11番目の記憶
今週と来週は火曜~金曜:時間不定期で更新予定です。
「よし、こんなもんだね」
「っ……じゃぁ」
「うん、次は最初に作った所と高さを揃えて」
「……俺、死ぬ。師匠」
「そう言ったティを死なせたことはないから。安心しな」
俺は師匠に言われて壁を作っている。魔法による岩壁だ。器用な魔法使いだと土や岩で建物まで作れるらしい。城なんかだと半年から世紀かけた大作までと作り込みの差は幅広いが。
俺は城を作っているわけではないが、距離がある。低いとはいえ二階建て程度はある、幅一メートルほどのそれは、聖国に面した共和国から見れば北側、聖国から見れば南側の境界線に整備された。ただの石垣のように見えるが、聖国側は垂直ではなく緩い弧を描いており、すぐに侵入できないようにしておいた。
それも鉄やらなんやらを溶かしつつ、地面に岩として存在させている。たぶんコレ俺にしか作れないだろう。俺もどうやって作っているかわからないのだ、何故か土が駄目で、岩と考えると魔法が動きだすのか。俺のイメージが溶岩で、土ではないからなのか?
師匠に聞いても良くわからないくらいなので、要求のモノが出来ているからイイとしよう。魔法なんて結果ありきでいい。
喉が渇いて水が欲しいなら、空気から水を絞り出す方法もあれば、雨を降らせる方法でもいい。俺の場合は地面にどデカい穴が開いて深くて巨大な池が出来上がったけどナ……そうして師匠の目が残念な子を見る様になるのだ、毎回……
前に建っていたボロいラインは師匠が魔力として再編し吸収する事で無くしていく。
そうやってやっと端まで終えた……かと思えば、始めより最後の方が熟練して綺麗に早く高く積めるようになったので、調子に乗っていたらしい。師匠に高さを揃えろ、と言いつけられる……鬼だ。
まぁこの岩は建物の基礎だ。この上に徐々に人力で建物などを乗せて、拡張し砦やら作っていくそうだ。その際、高さが揃っている方がいいのはわかっているので、遡って調節した。地震とか魔獣とかそう言うモノが来ても倒れないだけの強度を土の中にも構築する。掘って突破できないようにする狙いもある。その後、設計士らしい人の指示で、排水なども考えて斜頸を付けたりパイプのような素材を簡単につけたりしてもう一度、戻った。
往復を何回かこなし俺の出来る施行が終わった頃、すれ違いに『ありがとう』と、これから建築に向かう棟梁達に声をかけられ、喜ばれる。
熟年部優勝者だったドワーフも金具など作る職人として来ていて、飴くれた。いいヒトだ。
「はぁ……寒い」
「元凶お前だけど」
「雨を降らせろと言ったのは師匠だ」
「誰も雪や氷までとは言ってない」
聖国の方向が吹雪いている。
延々と一週間、そろそろ落ち着くと思う。
俺の魔法はこの地の魔法と違い、魔法陣や呪文を使わない為、コレが魔法と断定される事はない。
ただ師匠がやっても大丈夫ではないかと思う。だが、師匠曰く、魔法を使うとその場にある物を『力』を変換するため、その動きで『誰かが何か』したのがバレる。隠蔽魔法もあるが、自然派生っぽくするなら俺の方がイイだろう、と、請われて放った。
「まぁ確かに……ティの魔法を舐めていたかもしれない。修行時の実験は砂漠だったから三日で収まったんだね」
感慨深げに師匠が言う。気象条件が絶妙にマッチしたらしい。
つまり軍事演習と偽った行軍を止める為に、天候による足止めを狙ったわけだが。聖国から比較的南にある共和国はまだ暖かい時期。雪中行軍は予測していなかったはずだ。またはこのまま侵攻先の共和国で調達するか、後々配給予定であったろう。
それでも雨天装備として耐水服ぐらいはあったとは思う。だが雪の中に氷さえ混じる雨の寒さに、火も焚けない日が一週間。気温が急激に下がった事で、空気の対流が吹雪を産み、小山が凍り、足元を奪い、整備されていない道での行進は妨げられた。
凍死者まで出たかは不明だが、凍傷、体調不良で病にかかる者も続出、一部遭難。自分達の愚行に『演習中の事故』だから国際協力してほしいと救助要請をかけてくる始末。
もともと国境近くの演習を非難・撤収を求めていた共和国はソレを却下。
周りの獣人国や精霊国なども共和国に賛同。
聖国は支援を受けられず、それでも何とか昨日あたりに撤退出来たようだ。行方不明の隊は雪が止めば、秋空に戻ってからどうなっているか確認できるだろう。
放ち所を間違うと大変な事になる、俺の魔法。
だから『破壊特化』と師匠は言う。ちなみに『返品』は受け付けていない。下手にキャンセルするとまたどうなるかわからないので、自然消滅待ちだ。
俺が結界を張ればたぶん中に収められそうな気もするが、聖国相手にそこまでの配慮は要らないと師匠が鼻で笑っていた。俺も同意だ。うん、後もう少し吹雪けばいいと思う。
「下層建築物の引き渡しは終わった。ギルドにティの取り分は振り込んでおいた。で、行くのかい?」
俺はこくりと頷く。
一週間ほど予定がズレた。雪が止めばまた暖かい気候に戻るだろうが、季節は秋。ある程度進んで、獣人国を横切りつつ、エルフと国交があるらしい精霊国の『悠久の都』を目指し、冬の間はそこで過ごすつもりだ。
人間に厳しい国のようだが、ギルドはあるからどうにかなるだろう。
「これ、形見として大切に使うよ」
「師匠、俺、死んでない」
光貝のナイフの片手に師匠が笑いながら見送ってくれる。長命、不老の師匠からすると、人間の俺なんてウッカリすると既に鬼籍という事態があるのだろう。形見でも正解なのかもしれない。
そう言えば師匠が俺を公式の場に引き出したのだし、保証人だから責任は取ってもらうのは当たり前だが、俺をこの国に縛ろうとした動きがあった。砲台として人間兵器にしたかったのか、軍部への誘いが強かった。師匠が対処してくれていなければ、この出立はなかった。
イロイロ情勢はアヤシイが、ずっと留まっていても八方全てが良好な時などこの世界にはない。
頭にはいつものようにドリーシャ。あいもかわらず小さな鳩だ。もうこのままずっと鳩でいい気がする。野宿の時だけは布団になって欲しいけれど。
俺は予定通り共和国を抜け、獣人国に入った。採集系の仕事を請け負いつつ、町を伝っていく。
そう言えばエルフの『森』といわれる場所は三か所くらいあるようだ。
一つは共和国から聖国を挟んで、そうあの西の山を越えた向こうにある妖精国の更に向こう、北方辺境領近くに一つ。
一つは今回抜ける獣人国ではなく、東の最果てにある別の獣人国に。
最後が今、目指している精霊国と竜神国が接したその境界線あたりにある。近くにはエルフの海と言われる湾、その南寄りにはエルフの島と呼ばれる場所があるそうだ。
三か所共に『エルフの森』といわれているが、ソコに入るのも信用が必要なようだ。
その深い『森』の奥には世界を支える大きな木『世界樹』があるとか、そこを隠す『大いなるエルフ』がいるとか……噂には事欠かない。
俺が最後に述べた森を選んだ理由は、行きやすさと、ラスタの匂いがする虹の風が吹く方向という、何ともあやふやなものだ。
「やぁ、ティよく来たねっ」
途中、獣人国では青年部優勝者だったユエと会った。何だか部族の長だったとかで、偉い人だった様子。
奥さんと小っこい毛玉サイズの子供が三人いた。噂の奥さんは確かに綺麗だった。とても快活で、作ってくれた料理が豪快で、美味しかった。
二日ほど留まっている間に、試技をしたら部族の他の大人に囲まれた。めちゃ筋肉圧が凄くて、脳筋っぽくて、皆を捌くのに苦労したけれど、最後には何年も過ごした家族の様に送り出してくれた。
「好きな子と会えるとイイねぇ」
「おうおう、振られたら来い。話をおっちゃん達が聞いてやるぞ」
「失った恋の数なら俺達の方が達人級」
「てィ兄ちゃんはフラれるぅ~~」
「いや、その……」
「照れてるじゃないか、ティもそんな年齢並みの顔もするんだ。安心したよ。じゃ、ユエ、国境まで頼んだよ」
こんな……師匠に構われ、こうやってヒトに受け入れられ、会話して……少し前の俺には考えられなかった……
「家は任せたよ。ティ、行こう」
最終的に獣人国道中、ユエが最後まで付き添ってくれた。治安が少し悪いらしく、この所、子供が攫われる事が度々あったらしい。断ったのだが、実力や強さはどうあれ、幼児が歩いているのはやはり危ないのだと押し切られた。
無事に精霊国まで辿り付いた時にはもうコートが手放せず、朝には水が凍り、雪もチラつく頃だった。ユエとまた会う約束をし、別れた。
「フラれても自暴自棄にはなるなよ~ティがキレたら色々大変そうだから」
「なぁ……フラれるのは確定なのか?」
「初恋は実らないっていうしな」
「は、初……初恋……」
「だ、大丈夫か、ティ。検問までは付いて……あぁ、もう、やっぱり精霊国のギルドまで送るからっ! しっかり気を持てぇ~」
「い、いや。大丈夫だ。行ける」
「そっちは商人用。ティはあっちだよっ」
「…………大丈夫だ、問題はない」
「本当に、しっかりしてよっ」
そうして……送り出された俺はしっかり精霊国の冒険者ギルドにちゃんと着いた。もちろん迷ってなんかいない。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ寄り道しただけ……
初恋なんて言うからだ。
今まで恋をしたり、愛したりして家族を築く幸運な時代は少なかったが、それらを保つのは全て『表』の仕事だった。言われてみれば俺を『俺』として生きたのは、自分が壊れるのを自覚して役割を割る前と、地球でイルに請われて『表』を抜きで仕事を受けた時と、一人になった今世だけだ。
俺が『表』の感情抜きで、行きずりでも単発でもなく、個人で親しくした女性は、そう言われればラスタが初めてなのかもしれない。
「でも抱いたわけでもない……ん、まぁちょっと齧ったが、アレは事故だ。耳は……舐めたか? キスは挨拶だし、何の問題もない。のか? 耳をちょっと食んだが……ラスタもあの後、普通で。あいつも俺の頭にキスしていたこともあったし。特に何も言わなかったし……な」
そんな事をうだうだ考えていたら、人にぶつかってしまい、やってもない盗みを擦りつけられそうになった。
「さ、財布がないっ! おい、お前! 盗っただろっ。お前っ人間だなっ! 性が悪いヤツだなっ目つきも悪いしっ」
いや、何もやってないのだが。
寒いけど、仕方ないのでさらりとマントを脱ぎ、薄着になって軽く飛んで見せたが、盗ってないから出てくるわけもない。
「人間だけど子供だし、こんな寒い中、マントを脱がして薄着にさせるなんて……」
「片腕が無い……不憫な……それもそんな小さい子が盗みなんて無理だろ」
「やってないのか妖精に審判させよう!」
「へ?」
聞けばこの『精霊国』はこの星を作った七大妖精とか言われる者が受肉し、そして繁栄させて出来たそうだ。妖精はどこにでも居て、いろいろを見ているから『司法の精霊』が問えば、時間が早ければ割と簡単にいろんな真偽がはっきりするらしい。
眉唾で陥れられるかと思ったが、警察のような彼らは俺の冤罪を簡単にあかしてくれて、無罪放免となる。言いがかりをつけて来た男も財布を失くしたのは本当で、幼い人間の片腕の俺にちゃんと謝ってくれた。
「なくした財布、見つかるとイイな」
「人間は悪いヤツばっかりだって思っていたけど、違うんだな……一緒に探してくれてありがとう」
失くした財布は一緒に探したけれど、その時は見つからなかった。
隠蔽の精霊とか惑いの精霊とか、他の精霊が関わると妖精を誤魔化して、司法の精霊でもわからないらしい。
聞いていると生まれの氏は『火水風土空光闇』の七つに別れていて、例えば『風の精霊』だとか『空の精霊』とか名乗るようだ。そして成長し特化した部分にも『精霊』と付ける。俺にとってはわかりづらいシステムだ。
「なぁ、俺は『海の精霊』なんだ。今からうちに来ないか? 今朝釣ったばかりの魚をお詫びに御馳走したい』
そう言ってくれた彼は漁師。彼の奥さんと娘が事情を聞いて謝ってくれて、翌日は漁に連れて行ってくれたり、ごはんを奢ってくれたりして、結局三晩くらい宿を借りた。
財布は空だがその間に見つかった。俺にぶつかる前にスラれたようだ。
だいたい『隠蔽の精霊』だって心の傷ついたヒトを癒したり、『惑いの精霊』も迷える人を探したり、使い方次第で毒にも薬のもなるそうだ。
どこにでも悪いヤツもイイ奴もいる、今日までイイ奴でも明日には犯罪者になれる。今世も俺は随分な事を既にしているだろうが、できるだけ真っ直ぐありたいと思った。
この後はラスタの匂いがする虹の風に押されるように、精霊国を進んでちゃんと目的の町に着いた。
共和国ギルドから話が通っていたらしく寮住みになり、仕事を受けるようになった。
「当ギルドではソロを推奨していません」
「推奨はしてなくても出来なくはないのだろう」
「ですが、この国で人間は……でも妖精に好かれておられるようですね。二日だけサポートの冒険者と共にして下さい。ローカルルールもありますので。その後は何かあればご相談を」
それから着実に成果を上げて行けば、文句は言われなかった。
そういえば首都である『悠久の都』からエルフの森への馬車が出ているのは本当だが、普通の人間が紛れるのは難しい様だ。そもそも悠久の都に人間はなかなか入れないとの事。
「で、お願いできる?」
「行って判断する」
そうしているうちに俺の討伐記録からか、登録内容からか、魔法使いとして指名依頼が入った。
お読み頂き感謝です。
ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。
贅沢だけどっ…感想なんかもいただけたら嬉しい……です。




