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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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ラスタの記憶2(前編)

ラスタ姫のターン。三人称です。

時期はティが師匠にメチャ扱かれている頃です……


 朝方は涼しかったが窓の外はまだ夏の光が強い。今日もまだ昼は暑くなるだろう。そう思いながら食堂に入った。

 ラスタは毎日、誰かしら家族と朝食を取る。そこで簡単な世間話や公務の進歩状況などの情報を交換する。家族のみが入ることを許されているそこは、家族全員が揃うとかなりの大世帯となるため、食堂の真ん中に鎮座する食卓テーブルは、長い。だが全員集まる事は少ない。

 それでも父王が上座、その側に妃達が座って、兄弟姉妹が適当な間を開けて席を取る形は概ね変わらない。

 今朝は父王、エルフの義母、兄と妹が一人ずつ、そして自分といつも以上、本当に家族の姿が少なかった。

「おはようございます。あら、ゼアとエクラは?」

 名を上げたのは一番下の二人は双子。双子は不吉だからと一時正式な人数にも入っていなかった二人。今は十二人姉兄妹弟、末弟ゼアは自身の意志で非公開を貫いている為、この数に入っていない。

 数に入っていようといまいと、ラスタにとっては可愛い弟妹。朝食で会えるのがとても楽しみなのだ。だが聞けば昨夜、二人は天体観測をして遅くなった為に本日はまだ起きて来てないらしい。

 可愛い弟妹と顔を合わせられないのを残念に思いつつ食事を進めていた所、真金色の髪に金瞳、これぞハイエルフと言った色合いの父王から問いかけの声がかかる。

「この頃、民達の様子はどうだい? ヴラスタリ」

 父王の質問に、ラスタはスープを掬う手を止めて一瞬考え、指先で宙に円を書いて呪文を小さく呟き、それをそっと押し出す。

 光円はさらりと魔法陣を構成し、卓上の白皿の上に記憶投影した淡い立体映像が映し出される。

「一昨年、精霊国に依頼した治水工事が春に完了したおかげもあって畑の方の収穫は上々です。果物は夏の熱さで心配しましたが、小振りではありますが何とか毎年の平均収穫量が望めそうですわ。このまま収穫後期まで嵐などなければ農村は落ち着いて冬が過ごせそうで、安堵しているようです。ただ聖国が不穏な動きをしていると噂があって、国外物価の方が少々上がっているようで」

 白い皿の上で立派に仕上げられた治水工事現場や、揺れる金色を帯びる小麦、果物を手入れする農民の様子などが生き生きと描き出されて、ゆっくり消える。

「あそこは確か三代前の聖王が病死してから何だかよくないわ。完全鎖国ではないけれど、あの頃から政策が内向きですわねぇ」

 青空色の髪と同色の優しいタレ目気味の瞳を持つ、小柄で華奢な可愛らしい雰囲気の義母、シェアスルがそう言い出す。

 一夫多妻制を自ら取り入れる父王により、ラスタにとって母親とは多数いるのが当然の事。

『添いたいと思った相手が、多種だったというだけの事。全て愛でれば良かろう?』と宣言する父王の立ち回りによって、どの夫人も不満など微塵も感じていない。その為、母達は分け隔てなくどの子にも接するし、子達は全母を慕うという理想的な構造が無理なく成り立っている。

 ただ王がハイエルフ故の長命、既に亡くなってしまった義母や兄弟も居る。今日の朝食会に参加している通常種エルフのシェアスル母上は、通常種エルフでは二代目の母親にあたる。

 彼女の言葉にラスタは首を傾げた。

「聖国の聖王……ですか?」

「三代より前は気さくでいい人だったわよね? ねぇ、あなた?」

「そうだねぇ。200年くらい前だったかなぁ……非公式だったけど一度、この居所に招くくらいにはイイ人だったよ。ああ。この人間が言うなら本当に『神』っているのじゃないかと思わせるくらい、優しくてぽやぽやと何事にも神に感謝していて……ただアレは政治には向かなかったのかもしれないね」

「現聖王は病気で蟄居中では? ただ聖女が久しぶりに生まれたと数年前に流れて、落ち着いた感じがあったが、な……ただここ数年、軍備を整えつつあるという噂も聞いた」

 父王の言葉を受けた、長兄デュセーリオは切れ長の深い青紫色の瞳を更に細めて言った。肩口切り揃えた白金髪、背に残し垂らした髪束。その冴ある姿は刀剣を思わせる鋭さがある。ラスタと同腹のハイエルフである彼が、剣も魔法も秀逸な王位継承第二位の男性である。

 ラスタは兄の言葉を受けて、頭の地図を広げる。

「侵攻先は……共和国か獣人国でしょうから、すぐに影響はないでしょうけれど。保存のきく薬など量産をしておくのも一考かと」

「防災の備えも込みで今度の会議で議題としようか。それにしても聖国ねぇ、秋の収穫後に動いて兵糧確保を狙っているのかな……ああ、聖国の町が魔獣に入り込まれて壊滅した噂を妖精国主から聞いたが知っているかい?」

 ラスタがやったように、父王も白皿に魔法陣を展開し、魔獣の映像を見せてくれる。コレは王の記憶ではなく、情報を伝えて来た妖精国主からの資料だろう。朝の食卓に流せる程度に柔らかく……唸る魔獣の向こうに焦げた町が見える程度ですぐ消えたが、悲惨な町の状況はわかった。

 同じような魔法であるが、ラスタから見れば父王の展開した魔法は早くて精巧で……ラスタは『わたくしもまだまだですね』などと思いながら、返事を返す。

「町の壊滅、ですか。わたくしは知りません。お義母様がおっしゃっていましたが、なにぶん閉鎖的な国で情報が少ないのです」

 閉鎖的と言うならエルフの国に勝る国はないのだが。それでも妖精国と精霊国、その二国とのつながりが深い獣人国とは、王同士の繋がりがある。

 それにしても魔獣が数匹はいりこまれた程度では壊滅など、普通はあり得ない……ラスタが首を傾げる。デュセーリオはその事を知っていたようで、答え始める。

「壊滅したその聖国の町は、三方壁で一方を魔獣の住む森に接していたと聞いている。上空は魔法壁で囲っている非常に堅牢な町だ。だが町と森を仕切っていた『聖壁』と呼ばれる魔法壁に魔獣が押しかけて壊れて……」

「ええっ! リオにーさまっソレ怖くないっ!」

 妹クラーウィスが声を上げる。やや幼めな身なりや口ぶりだが3000歳は超えている、ラスタのすぐ下の妹。〈蔵書の鍵〉と呼ばれる幼げな彼女の頭の中はいろんな本の知識でいっぱいだ。

「確か『聖壁』って……昔の聖女様が張った結界じゃなかったかな? 人や小動物は通すけれど魔獣は通さない、凄い精密な結界なんだって。その町で取れる果実はそのままだと吐くほど美味しくないけど、体調不良を治す貴重品なんだよ?」

 干したり加工したりすると極上の珍味だってぇ~、そう付け加えながら彼女は更に続ける。

「そう言えば『聖壁』が壊れる時、国が壊れるとか予言なかったっけかなぁ???」

 予言があたるかはさておいて。

 何故そんな町の構造にしていたのかと思ったが、果樹林を守り、だがその壁が壊れた時は、その町自体が壁として機能するように作ったのだろう。国全体に魔獣が広がらぬように。

 その前に魔獣は生息域からあまり出たがらないはずだが、どうしてそうなったのかもラスタは気になる。

 どちらにしても逃げ場のない街の中に放たれた無数の魔獣……悲惨な状況だったのは確かだろう……

 夢で見た子供の『手』……アレはもしかするとその時の大地の記憶……なら、その子は生きていないだろう。その冥福を祈りながらも、ラスタは声音を変える事もなく至って冷静に発言を続けた。

「聖国も建国よりだいぶ古くなってきましたから、『聖壁』の由来や町の構成、予言などがどこまで『人間』の間に残っているかは不明ですね。何にしても冬に大遠征をしかける事はないと思うのですが」

 ラスタは暦を見てから計算して答える。

「定石としてはそうだね。でも聖国と共和国の国境は東西に長いからとても薄かったはず。そこから入って、現地民を殺し民家や砦を押さえ、そのままキャンプ化して居座れば、越冬も怖くないと思っているのかもしれないよ? ヴラスタリ」

「それは……」

「冬は動きにくくなるのは両軍共だけど、共和国は建国年数が若い。概ね聖国対抗に集まった、まだまだ一つずつが小さい集合体だよ。キャンプを補給拠点としてゲリラ的に何か所も焼いていけば、連携は難しい。そうしながら聖国は薪や食料の備蓄もそのまま現地接収して、春明けに一気に首都へなだれ込む事もできるしね。共和国は今の大統領が大らかな傑物だが、予想の展開になったら凌げるかなぁ。まぁこの所、概ね平和な大地なのに大遠征なんて……精霊王がお怒りモードにならないといいけれどもねぇ」

「もぉ……聖国って人間の国でしょ? 勝手に神様崇めていたらいいのよぅ。戦争なんてやだやだ……」

 クラーウィスがジタジタしている様子を可愛いと思ってラスタは見やる。

 ラスタは生粋のハイエルフなので、事故病死などなければ、一万五千年程は生きるとされている。

 しかしクラーウィスはハイエルフの父王とダークエルフの義母、つまりハイエルフハーフの子。個人差はあれどハイエルフの寿命の恩恵はある、けれどハーフ……だから妹であっても寿命的に先に逝ってしまう子。だからこそ愛おしく眺める。

 更にシェアスルが手をのばし、ぽんぽんと彼女の背を撫でてやる。

 その背を撫でるシェアスルも、通常種二代目の母とはいえ、代替わりしたのはあの男が死んだ3000年前と同じ頃。

 ハイエルフと契って子を産んだとしても、寿命の恩恵は子にだけ適応される。

 通常種やダークエルフは2000〜3000年が寿命。

 可愛い妹も、心優しい目の前の母も。病気などなければ、あと数十年くらいなら延命出来るかも知れない。けれどそうせず時を止めてしまうのかと思うと、急に寂しくなる。

 これもいい加減な口約束の『3000年』やら、死を見送ったあの日とか思い出してしまったせいだ。そう、つまり、あの最低男が悪いのだ。ラスタはそう思った。

 心の中で何かが煮えてしまっていたが、顔には出さず、何食わぬ顔でラスタは温くなったスープを飲み終え、シャキシャキとしたサラダを摘む様に食んだ。

「ねぇ、話は変わるけれど。ウィスちゃん、この頃、童話の方の出来はどうなの?」

 クラーウィスの気持ちの矛先を変えようと義母が話を振ると、彼女はぴょんと飛ぶようにしてソレに喰いついた。

「それがイマイチなのっ。ドキハラの男女ともに楽しめる感じに仕上げたいのだけど、難しいのよっ。ヴィーねーさま、何かなぁい?」

「そ、そう……ドキハラ、ね」

「どうした? ヴィー?」

 急な話の転換に対してラスタの目が泳ぐのに、何気なく声をかけてくるデュセーリオ。こくりとサラダを飲み込んで、極力静かに答える。

「いえ……」

 クラーウィスはもう一生独身を宣言して久しい。ハイエルフの血を直系で受けているので、彼女がハイエルフを輩出する可能性は皆無ではない。

 だが希少種ハイエルフの存続については両親がハイエルフ、生粋の直系であるデュセーリオやラスタの仕事だと彼女は思っているようだ。

 不老とは言え、行方知れずを合わせても、一ダース程度しかいないハイエルフ、長生故に繁殖力が低いときている。言葉はないがそろそろ考えないといけないのか……

 父王が奔放故、そして多数を愛せる様子を見て育ったのだが、だからこそラスタはあんなに深い愛情を多数にかけるなど無理だと思っている。

 出来れば最初に恋をしたイル様と……でもそれも実らず素敵な憧れのまま……そうしているうちにもう3000歳を過ぎ、浮いた話もない。血の為の政略婚をするべきだろう……そこに、ドキハラなんて……皆無だ。

 別にそんなモノはいらないけれど、誰かと肌を重ねるなんてそんな経験ほとんどしていないのに、今更誰かと……



『……ヤりたいのか?』



「そんなわけぇっ!」

 耳元で最低男の低い幻聴こえが聞こえて、反射で立ち上がって言い返そうとしてっ…………………………ちがっ……っとラスタは焦った。

「ヴィー???」

 突然上げたラスタの声に驚いたデュセーリオの目が、信じられないほど開いている。彼女は……こほん、と小さく咳をして裏返りかけた喉を整え、

「急ぎの用事を思い出しました。お先に失礼いたします」

 綺麗な所作でナイフとフォークを一瞬で寄せて、何事もなかったかのように頭を下げて楚々と食堂を後にする。

「な、なにか……ヴィーの気に障る事を言っただろうか……」

 見た目も中身も冷徹な男デュセーリオだが、家族、特に妹のラスタにとことん弱い。世に言うシスコンである。妹の急な態度によろりとするのを見ながら、さて、どうしたのかねぇ~? っと、にこやかに見送る父王だった。

お読みいただき感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。


今週は平日:月~金:朝の更新にしたいと思います。

来週は:火~金:を予定しております。

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