答えは?
シンシアとの話が終わり、私はマーティンの元へ戻ると、正直な気持ちを伝え、正式に婚約破棄を申し出た。
誤魔化しの笑みを見せないよう、想っていることをはっきり口にする。
婚約は出来ないと、私は王子を一番の友人だと思っていること。
剣術や馬術を始めた理由、そして……王妃にはなりたくない、この生活を望んでいることを――――。
彼は終始無言のまま、じっと私の話を聞いてくれた。
本音で彼に向き合ったのはこれが初めてだろう。
今までは彼の様子を窺って、いつも自分の事ばかり考えていたから……。
話が終わると、拍子抜けするほどすんなり受け入れるとそう一言話した。
そして無事に婚約破棄は成立し、二人の姿をケルヴィンと並んで見送る。
庭の花に雫が浮かび、赤色に反射していた。
その向こう側に、シンシアがまた来ると、そう明るく手を振る。
そして馬車へ乗り込もうとした刹那、シンシアは何かを思い出したかの様子でこちらへ顔を向けると、私の傍へ駆け寄り耳元で一言囁いた。
「次に来るときには、必ず王子様を射止めて来るから楽しみにしていてね」
シンシアらしい言葉に、私は笑みを浮かべると、わかったわと深く頷き返す。
真っ赤な夕日が辺りを照らす中、暁色に染まったシンシアの顔が目に焼き付いた。
私は人と距離を取ることで、様々な人を傷つけてきたのかもしれない。
それをシンシアに今日気づかせてもらった。
ここから本当の再スタート。
全てが0になった今、私がするべきことは前を向いて歩きだすことだろう。
その前に一つ解決しなければいけないことがあるわね。
馬車を見送る中、チラッと隣に立つケルヴィンへ視線を向けると、なんだかキラキラと輝いて見える。
いつも見慣れているはずの笑みに、なぜか胸が高鳴った。
この激しい動悸は何かしら……自分ではコントロールできないわ。
その時ふと、シンシアが言ってたあの言葉が頭を過る。
(お姉様もちゃんと幸せになってね……。自分の心に向き合うのよ)
心に向き合う……私自身を見つめなおさないとか……。
今感じているこの動悸の意味、ケルヴィンについて考えればいいのかしら――――。
私にとってケルヴィンは大切な存在。
執事としてずっと支え続けてくれた。
誰よりも一番近くに居てくれた。
隣にいると楽しくて、落ち着けて、彼が淹れてくれるホットミルクが大好きで。
離れてしまうと思うと悲しくて寂しい。
ケルヴィンがここまでついてきてくれて、本当は嬉しかった。
ケイトお姉様と並んでいる姿を見ると胸が痛くなる。
ケイトお姉様と恋人同士ではないと知って、ほっとした。
この感情は一体何なのだろうか。
シンシアとマーティンが去って行く姿を見て、寂しさを感じた。
だけど幸せになってほしいと、その想いの方が強い。
彼と初めて出会ったとき、迷子の子猫のような蒼い瞳を今でも覚えている。
いつも余計なことを話すまいと、聞き手に回り相槌ばかりしていた夜会で、初めて話したいと思ったのが彼だった。
夜会のバルコニーでケルヴィンと出会い、ほんの数分対話。
そんな短い時間だったけれど、私は別れ際にもう一度彼に会いたい、そう思ったの。
あんな気持ちは初めてで……。
考えれば考えるほど、動悸が激しくなり、頬に熱が高まっていった。
「お嬢様、どうかされましたか?」
その声にハッと我に返ると、私は慌てて誤魔化しの笑みを作る。
「いえ、何でもないわ。あぁ、今日の夕ご飯は何かしら?」
「本日はお嬢様の好きなキッシュにしようと思っておりました。すぐに準備を致しますね」
「私も手伝うわ」
私はケルヴィンより先に中へ戻ると、顔の火照りを急いで冷ました。
それからモヤモヤと、何とも言えない感情が胸の中でくすぶり続ける。
けれど考えても考えても答えは出ない。
庭の手入れをしていても、集中できず、夜空を見上げてもどこか上の空で……。
そんな私をケルヴィンは心配してくれるのだが……答えが出ない以上まだ話すわけにはいかない。
そうして一週間、二週間と過ぎ、答えが出ない事に苛立ち始めた。
きっとこのまま一人で考えても答えは出ないわ。
そう結論づけると、私はケルヴィンの姿を探し向かった。




