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【本編完結】『元五歳で魔法使いにはなれなくなった男だが、ヒヨコはまだ健在か?』  作者: 桜月りま
本編

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7番目の記憶

 まさか少年の体が急に八つ裂きになり、その向こうから押さえつけられるとは思わなかった。そんな俺は森の中の広場になったような場所で、巨樹の幹に磔になっていた。

 女に抱き付かれた形で、と言うと、何かイイコトでもされそうな雰囲気だが。全く違う。その女は、俺の目の前に居た一人の少年を素手で引き裂いて、それを目隠しにして俺の自由を奪った。顔は半分布で隠しているが、それでも確かに綺麗な顔と判断できるくらいの器量だった。

 だが片腕は俺の腰からぐるりと太い幹を巻いて、なんと二周していた。もう一方はべたりと腕の形状もなくなって俺の腕を樹に張り付けている。下半身も同じようにべっとりとトリモチにとられたこのように身動きが取れない。

「人間じゃない?」

「失礼ですね。私は生まれた時から四肢が欠損していたのを、所長様に『治して』いただいたのです」

 治すと言うより、弄られたと言った方が正しいのではないかと思う。首から下が軟体動物のようなその体でも、意志さえあれば人間だと言うならそれは個人の自由。だが、ここまでできるなら逆にこんな形状にならない『人間』に寄せる事だってできるだろうに。

 俺は手にしていた赤刀をとりあえず消す。触られたくなかったから。これは神から与えられし刀、俺だけの特権。

「この小ささでこの森を謳歌すル、それも魔法使いの原石とはまた……いイ」

 そうやって近寄って来た男も顔の下半分隠していた。その周りには小さなライトが無数に飛び交う。夜目は利かない所、そして積極的に戦っていなかった事を含めると、戦う方向には特化していないのだろう。

 何より気になるのが、この顔、どこかで見憶えがあったことだ。

「神官長……」

 そうだ、神殿で喋りかけてきた品の良い男性。真っ黒い何かを纏っていた……あの時は任意で見てしまったが、今、視界を切りかえれば同じ色の塊を見られるだろう。

「兄を知っていル……生まれながらの奴隷ガ?」

 彼は首を傾げる。いくつかの光が俺の顔に寄ってきて目に入って眩しい。とりあえず目を眇め、それでも眩しい程寄せてくるので、片目は完全に閉じ、残した右目の細い視界で男を見る。

「『隻腕』の儀式には来ようとしたという事カ……」

 その男は俺の顔をグッと引っ張ると、値踏みする目で眺めた。

「五歳前と聞いたガ。泣きもせヌ、肝の座りが子供ではないナ……腕は自分で落としたカ」

 答える義理はない。黙す。

「私は聖国魔法研究神殿の所長ダ。警備隊長から奴隷が一人見つからぬと報告を受けタ。その保護者の腕が立つのではと言っていたガ、本人だとハ」

 ああ、もう嫌な予感しかしない。このまま捕まって、こいつにバラバラにされる。こういうマッド系には他の人生でも何度かお世話になっている。なりたくないが、何故か標的になりやすいのは何なのだろう。手が動くなら頭を抱えたいと思いながら、とりあえず尋ねてみる。

「何で、一人の奴隷に固執する?」

「たった一ツ、例外を許せば綻びが生ずル」

「経験則か? 違うな……それは表向きだな」

 何か他に理由がある? 俺が首を傾げると男の眉が寄る。その表情が神殿で見たあの男と重複する。神官長を兄と呼んでいたから弟なのか。

「……お前はかしこイ。奴隷でその年とは思えン……だから選ばせてやろゥ」

 彼の手がすぅっと俺の左手に伸び、その手の甲、そして手首を撫でる。その手つきが夜に取らされた客のソレと同じイヤらしさを感じ、ゾッとする。

「ココに神印を押すカ、それとも黒墨を入れるカ」

 こいつらの……神殿の、ひいては国の胸三寸で、俺を犯罪奴隷にも、国民にもできるという事だ。

 これは……隻腕の儀式を行い、生き残ったとて、右手に黒墨を捺して喉でも焼けば、簡単に物言わぬ犯罪奴隷が出来上がる。そんな世の中の構図が見えて、あの時逃げ出したのは正解だったと思う。

「簡単な答えだろゥ?」

 どうして神印や黒墨を捺したがるのか、少しわかった。先ほどのこいつらの会話からわかるのは、黒墨には何らかの追跡機能があるという事だ。切断の上、ドリーシャが食べたので、俺の足取りはしばし途絶えていたと見える。

 この森に入るだけなら切った意味などなかった、やったモノは仕方ないなどと開き直っては見たモノの、やっぱり本当に俺はただの馬鹿かと思った。だが少しは時間稼ぎになっていたようである。

 しかし俺一人どれいに、追っ手の存在は考えていなかったし、倒した獣を全部埋めるとか、湖に捨てるとか、痕跡を処理する暇も手間もこの森にはない。

 そして裂かれた少年には奴隷の黒墨、俺を押さえている軟体女には神印があるが、俺の目には彼らの体の中の『何か』がそれによって抑制されているのが見えた。目の前の男にも神印はあるが、それがない。

 彼らの印はすべて同じではないという事。支配する者される者、その構図は避けられるモノではないが、この聖国はかなり強制的過ぎる。

「俺はどっちだ?」

「どちら、とハ?」

「支配する側、される側」

「……ほゥ」

 顔を掴んでいた手の圧力が上がり、その爪が食い込んで頬を傷つける。だらり……水分が垂れる感触。手が離れたので顔を背けると、幹に手を付いて顔の傷口をべロリと舐め上げられる。

「っっ……」

 もう、気持ち悪くて吐きそうになる。でれっと粘液質な唾液を拭き上げたくてたまらない。眩しすぎて睨む事も出来ないし、少しでもと首を反らす。嫌がる顔が面白いのか、男の脂下がった顔が更に歪む。

「濃く青い血が入っているナ。……落胤とでもいうカ、おもしろイ」

「……知りたくもない父親ゲス情報出てきてないか」

「くはッはッはッ……とりあえず支配される側だガ、お前ならこっちに来る事も出来よゥ」

 俺をそのまま女の体に癒着させ、運ぶよう男が命じ。女がそれに従おうと、俺の体を自分の粘液体に巻き込みつつ、樹からは剥がしていく。

 彼女は丁寧に俺の四肢を巻き込みつつ、樹から離れた。俺はその瞬間、叫ぶ。

「俺は……どちらも選ばん!」

 いつもドリーシャが俺から引っ張り出す『何か』を、全身から粘液女に大量に送り込んだ。

「燃えろっ」

「ぎ……ゃあああああああああああぁっ!」

 それはあからさまに燃える。

「この齢で劫火を……操るのかッ!」

 俺はこの森で喰う為に肉を焼いた。焼肉だ、今までにない豪勢な食事を満喫する為に、肉を刀で切る瞬間にとても『上手』に焼く様に腐心した。何故なら焼き払う為の赤刀の火力はすぐ上がって、肉が消し炭になってしまうから。

 何度それに泣いたか……

 その過程でモノをただ炭化させる発火なら、手で触るだけで刀を使わずとも出来るようになってしまった。ただし、そのやり方はコントロールが出来ない故、森中で攻撃用としては適さない。ただ服を含め『身に着けている物』が燃えないのが不思議だが、そう言う仕様なのだと納得するしかない。

 ちなみにドリーシャは頭に居ても燃えなかった。何故だ……

 樹から剥がされてから燃やしたのは、情報を絞り出す時間と、何より森への延焼を防ぐためである。

 俺は手の拘束が緩んだ隙に刀を具現化し、まだ身体に巻き付こうとする女を振り払う様に振り回す。火を追加した刀で胴を切り離した女はよろよろと倒れる。

『来い、ドリーシャ! 『呼んで』くれっ』

「くるっーくるーくるーーーーーー」

 俺は彼女の名を心の中で呼ぶ。ばさりと現れた白い鳩は、俺らの頭上を鳴きながら旋回し始める。

「何だッ」

 所長が炎から後ずさり、森の闇にキラキラと紫の光が無数に灯るのを見て叫ぶ。それに呼応するかのように、森から断末魔が響く。

「うあああああぁーーーー」

「戦え、行かせるなっ」

「ぎゃっ」

「助けてくれぇ~何でだ、時間が違っ……ぐわっ」

 三人で来るにはこの森は危険すぎる。

 二人が戦闘に特化していようと、その一人を壁に使い、一人は戦いに向いてないときた。絶対にいるだろうと思った伏兵が走り出て来て、その後ろに紫の目をした黒い生き物が飛び跳ねる。

「黒ウサギども。少し早いが今夜の三時のおやつはーーーーこいつらだ……」

 三時に跳ねるこいつらが、どうして時間でもないのに襲ってくるかと言えば、ドリーシャに発生させている声だ。普通に聞こえるかもしれないが、あの中に混じっている周波の音がウサギを狂わせる。普段は何故か三時、十二時間おきに鳴るのだが。それを再現させた。

 これはピョだ、くるっくだ、九官鳥やモズの様に鳴きマネをする彼女ならイロイロ出来ないか。色々試していた時に出来た事を頼んだ結果だ。

 この音、俺には耳にクる。死神が鎌振り上げている感じのヤバい音。下手に耳に入れればその鎌が降ろされて、心臓がイカれてしまいそうな不快音。

『ドリーシャ、切り替えて飛礫で援護を!』

『るっく!』

 何にしても所長以下全員、殺さないと……奴隷一匹でも逃さんと言っているが、この森に追ってきてまでと言う気概がある奴が山と居るとは思えない。

 ただ一気にやらねば、復讐しようとか言う奴が出かねない。ウサギを切りつつ、まだ立って応戦している人間を片端から切り捨てて行く。

「しょ、所長さ、まぁ……」

 目の端で捕らえた粘液状態の女は俺の炎で半分ほど沸騰して、もう上手く人間の形を取れないようだった。ウサギにいいように齧られている。

 生まれた時からの四肢欠損と言っていたから、人間扱いされていない所を、上手い所持って行かれたのだろう。幼子のように、情事の後に相手へ縋るように、どこか信頼を帯びた手をのばすのに、所長は彼女の腕を払い除ける。

「スライムとのかけ合わせはやはり火に弱ィ。しかし金をかけてやったの二、全く役に立たン」

「しょ……ちょお………………ぐはっ」

 女の隣に先ほど裂かれて死んだはずの少年が立っており、その手の小刀でその胸を刺していた。

「これ以上さ、苦しまなくていいよ、おばさん」

「おお、クラーケンの掛け合わせは再生力が違うナ」

 どうも壁になって裂けた程度? では、死なないらしい。彼らの関係性はわからない、だが仲間割れは歓迎だ。どうせ俺も殺すつもりの奴ら。どうだっていいが……

「このウサギをどうにかしロ」

 そして俺を捕まえて、森を出る、そう言い放った所長の胸に少年の小刀は吸い込まれていた。

「お、まえ……裏切ッ……」

「こんな森の中で何があったのかなんて、誰もわかんないってさぁ」

「恩人二ッ……」

「誰が? 恩人だってさぁ。笑っちゃうよねぇ……僕を地上に連れて行って刻んだくせにさぁ」

 倒れた所長はその血をウサギに飲まれ、だがすぐには死んでいなかったのか、叫び声を上げながら喰いつくされる。

 ウサギは人間の間を狂ったように跳び、倒れた者を喰らっていく。彼らは所長が倒れた事により、統率力を失った。俺を倒すことより、ウサギを避けて撤退を狙ったが、俺はソレを許さない。

「う、裏切り者っ」

「どうして」

「どうしてか? だってさ? 僕はこの国が嫌いなんだよ」

 更に何故か、所長を倒した少年が、俺と共に他の者を倒し始めたのだ。彼はウサギの毒が多少では効かないらしく、他の者が苦しむ中、どんどんとそれを倒していく。

 いつもドリーシャにはウサギの無差別攻撃をさせているが、本日は俺の個別援護。それを受けている為、被弾が少なく、毒も痛みも慣れつつあったおかげで支障なく、攻撃を放つ。

 結果、いつしか人間の形は俺と少年だけになる。そしてウサギも居なくなり、そこは……二人と一匹だけになる。

 俺はドリーシャに離れておく様に伝え、その少年を油断せずに見やる。

「へ~本当に強いんだぁ~でも聞こえるの? あの声?」

 鳥に『呼ばせた』の、君だよねぇと続ける。赤い刀を構えつつも、こくりと頷いて肯定すれば少年は笑った。

「あの声さぁ、何だったかはわかる?」

「いや……」

「アレは僕の母さんの声さぁ。定時連絡なんだ」

 死んだ所長が女はスライムの、少年はクラーケンの掛け合わせと言った。そしてどうやら女は人間寄りの思考だったが、少年はクラーケン寄りの思考のようだ。

 そして母親に愛されている。望んで奴隷になったわけではないのはわかった。まぁ望む者などいやしないだろうが、なった理由は彼自身が何かしたからではないと思う。

 そういえばクラーケンはタコとかイカの海に住む怪物の名だったと思う。ここでどっちか聞いたら怒られそうなので黙っておく。

「なんかとっても失礼なこと考えているようだけどさぁ。まぁいいよ。おかげで逃げ出す機会になったけどさぁ」

 休戦して? っという彼に、一応譲歩する。

「ねぇ……」

 見て、と言うと、彼は右腕を切り落とす。何かの再現のようで見ている俺が痛い。だが彼はその傷からは白い液体が出て、にょっきり手が再生する。だが、その手には奴隷の黒墨がまたはっきり捺印されている。

「この魔法、体に浸透しているみたいで腕の再生時間内に消す様に干渉出来ないんだ。けど君が潰した目、再生に凄く時間がかかったしさぁ」

 目を抉った事、許してあげるからと言いながら、

「だから僕の手、その赤刀で切ってよ」

「何故、俺が……」

 奴隷の事をバカにしていた割に、彼も奴隷だし、イロイロ、いやかなりの矛盾屋だが、利があれば組むタイプのようだ。

 とりあえず俺は毒気の強いこの場所から移動するのを提案する。すると大人しくついて来る、赤茶とも赤紫ともつかない色の髪を揺らす少年を見ながら話を聞く。

「腕の再生と黒墨再構成の速度は同時なんだ。君の赤刀で切ると腕の再生がたぶん遅い。そうすれば再生する腕に、黒墨が再構成しないように阻害できる時間が稼げるはず」

 彼もこの国の奴隷から逃げ出したい、そうすれば追われるという事は俺と同じだった。

「奴隷を逃がそうとしない聖国にとって、二人も一度に逃がすのは業腹だと思うしさぁ。僕達が相打ち? とか考えてくれるかもだし。だいたい反応なくなった黒墨を追うのは所長ぐらいだと思うしさぁ………………」

 目的は同じか……まぁ、ラスタへ続く道を阻害しない限りどうでもイイ。

「わかった……手を出せ」

「わ、容赦なっ!」

 ゆるっと出した瞬間、間髪置かずにスパッと切ってやる。やっぱやめたとか、ごねられるのは面倒だ。再生するのを目の当たりにしているし、痛みも人間ほどはなさそう……

「いたったたたたたっ……めっちゃ痛い、痛いし、再生おっそっ、おっそぉーーーーーーっ」

「静かにしろ。魔獣が来る」

「くぅ……そぉーー君ッ、所長よりさぁーー辛辣じゃん」

 声を押さえながらも、彼はごろごろ辺りをのたうち回る。毒の気配のない場所まで引っ張ってきてよかったかもしれない。

 痛みを堪えて黒墨が入らぬよう努力をしている隣で、彼が落とした手と、俺が切り落とした手を焼いて淡々と潰す。彼にそうしろと言われたのだ。

「さっきさぁ、目を潰したのを再生するのもめっちゃ痛かったんだからなぁっ」

 言われた通りやっているのに小声で恨み事を言われる。どうやら女に裂かれたのより数倍は痛かったらしい。アレの方が致死攻撃だったと思うのに、解せない。

「ねぇ、僕の『仕事』って何だったと思う?」

「さぁ? 脱走者を捜索するとか?」

「それもあるけどさぁ……興味無さそうだね……」

 彼は痛みを堪えているのもあるだろうが、苦しかった今までの時間を振り返るように言う。

「奴隷が死んだら集められるだろ? あれのさぁ右手首だけ集めてたんだぁ……」

 どこかに持って行くかは知らないらしい。そしてごく稀に……俺の様に見つからない奴隷の代わりの手首を『生産』させられていたと続ける。

 何の為に……そう思うが、今この場にその答えはない。

 彼はしばし時間をかけ、その手は黒墨のない綺麗な手に変わった。再生は彼の種族特性だろうとは言え、羨ましいことだ。だが、これを彼が何度もさせられていた事実が何とも重かった。再生するとはいえ、彼が腕を軽く切って見せた慣れが、その話を嘘ではないと思わせた。

「……俺、本当に奴隷じゃなくなったっ」

 彼は嬉しそうに、そして無邪気に言う。

「まだだ。この国から逃げないと意味はない」

 また捕まって捺されれば元の木阿弥だ。いや、奴隷どころか犯罪者になる。だが彼は笑う。その声に俺は自分の聴覚を絞った。

「それは大丈夫。今日こそ迎えを呼ぶんだ!」

 彼の声に高周波が混じり、うさぎを呼ぶあの声と同種のものが辺りに響く。それに呼応するかのようにいつもうさぎが狂い出す直前の声がする。それも今日は、特大の音だ。

 再び辺りに紫の眼光が集まり出す。

「もう三時だったか?」

 いや、この少年と母親の『通信』が行われて、うさぎが呼ばれただけで、時間は違うようだ。しかしこのウサギ、多すぎる……またか、うんざりしながら赤刀を構えざるを得ない。こいつ助けるんじゃなかった、そう思っていると彼は笑いながら尋ねてくる。

「君は今からどうするの?」

「このウサギどもを倒して……それから西の山を越えて、他国を目指す」

「まぁ、そう言う考えだよねぇ」

 わかっているなら聞くな、そう思う。

「でも難しいと思うよ? 人間が言う所の『魔獣』の僕が言うのもどうかと思うけどさぁ? この森の魔獣の強さの比じゃないよ? あの山」

 俺は正確に獣と魔獣の区別はつかないが、獣より魔獣の方が強く、西の山は魔獣の宝庫で、思うよりきっと強いのだと感じられた。

「……仕方ない」

「本当に五歳? ねぇ、君。目的があるの? この西の山を越えて、他国の国民になるだけならさぁ、僕の国に来ない?」

 何を言われているかわからず目を瞬かせる。クラーケン……水中の生き物だ。

「いや、水の中は無理、だろ?」

「竜宮国。ちゃんと人間だって住んでるよ? 君は……恩人だ」

「じゃぁ……エルフは居るか? ハイエルフとか?」

 彼がてらっとした目を瞬かせ、ケタケタと笑った。

「僕が居た頃にエルフはいなかったなぁ。だいたいエルフはエルフの森にいて、閉鎖的な種族だって聞いたよ。国交がないわけじゃないはずだけど。ただハイエルフなんて……そんな伝説的な生物、もう絶滅したんじゃない? 通常のエルフなら僕が居た施設に五、六人、は……年に何人か補充されていたけど、少ないよ?」

「施設?」

「魔法研究神殿、あいつが所長してたトコ」

 不老だったり、魔法だったり、エルフ自体はそうでない個体ばかりだけど。とても研究し甲斐がある素体って聞いたよ? 美しいから飾れるしって……そう彼が言った時、空からふわふわと、手の平くらいの球体が降ってくる。

「クラゲ……」

 暗い森の中、空からふわり、ふぅわりと、緩く輝くクラゲが降ってくる。伸びたり縮んだり、海でもない森の空気に降ってくる、とても幻想的な風景。俺はこの世界の普通を知らないが、クラゲはそうそう空から降らないと思う。

「ねぇ、本当に一緒に来ない?」

「遠慮する。俺はエルフの森? に、行きたい」

「ふぅん。じゃ、いつか遊びに来て」

 そう言って切って再生した手で抱き付いて来ると、俺の頭をロックして首すじにおもむろに噛みつき、ちゅぅと吸われた。吸血するのかクラーケン、ゾッとして体を捻り彼から離れる。

「ぇぁ! きゅぅ、に、何をっ……」

「味、憶えたから。それもキミ……獣人?」

「ぃいや、人間だ」

「ふーん。触って気付いたけど頭のソレ……まぁいいさ。とにかく、この国を出よう」

 どこか、別の国の浜辺に送ってあげるよ、そう彼が言った時、ザバンっと、水壁が彼の後ろに現れたのが見えた。そう、森の中に唐突に現れた海の波。それも小波ではない、森を包まんとするほどの巨大波。

「津波!」

 いつぞや『テレビ』で見たような光景に目を見開き、チラついた白い影に俺は叫ぶ。

「逃げろっ! どりーしゃっ!」

 聴覚を壊すような轟音と共に。

 森の中で光るクラゲと、紫の目の黒ウサギが入り混じった、なんとも想像しにくい大波に撃たれるように飲み込まれ、意識が途切れた。

お読み頂き感謝です。

ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです。

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