閑話:王子の悩み10 (マーティン視点)
シンシアと二人で念入りに打ち合わせして、卒業式当日。
式典が終わるや否や、俺は先に人気のない校舎裏へやってくると、シンシアの到着を待った。
そして宣言した、婚約破棄を……。
けれど彼女は取り乱すこともなくて……只々笑みを浮かべ受け止めた。
その事実にショックで言葉を失くしてしまった。
すぐに嘘だと訂正することも出来ず、そんな俺の様子に、シンシアが隣で狼狽していた。
彼女は俺を好きではなかった。
ならどうして俺の失礼な態度を咎める事無く、付き合ってくれていたんだ?
社交辞令だったのか、いやそれにしても我慢できる範疇を超えている。
なのに彼女は俺の趣味まで調べてくれて、傍に居ようと努力してくれて。
好きでもない相手に、そんなことをするのか?
いや出来るのか?
ありえない、ありえないだろう。
俺のことをこれっぽちも好きじゃなかったのか?
どうして、どうしてなんだ。
まさか……こんなことになるなんて……。
今まで見せていたあの笑顔は全て嘘だったのか?
俺のご機嫌をとるためのものだったのか?
あいつにとって俺はそんな簡単に手放せるような存在だったのか?
信じられない、ありえないんだよ。
哀しみが込み上げ、胸が締め付けられるように痛む。
受け入れられない現実に、次第に怒りがわいてきた。
愚かな自分自身に、そして彼女、シャーロットに―――――
グッと拳を握りしめると、俺は落ち着かせるように深く息を吸い込み吐き出した。
脳裏に何度も浮かぶ彼女の笑みを振り払うと、俺はようやく我に返った。
感情は後だ、先に訂正しなければ……。
すべて芝居だったのだと、例え彼女が俺を想っていなくても手放すなんてありえない。
追いかけようとしたその刹那、ふと辺りが騒がしいことに気が付いた。
周りには誰もいなかったはず、むしろこんな場所に人が来るはずなんてない。
おかしいとシンシアへ目を向けると、彼女は口元に手をあて、目を見開き、小刻みに震えながら、じっと校舎の方を見つめている。
その姿に視線の先を追っていくと、そこになぜか俺の両親の姿があった。
「マーティン、マーティン!!!今のは……どういうことなの!?」
母は信じられないとの表情で、そう叫んだ。
「おい、お前何をしたかわかっているのか?」
父も困惑した様子で俺を見ると、こちらへ走り寄ってくる。
どうしてこんな人気のない場所に、父様と母様がいるんだ?
なぜ、なぜだ、どうしてこんなことに……ッッ
いるはずもない両親の姿に狼狽していると、先ほどの婚約破棄はどういう事だと、俺に詰め寄ってくる。
その姿に情報処理が追い付かない。
なんでここに二人がいるんだ?
よく見れば、他の生徒達の姿もある。
さっきまで誰もいなかったはずなのにどうして?
「いや、違う、違うんだ!これは、その、芝居で、……それよりもどうしてこんなところに?」
「芝居!?嘘だってこと?こんなところに人を集め宣言しておいて、嘘だなんて通るはずないでしょう!!!」
母の言葉に顔を上げると、俺は慌てて問いただす。
「人を集めた?どういうことですか母様」
予想だにしていなかった言葉に、そう返すと、母はあたふたと慌て始めた。
「へぇ!?どういうことなの?あなたがシャーロットの執事に、ここへ集まってくれと、伝言を頼んだのでしょう?だからこうしてこんな閑散とした場所へ来たのよ。それよりもこんな人の居る前で宣言をして、冗談でしたでは済まされないわ。あなたちゃんとわかっているの?」
シャーロットの執事、どうしてあいつが……?
なぜ嘘を、いや、なぜこの事を知っているんだ?
どうしてこんなことをするんだ?
あいつにはキャサリン嬢がいるはずだろう。
どういうことなんだ?
何が何だかわからない。
俺は必死にケルヴィンの姿を探してみるが、どこにも見当たらなかった。
騒然とする周りの様子に、俺は焦り動揺しながらも必死に嘘だと、芝居だったと否定するが……婚約破棄というゴシップネタはあっという間に学園中、いや貴族社会へ広まってしまった。




