新たな一面
色々とあったけれど無事に王子との婚約破棄が成立し、そしてケルと婚約することが出来た。
両親は当初婚約破棄には猛反対だったのだが、ケルが婚約者になるとわかるとあっさり認めてくれた。
どれだけ彼が信用されているのかよくわかる。
生活は以前と変わらず、御婆様と御爺様のお屋敷でケルと二人で暮らしている。
王都へ戻るとの話も上がったが、王子やシンシアの事を考えると今すぐに戻らない方がいいと判断したのだ。
もちろん結婚すれば王都へ戻ることになるけれど……。
ケルの仕事もあるし、私も社交界での役割で忙しくなるわ。
だからこそ二人だけのこの生活を十分に楽しみたい。
朝日が辺りを照らし始めるころ、私は庭へ出るとせっせと土いじりを始める。
最初はなかなか上手くいかなかったけれど、最近ようやくガーデンらしくなってきた。
額に流れる汗をふき取ると、後ろから足音が聞こえた。
「お嬢様朝食の準備が出来ましたよ」
ケルがタオルを持ってやってくると、顔についた土を拭う。
「ぅぅん、おはようケル。ねぇもう執事じゃないでしょ。何度も言うけれど私の世話はいいのよ」
「そうですが、純粋にお嬢様のお世話をするのが好きなのですよ」
ケルは私の手を引くと、テラスへといざなって行く。
そのまま私を椅子へ腰かけさせると、ナプキンを用意し慣れた手つきでポットを持ち上げ紅茶を注いだ。
婚約者となったはずだけれど、基本的に何も変わっていない。
身の回りの世話は必要ないと言っても、今のように流されてしまう。
なるべく自分でできる事はやっているつもりだけれど……。
紅茶が注がれる音に視線を上げると、見慣れた燕尾服だが洗礼された彼の姿に胸が高鳴る。
ぼうっと彼に見惚れていると、ケルと視線が絡んだ。
「どうかされましたか?」
ニコッと笑みを浮かべるケルに、私は慌てて目を逸らせる。
好きだと自覚してからというもの、新しい発見ばかり。
感情というものがこれほどコントロールできないものだとは思っていなかった。
目が合うだけで何とも言えない恥ずかしいようなそんな気持ちが込み上げる。
こんなことで本当に彼と結婚できるのかしら……?
朝食を済ませまた庭へ出ると、叢からガサガサと音が聞こえた。
何かしら?と近づいてみると、ケルがすかさず止めに入る。
「お嬢様、お待ちください。むやみやたらに近づかないように」
ケルの声に振り返った刹那、叢から何かが飛び出した。
驚き後ずさると、胸のあたりに小さな衝撃が走る。
何かと目を向けると、そこには白い子犬がしがみついていた。
可愛いッッ。
思わず抱きしめると、子犬は驚いた様子でこちらを見上げた。
クリクリと丸く大きな瞳。
ふわふわの白い毛に耳がピクピクと動いている。
「お嬢様ッッ」
「ケル大丈夫よ、子犬だわ。ほら可愛いでしょ?」
私は子犬を抱き上げ見せると、彼は少し後ずさった。
珍しいその様に私は首を傾げる。
「ケル、どうしたの?」
「いえ……犬は苦手でして……」
驚き目を丸くすると、子犬をみつめる。
ケルにも苦手なものがあるのね、意外だわ。
ギュッと子犬を抱きしめると、嬉しそうに尻尾が揺れる。
顔を近づけると、ペロッと唇を舐めた。
「おっ、お嬢様!?」
大きな声を出したケルに、子犬は小さく体を跳ねさせると、く~んと鳴いた。
「ケルダメよ。この子がびっくりしているわ」
子犬の頭を撫で宥めていると、ケルはじりじりと後ずさりながら難しい顔で子犬を見つめている。
その様に何を思ったのか……子犬はバッと私の腕から飛び降りると、ケルへ向かって走った。
「あらっ?」
「ちょっッッ、うわッ」
子犬はケルの胸に飛びつくと、そのまま尻もちをついた。
尻尾をぶんぶん振りながらケルの顔を舐める子犬。
あたあたと狼狽するケルの姿に笑いが込み上げる。
こんな彼を初めて見たわ、可愛い。
こんなに笑ったのは始めたかもしれない。
新しい発見、新鮮な彼の姿に今まで以上に近くなった気がした。




