気づいた想い
ケルヴィンはそんな私の様子にしゃがみ込むと、視線を合わせるように跪いた。
「あの……ケル。もう一つシンシアから言われた言葉があるの。自分の気持ちに向き合えって……。それでね、ケルのことを考えたわ。あなたに初めて出会ったあの日、もう一度会いたいとそう思ったの。数えきれないほどの夜会へ出席したけれど、あんな気持ち初めてだった。でもどうしてそう思ったのか、その答えが今もわからない」
そこで言葉を切ると、夜空のような瞳に私の姿が映り込む。
あの時と同じ、その瞳から視線を逸らせない。
「私にとってケルはとても大切な存在で……ここまでついてきてくれる、と言ってくれたあの時、本当はとても嬉しかった。だけど恋人であるケイトお姉様からケルを離してしまうと考えると、素直に喜べなかったわ。どちらも大切な人で、本当であれば……ケルを巻き込むわけにはいかない。だから嬉しいなんて思うはずなんてないのに……だけど私は……ケイトお姉様のことよりも、あなたが傍に居てほしいと強く願ってしまった」
キャサリンの事を考えると、胸がギュッと痛くなる。
恋人同士ではないと知った今でも、この痛みはかわらない、だけどその答えもわからない。
私は痛みに耐えるように深く息を吸い込むと、ケルヴィンは慌てた様子で私の肩を掴み、大きく目を見開いた。
「ちょっ、ちょっと待ってください。その話……誰と誰が恋人ですか?ありえません」
「えぇわかっているわ……今は違うのよね?シンシアに聞いたの。だけど……学生時代二人はお付き合いをされていたのでしょう?あなたがケイトお姉様と話す姿はとても自然で……入り込めない特別な空気がありますもの……。どういった経緯で別れたのかはわかりませんが、今も大切な方なのでしょう?」
聞きたかったこと、けれど聞きたくなかった事。
だけど思い切ってそう問いかけると、ケルヴィンは強く否定した。
「ありえません、ありえない、根も葉もない噂です。彼女とはただの腐れ縁。女性として見たことなんて一度たりともありない。それは彼女も同じですよ。もちろん学生時代も、恋人ではありませんでした。只の幼馴染というだけで、周りが勝手に噂していただけです」
ケルヴィンの言葉に痛みがスッと引いていく。
真剣な眼差しで私を見つめる姿に、胸の奥に熱い気持ちが込み上げた。
「そう……なのね。それを聞いて何だか嬉しいと思ってしまう。ねぇケル、あなたが執事となってここへ来て、色々あって、たくさん迷惑もかけたわ。あなたは大人で余裕もあって……居心地の良い空間を作ってくれる。そんなあなたが私の傍を離れていく、そう考えると、胸が壊れそうなほどに痛むの。ねぇこの感情の答えを知ってるかしら?」
そう素直に問いかけてみると、ケルは薄っすらと頬を赤く染め、驚いた様子で目を丸くした。
「はぁ……不意打ちですね。こうも素直になられると……はぁ……ッッ。お嬢様の突拍子もない言葉には慣れていたはずだったのですが……。ふぅ、出来ればその答えはお嬢様自身で見つけて頂きたいが……」
彼は顔を隠すようにおでこに手を当てると、深く息を吸い込みながら天を仰いだ。
「あぁ、ごめんなさい。出来ればそうしたいのだけれど……。ここ数日ずっと考えていてもわからないの。シンディがどうしてわからないのなら、ケルにアドバイスをと教えてもらってね……。わかったのなら教えてほしい。ずっと答えが出なくて……モヤモヤが晴れないの。それにこの答えに気が付けば、何かが変わりそうな気がするの」
強請るように目線を上げると、夜空のような深いネイヴィーの瞳が私を射抜く。
「どうしても知りたいのですか?」
「えぇ、知りたいわ」
「……わかりました。ですがその前に私の考えている答えが自惚れではないと……確認させて頂けませんか?」
自惚れ?
彼の言葉に首を傾げる中、おもむろに頷いて見せると、彼の顔が次第に近づいてくる。
息がかかりそうな距離に胸が激しく波打つと、彼は囁くように呟いた。
「では目を閉じてください」
彼の言う通り、そっと目を閉じると、唇に柔らかいものが触れた。




