れば、その位置は特定できる。ただ離れれば、それも難しくなる。イルが来てくれれば、助けてくれれば……と、ラスタは思うが、別世界へ来られた事だけでも特権を振り回しているのは充分に自覚していた。

 あの男は不躾にラスタの顔を下から覗き込んでくる。涙でぐちゃぐちゃになっている顔など、物心ついてからは誰にも見せた事もないし、今からも見せたくなんかないのに。

「わかる? のか?」

「貴方みたいな最低な男がついてきてくれるなんて、微塵も期待していませんから、ご心配なく」

「ああ、首が飛ぶからな」

 意味が分からないというふうに首を傾げるラスタに、

「イルがこの軍と契約して、俺はココの軍規に縛られている。離反の代償は間違うと、命だ」

 普通の傭兵なら違約金程度だが、彼は違うと言う。時限付きとは言え、イルによってこの軍の所属されている、と。

 そう説明した男は、泣きながらそのまま走って行きそうなラスタの両腕を掴んで、軽く揺すぶる様にして、

「答えろ。お前の連れ去られた『大切』が、どこにいるかわかるのか?」

 こくり、ラスタが頷く。彼はそれを聞くと、彼女の涙の顔を戦いで荒れた親指とよれた袖で無造作にグイグイと拭いてやって、にやりと嗤った。

「わかると言うなら……行くぞ。ああ、後からイルに話をつけてくれ」

 うまく夜が明けるまでに戻れると、一時的な無許可離隊で、懲罰房行きくらいで収められるだろうと言う。

「でもっ」

「時間が無いんだろ? 露払いくらいしてやる」

「私にはっ! 貴方に返すモノも、支払う物もありませんよっ。それも……もしかして、もしかしたら……貴方も死んでしまうかもしれないのにっ」

 手を引いて走り出そうとしていた男は、ぴた、と、止まる。

 そしてもう一度、ラスタに向き直り、

「じゃぁ……前払いしてもらおう」

 男は慣れた手つきでラスタの顎を取ると、上を向かせて腰を引き寄せて、唇を重ねて来た。

 一瞬だった。けど、本当に、素早くだったけど、ラスタのふるりとした柔らかい唇に、男のしっとりした何かが割り込んできて、舐め…………

「なななななんあななめっ! な、舐めっ!!!」

「元気が出たな。行くぞ」

「ああああっ貴方なんかにぃ頼んでなんかないんだからっ」

「あーーはい、はい。押し売りだが、お代は払ったんだから貰っとけ。おい、そこのっ!」

 彼は嗤って自分の唇を舐めつつ、ラスタの手を引いて連れて行く。

 確かに前はもっと、その、あんな事をされかけたけれど、あの時の彼は素面ではなかった。けれど今回は……いや、前だって……恥ずかしい……でも今はそんな事を考えている暇はないし、今回のは弟の為だったのだ。仕方ない、合理的なただの『お代よ、お代っ』と念じて、ラスタはそれ以上をその場で考えるのを止めた。

お読み頂き感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。

来週更新は火曜からを予定しています。


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