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土砂降りの雨の中

数日かけて土を慣らすとアザレアの種をまき、その成長を毎日眺める。

マーティンと会っていたあの庭園みたいに、満開なアザレアを咲かせてみたいわ。

顔や手が土まみれになりながら、あの庭の風景を思い浮かべる。

庭の手入れ、花を育てることがこんなに大変だったなんて、令嬢のままでは知り得なかった。

新しい事を学ぶ喜びを、久方ぶりに実感したのだった。


夜になれば、外へ出て満天の星空を見上げる。

ずっとずっと何時間でも見ていられるの。

もう私を縛るものはなにもない、時間を気にすることなく毎日天体を観測していた。


星の観察をしていると、明日の天気が薄っすらとわかるの。

百発百中ではないけれど、これを何か商売に利用できないかしらね……。

そんな事を考えながら、雲の流れ、星の位置、見え方、それをノート記しまとめていく。

とりあえず街へ出てお金を稼いで、望遠鏡を買わないといけないわね。


そして生活が落ち着き始めたある日、私は便せんを取り出すと、お茶を用意していたケルヴィンに話しかける。


「ケル、お母様とお父様にここへ来たことを報告しているのかしら?」


そう問いかけてみると、彼はそっとポットを置き、こちらへ顔を向けた。


「えぇ、まぁ……報告しておりますが……どうされましたか?」


「生活も大分落ち着いてきたから、手紙でも書こうと思って」


私はペンを取り出すと、謝罪と現状の報告を綴っていく。

届くのはきっと2週間ほどかかるだろう。

不甲斐ない娘だとの謝罪から始まり、シンシアと王子を祝福する言葉。

そして無事に別荘へたどり着き、ケルと一緒に生活を始めた旨。

そして元気だとそう書き記した。


「お嬢様……その手紙は私が預かりましょう」


「えっ、いいわよ。これぐらい自分で出すわ」


そう断ったのだが、今日のケルヴィンはいつもと少し違っていた。

危険なことならばダメだとやらせてもらえないのは知っている。

けれど手紙をだす行為に危険はないはず。

しかしケルヴィンは引き下がることなく、半ば強引に私の手紙を預かろうとした。

そんな彼の様子にこちらも意地になって自分で出すと言い張った。


こんな風に自分の意見を通したことがいままであったかしら?

貴族という世界では表せなかった自分の姿。

ここへ来て変わり始めているのだと、実感した。

結局話し合った結果、二人で街へ赴き、手紙を出すことになった。


暫くしたある日、今日は朝から外はバケツをひっくり返したような雷雨が降り注いでいた。

雷雲がチカチカと光り、ゴロゴロと音が響き渡る。

ケルヴィンは雨の中、街へ買い出しへ行ってしまった。

いつも一緒に連れていてもらうのだけれど、この雨では危険だと連れて行ってもらえなかった。

改めて思うけれど、ケルは本当に過保護なのよねぇ。

もうお嬢様と呼べるような存在では何でもないのに……。


ザーザーと響く雨音に耳を傾けながら、種をまいた庭をじっと眺める。

土には水がたまり、泥が流れ出していた。

はぁ……明日庭の手入れをやり直さないと……。

今日は部屋でゆっくり本でも読もうかしらね。


窓から離れようとした刹那、森の中から薄っすらと馬車が浮かび上がる。

こんな辺鄙な場所に似つかない大きな馬車。

私は首を傾げながらに窓へと戻ると、その影はゆっくりと大きくなっていく。


土砂降りの雨のせいで視界が悪い。

馬車はそのまま門の中へとやってくると、屋根のある場所で、静かに停止した。

窓が曇り視界が悪くなると、馬車にあるはずの紋章を確認できない。


こんな山奥の一軒家に、なんの用事かしら……?

私の家の馬車ではなさそうね……ならどこの貴族が……?

窓をこすり覗き込んだその瞬間、ドンドンドンと扉を叩く音が屋敷へ響いた。


「お姉様、お姉様!!!ここを開けて!お願い!」


雨音に負けないキーンと頭に響く声に、私はその場で固まると、ピクピクッと頬をひきつらせた。

嘘……あの声はまさか……ッッ。

あぁ、どうして……。


「お姉様、いるんでしょう!早く開けて、話したい事があるの!」


聞き間違いかと考えたが、やはり声がはっきりと耳に届く。

もう聞くこともないだろうと思っていた声に、私は恐る恐る廊下へと出ていった。


玄関の前へやってくると、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

深く息を吸い込みながら慎重にドア開けると、突然人影が襲ってくる。

突然のことに私は支える事も出来ぬまま床へと倒れこんだ。


「きゃぁっ、いたぁっ」


咄嗟に受け身をとったが、床へ尻餅をつくと、濡れた長いブロンドの髪が私の頬へ触れた。

エメラルドの瞳と視線が絡むと、ポタポタと雫が私の服へ垂れ落ちていく。

そっと彼女の体へ手を触れると、思った以上に冷たく微かに震えていた。


「……ッッ。シンシアずぶ濡れじゃない。あっ、すぐにタオルを持ってくるわ」


慌てて体を起こし顔を上げようとすると、ふと人影が視界を掠める。

確認するように顔を上げると、その先に居たのは雨降りしきる中静かに佇むマーティンの姿だった。

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