ラスタの記憶3:前編
ラスタ姫のターン。時間を少し遡ります…
たぶんティは岩壁製作中の頃…三人称です。
まだ数日前まで秋の空であったのに、ここ一週間程は雪がチラついていた。ココは積もる程ではないが、晩秋とは言ってもまだ凍える時期でないこの大地のどこかで、雪が降り積もる感覚がする。
それもかなり強烈に一部に降り注ぎ、ヒトの命が消えて行く気配さえ肌に刺しこんでくる。自然災害にしてはおかしな空気。だが普通の魔法程度では考えられない広大な土地にその寒さを感じる。異常気象……だろう。
「聖国と共和国の国境近く……これが魔法と言うなら相当考えなしの魔法使いね。こんな規模を個人でやったなら死ぬわ……まさか……お父様がおっしゃった戦争が? でも妖精達は楽しそうだし……」
農作物の収穫は先週無事に終わったと報告はあったし、このエルフの森に異常が生じるほどではない事に安堵しながら、ラスタはそっと窓辺で空を見上げる。
妖精……彼らはこの世界を構成する土火風水空光闇の魔力を帯びた元素の塊。ハイエルフで魔法使いの彼女には、それが手のひらほどに乗る小さな小さな人の形に見える。
彼らには三段の格があり、今、嬉しそうに舞っているのは下級。中級は意志を持っており、頼めば願いを聞いてくれる程の知能を持つ。上級の妖精なら人語を理解し、それこそ神に近しいが、いずれも実体を持たない。
彼らを友とし、その身に召喚して力を具現化できる一族が妖精族。妖精国はそのような力の持ち主が集まった国である。
ちなみに精霊国はラスタの住む星を構成したとされる『原初の七大妖精』が、受肉し、その子孫が繁栄し作った国である。
エルフは妖精族のように彼らを身に宿す事はないが、妖精達はエルフが大好きでよく寄ってくる。なので農業を生業とするエルフは土や水、漁業なら水や風……と言った具合で下級や中級妖精と契約するほど身近だ。
ラスタは契約していないが、風妖精によく好かれているおかげで、弓の腕前が引きあげられている。
妖精達がフワフワと靡かせるようにちらちらと降る雪を見れば、息で窓が白くなるほどそのガラスは冷たい。その時、木々を揺らす妖精達が纏う風がキラキラと虹色に輝いて見えた。
「虹色の風?」
どこか懐かしい気がして眺めやろうとしたが、誰かがこちらに来る気配を感じて、何事もなかったかのように椅子に座り山積みの書類を見ている態を取った。
「面白いモノが見れたっ」
「部屋に入ってくるなり、なんですか一体?」
それも窓から。
「いや〜、共和国の剣術大会。見物だった〜〜! なんとさ、五歳のちびっ子が優勝だぜ!?」
興奮冷めやらぬ、といった感じで拳を握り力説するのは兄ウィアートル。腹違いの兄、ハイエルフと精霊のハーフ。耳が長い為、通常種エルフを名乗る男性だ。だが精霊の血も濃く心を惑わすような妖艶な美しさも兼ねている。
しかし……何故いつも、執務室に窓から入ってくるのでしょう、とラスタは思いながら尋ねる。
「部が……年齢で四つに別れているのではなかったですか? その秋のイベント。他にも優勝者はいたハズですが」
「それがさ〜、聞いてくれよヴラスタリ。なんと今年は例年になく、少年部、青年部、壮年部、熟年部での、統一戦が行われてさ! いやー爽快だった、アレは!」
執務机に手をついて、前のめりで続ける。
「壮年部の男がホント、イヤな奴でさ~試合後に相手が握手を求めても無視だったり、試合終了だって言うのにワザとに相手を傷つけたり、最初っからどっか態度悪かったんだよ。聖国の副騎士団長って言うから女の子には人気あったけどさ」
続きを聞きたいよね、聞きたいよね! っと言わんばかりの兄に、どうぞと続けさせる。
「そいつの提案で、四部門の統一戦始めることになってさ。まず幼年と青年、そんで壮年と熟年がやり合ったわけ。そこから勝ち上がったのが幼年と壮年なわけさ!」
青年の鎌使いもブンブン勢いあったし。熟年のドワーフも凄かったけど、剣術大会だからっていつも戦斧遣いなのに剣にこだわって負けたのももったいなかったんだけどさぁ……で、っとパンと手を打って、
「幼年の、五歳だぜ、五歳! 黒髪黒目のちびっ子が、そのいけすかねー壮年部の野郎の剣を、真っ赤なさぁ刀でスッパスッパ、ってさぁ。輪切りだ、輪切り。普通ありえないだろ!? ロングソードだぜ??」
輪切りになっていく剣なんか見た事あるか~っと続ける。ラスタは形の良い眉をよせ、こめかみに指で触れる。
「ウィア兄上。今なんと?」
「ん?」
「スパスパ切る、の前です」
「うん? いけすかねー壮年部の野郎?」
「その先…………」
「ん、だから……赤刀で輪切りに切った?」
「……黒髪黒目、赤の、刀……?」
この世界では珍しい、黒髪に黒目の、子供。
それも赤刀を振り回して、ロングソードを切った?
「…………?」
遥か過去の。幻影が思考を掠める。
「なんだ? ヴラスタリ、もしかして知ってるヤツだったのか?」
「…………いえ」
その人は、会った瞬間から失礼な人だったけど。黒髪に黒目で。主イルの命により赤い刀を振り回していた男。
黒髪黒目、赤刀。
それだけで、結びつけるのは早計にすぎる。だってアノ失礼な男は3000年も前に死んだのだから。それも別の世界、別の星、別の大地で。
ただ、イル曰く『また地獄のような生に産まれつく』そういう宿命にある男。
「まさか、そんな事。あるはずないです」
小さな呟きは空に溶けて。
「ちょうど良いので、ウィスや下の子たちも呼んで休憩にしましょう。ウィア兄上、行きますよ。お話はそこでなさってください」
ラスタは二番目の兄ウィアの背を押し、執務室を後にするのだった。
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