思わぬ来客
廊下を進んで行くと、ふと甘いお菓子の香りが鼻孔擽った。
匂いをたどるように進んで行くと、少し開いている扉の向こう側にケルヴィンの姿。
窓が大きく開き、カーテンがユラユラと揺れている。
吹き込む心地よい風が、頬を掠めていくと、髪がフワッと舞った。
先日購入した真っ白なテーブルに太陽の光が差し込んでいる。
レースのついたテーブルクロスの上には、アフタヌーンティーが用意されていた。
扉を開き、そっと部屋の中へ入ると、窓の向こう側には、芽吹いた緑が様が目に映る。
ケルヴィンは私の姿に気が付くと、そっとソーサーを置き、こちらへ顔を向けた。
「お嬢様、丁度いいタイミングですね。今お呼びしよう思っておりました。昨日は色々とありお疲れでしょう。本日はお茶でも楽しんでゆっくり致しましょう。この街名産のお茶を仕入れてきましたよ」
こちらへ笑いかける彼の姿に、胸が大きく高鳴った。
どうしたのかしら……何だかケルの周りがキラキラしているような……これは……外の光が反射しているのかしら……?
私は胸を抑えると、思わず視線を逸らせ立ち止まる。
すると外から、よく響く声が耳にとどいた。
「シャーロット嬢はおられるか?」
突然の声に顔を向けると、窓の向こう側になぜかナヴィーンの姿。
「ナッ、ナヴィーン様が、どうして……?」
その姿に窓へ近づくと、彼はこちらへ気が付いたようで軽く手を振った。
庭を軽やかにかけ抜け私の前へやってくると、こちらへ手を差し出す。
「婚約破棄されたと聞き迎えに来た、あの時の返事をまだ聞いていなかっただろう?」
あの時の返事……もしかして……?
(王妃にならずこちら側にくればいい。俺といい勝負をするだろう。高みを目指せる)
彼の言葉が頭の中で再生されると、私は苦笑いを浮かべた。
「いえ、あの、その……剣は……」
「うん、どうした?君なら必ずに強くなれる。俺が教える」
ナヴィーンは優し気な瞳をみせると、私の瞳を覗き込みように首を傾げた。
彼の周りはケルのようにキラキラと輝いてはいない。
キラキラしていない、そんな事よりも、いつもなら適当に相槌をする場面。
いえ……ダメだわ、ちゃんと答えないと……。
「いえ、今はその……他の事をしたいと思っておりまして……だから……」
「他の事?いや、君には剣術の才能がある。俺の手をとれ」
グイグイと攻めてくるナヴィーン姿に、及び腰になっていると、ケルヴィンは私と彼の間へ割り込んだ。
「はぁ……ナヴィーン様、彼女は御令嬢です。本人が望んでいないのですから、お帰り下さい」
はっきりと言い放つその様に、私はグッと足に力を入れると、自分を奮い立たせる。
そう、これが私のダメなところだわ。
言いづらい言葉を飲み込み、先延ばしにしようとしてしまう……シンシアに言われたでしょう。
「ナッ、ナヴィーン様!あの、申し訳ございません。私は剣の道へ進むつもりはございませんわ。もちろん剣術は好きです。ですが今はやりたいことが沢山ございますの」
彼の瞳を真っすぐに見つめ、そして頭を下げると、彼は驚いた様子を見せた。
その姿にケルヴィンはいつの間に庭へ出たのだろうか……ナヴィーンの腕を掴むと、強引に門へと押しやり、そのまま門を固く閉める。
そんなケルヴィンを見つめていると、なんだか笑いが込み上げてくる。
こんな心地よい笑いは初めてかもしれない。
そんな事を考えながら肩を揺らし笑っていると、彼も嬉しそうに笑みを浮かべていた。
ケルヴィンが部屋へ戻り、私はそっと椅子へ腰かけると、温かいお茶が用意される。
香りを楽しみながら一口啜ると、私はそっと口を開いた。
「ねぇケル……この間シンシアと話したとき、私は相手を見ていないと怒られたの。真剣に向き合ってくれている人に適当な返しをしたり、簡単に逃げだしたり、誤魔化したり、相手の気持ちを考えることも、わかろうともしていないと……。本当にその通りだと思う、本音でぶつかった人なんていない。だから傷つけてきた人が沢山いるかもしれない、そう気づかせてもらったわ。だから、そのケル、いつもありがとう。改めて言うのは変なのかもしれないけれど、私はあなたが傍に居てくれると、幸せだと感じるわ」
そう静かに語り始めると、ケルヴィンは真剣な表情を顔を浮かべながら、こちらへと振り返った。
「……どうなさったのですか?お嬢様は今のままで宜しいのですよ。無理に変わる必要はございません。あなたにはあなたにしかない素敵ところが沢山ございます。シンシア様の言う言葉に耳を傾ける必要はありませんよ」
「いえ、そんなことないわ。シンシアの言葉があって変わりたいとそう思った。だけどナヴィーン様が来た時、つい逃げようとしてしまったわ。でもケルの姿を見て、踏みとどまれた」
私は視線を正すと、ケルヴィンの方へ向き直り、高鳴る心臓を必死に抑えると、紺色の瞳を真っすぐに見つめた。




