高鳴る鼓動
ふぅと大きく息を吐きだした刹那、シーンと静まり返った部屋にノックの音が響く。
私は布団をマントのように巻き付けると、高鳴る心臓を必死に抑え込んだ。
ゆっくりと扉が開くとお風呂上りなのだろう、濡れ髪の彼がそこにいた。
手には湯気がたった二つのコップ。
「お嬢様、今日はバルコニーには行かれなかったようですね。お嬢様?……頭から布団をかぶってどうされたのですか?寒いのですか?」
心配そうな表情を浮かべる彼。
私は違うと首を横へ振ると、布団をもったままベッドから立ち上がる。
恥ずかしがっていてはダメだわ、ここは一気に行かなきゃ。
ケルがカップをテーブルへ置いたのを確認すると、私は布団を床へと落とし、勢いそのままに彼へ抱き着いた。
「ケッ、ケル、あのっ、私をもらってくだしゃいッッ」
一番重要なところで噛んでしまったわ……。
高まる熱と羞恥心に顔を上げられない。
ケルはどんな表情をしているのかしら……。
シンディから教えてもらったこの下着。
肌が透けるセクシーな下着を見せて、彼を誘惑するというもの。
見たことももちろん袖を通したこともないような派手な下着にどうしようかと悩んだが、結局受け取ってしまった。
だけど教えてもらったのはここまで。
動かないケルの様子に、爆発しそうな心臓の音が、頭の中をぐるぐると回る。
ここからどうすればいいの!?
ギュッと彼にしがみついていると、ふと彼の手が肩へ触れ、シンディのもらった下着の紐がずれる。
濡れた髪から滴り落ちた雫が肩へかかると、ビクッと体が跳ねた。
私のその様に彼は深く息を吐きだすと、手をひっこめ私の体をゆっくりと引きはがす。
ダメだったのかしら……。
恐る恐る見上げると、ダークブルーの瞳と視線が絡んだ。
「ケル……その……これは……」
「チャーリー、どういう意味かわかっていてやってらっしゃるのですか?」
お嬢様ではない愛称で呼ばれ内心狼狽する。
ここへ来てからというもの、彼は私をお嬢様と呼んでいた。
執事という立場を崩さない姿勢が、初めて崩れたのだ。
何だか胸の奥から熱い気持ちが込み上げると、私はコクリと深く頷く。
ケルは眉を寄せまた深く息を吐きだすと、スッと腰を下ろし私を軽々抱き上げた。
そのままベッドへ向かうと、シーツの上に優しく下される。
窓から差し込む月明りに照らされる彼の姿はいつもとは違う。
酷く官能的で知らない人のよう。
今まで見たことのない熱情を帯びた表情。
その様に見惚れていると、彼の顔がゆっくりと近づき唇が重なった。
何が起こったのか驚いていると、唇の隙間から彼の舌が入り私の舌を絡めとる。
触れるだけではない深い口づけ。
初めての感覚に思わず体がこわばった。
クチュっ絡む唾液の音に体を震わせると、ゆっくりと唇が離れる。
下着が捲られ素肌に彼の冷たい手が触れると、恐怖と期待に思わず目を閉じた。
「……私が留守の間に、一体何があったのですか?」
肌に触れた手が止まりおもむろに離れると、私はそっと目を開く。
「ケル……えーと、その……」
「私がいない時間を見計らって、シンシア様が来られたのですかね?これは彼女の仕業ですか?」
ケルは捲り上げた下着を元に戻すと、ベッドから降り床に落ちた布団を拾い上げ私の体へとかけた。
「ケルッ、ちっ、違うわ、いえ、違わないけれど……決めたのは私なの。やっぱり似合わないですわよね……、その……不快な思いをさせてごめんなさい」
誘惑するはずだったのに……怒らせてしまったわ……。
掛けられた毛布をギュッと握りしめると、彼から目を逸らせる。
「チャーリー、それは違いますよ」
彼はそっと私の手を取ると、自分の胸に押し当てた。
「愛する女性のそんな姿を見せつけられて、何も思わない男はいないでしょう。本当はいますぐにでも押し倒したいところですが……」
手から伝わる鼓動は私に負けないくらい早くて大きい。
ケルも私と同じ……?
「あの、ケルが望むのなら私は……ッッ」
言葉を続けようとすると、彼の人差し指が唇へ触れた。
「それ以上言わないでください。必死に理性を保っているんですから……」
ケルは目を閉じると、ぶつぶつと何か呟く。
(ダメだ……落ち着け……123456789……)
私は首を傾げながら彼を見上げると、ダークブルーの瞳がゆっくりと開いた。
「ケル……?」
「シンシア様に言われたのはわかりましたが……どうしてこうなったのかお話してくれますか?」
ケルはいつもと同じ優しい笑みを浮かべると、ベッド脇へと腰かけた。




