ケルヴィンの策略10 (ケルヴィン視点)
これは……困りましたね……。
僕は彼女が手紙を出す姿を離れたところで眺めながら、深く息を吐き出した。
ここへ来て約一月。
彼女の両親を安心させるため、逐一報告してはいるが、それは現状と大分違う形で伝えていた。
愛していた王子に裏切られ、ひどく憔悴し、ふさぎ込んでいる。
少しずつ回復してはいるが、今は誰にも会いたくないと、話したくないと、時間が欲しいと望んでいること。
誰も訪れないよう……今いる場所を教えたくない、そう話していると。
それに婚約破棄が嘘だという報告はすぐに受けていたが、そのことに一切触れてもいない。
きっと彼女の両親は嘘だと伝えている、と思っているだろうな。
だがあんな大衆の前で宣言したんだ、嘘だと言い張っても簡単には元に戻らないだろう。
そうなるように、僕が仕向けたのだから――――。
けれどあの手紙を見れば、憔悴していないこともだが、婚約破棄が嘘だと知らない事実もばれてしまう。
まぁ……そうならないよう手は打ちますが……。
お嬢様の彼女は知らないだろうが、この国には普通の郵便よりも、貴族にしか使えない別の便が存在する。
少し割り増しですがね……。
それを利用すれば、僕の報告書を彼女よりも早くに届けられる。
適当に取り繕えば、あの両親なら問題ないでしょう。
それより一番困るのは、あの手紙が屋敷へ届き、彼女の居場所を知ったことで、あの二人が動き出すこと。
何とか手紙を回収したいところですが、下手に手を回し彼女の両親に気づかれとき、僕の立場が危うくなる。
偽の婚約破棄で、あの温和な両親も随分怒っているだろう。
そこで僕が話していないと知れば、直接誤解を解き謝罪するため、必ずここへやってくる。
なぜなら婚約をもとに戻すにはそれしか方法がない。
時期を見て話すつもりだと報告しても、無駄でしょうね。
はぁ……もう少し二人だけの生活を堪能したかったのですがね……。
ここへ来てお嬢様は大分変わられた。
貴族社会に居た時とは違い、目が生き生きしている。
作られた笑みを浮かべることも少なく、表情が豊かになった。
そんなお嬢様の姿をお傍でずっと見ていられる幸せ。
これは僕が望んでいたものそのものだった。
彼女を好きだと、手に入れたいと、ずっと押さえつけていた想いが報われるかもしれない。
正直、お嬢様の本当の気持ちは僕にわからない。
王子を本当に好きではないのか、それとも愛したうえで彼の幸せを望んだのか。
全ては僕の想像で、お嬢様から直接聞いたことはない。
王子を好きだと、嫌いだと、婚約破棄を望んでいた、望んでいなかった。
だけど今のお嬢様を見て、こうなってよかったのだろうと言う事は間違いない。
誰にも邪魔をされることなく、彼女を僕だけの箱に閉じ込める。
大事に大事に甘やかし。
僕だけの彼女を箱庭に閉じ込め。
僕以外の誰も彼女に近づかないよう。
彼女の幸せを僕が作り出す、そんな生活を――――。
あともう少し時間があれば、理想に近づけるはずだったんですがね……。
僕は雲一つない晴れ渡った空を見上げると、そこにシンシアとマーティン王子の姿が浮かび上がった。




