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閑話:王子の悩み9 (マーティン視点)

去って行く彼女を茫然と眺める中、俺は動く事が出来なかった。

何が起こったのか把握できず、頭の中が真っ白になり、何も考えられない。

どうしてこんなことに、こんなはずじゃなかった、嘘だろう……。

なんで彼女はいつもと同じ笑みを浮かべていたんだ?


突然言い渡した理不尽な婚約破棄を素直に受け止めて、泣くことも怒ることもなく、そして振り返ることもなく去って行った彼女。

彼女の姿が消え静寂が訪れると、俺はようやくある結論に達した。

シャーロットは俺を好きでは、愛してはいなかったのだと―――――。



ことの始まりは、シンシアの提案だった。

シンシアとは入学式のとき初めてまともに会話をしたが、とても話しやすい令嬢だった。

夜会や催し物では、あいさつ程度の付き合いだったからな。

だが話してみると、シャーロットとはあまり似ず、天真爛漫で可愛らしい。


シャーロットの前だとこんなに上手く話せない。

彼女はいつも笑ってくれるから、反応を見るのが難しいんだ。

それに目が合うと、心臓がバクバクと激しく波打つ。

最初の頃よりはマシになったが、あくまでマシになった程度。

だから俺は彼女にシャーロットの事を教えてもらおうと思ったんだ。


昔よりは大分成長したが、この間のナヴィーンの一件で、どうも彼女の姿をまともに見られない。

目が合えばあの時の感触が蘇って……、叫びたいようなそんな衝動に駆られてしまう。

だから妹であるシンシアに頼る以外、彼女を知る方法が思いつかなかった。


俺は彼女の事を何も知らない。

恥ずかしい話、婚約して数年、そういった話をしたことがなかった。

どうも世間話をしようとすると、言葉より先に考えてしまう。

笑っているが、どんな反応をするのか、どんな答えが返ってくるのか、心の中でどう思っているのか……。

考えても無意味だとわかっているのだがな……。

かっこ悪い自分を見せたくなくて、未だに趣味の話以外は、上手く話せないんだ。


シンシアは彼女の妹。

彼女が好きな色、好きな服、好きな物、好きな料理、苦手な物、嫌いな料理、嫌いな物、今まで聞きたくても聞けなかった事を彼女に尋ねてみた。

スラスラと返ってくる答えに、彼女も俺と同じシャーロットを好きなのだとわかった。

噂ではあまり仲が良いとは言えない関係と聞いていたが、噂は当てにならない物だな。


シンシアはこんな俺に呆れる事無く、街へ出て彼女の好きな物を一緒に選んでくれたり、シャーロットと出かけるシミュレーションまで付き合ってくれた。

デートに誘うプランも一緒に考えてもらったんだ。

結局デートの誘いは出来なかったが……卒業して結婚してから必ず誘うのだと、そう考えていた。


だけど卒業式の数日前、シンシアがある提案を持ってきたんだ。

結婚する前に、シャーロットの本心を探ってみようと。

それはとても興味深い提案だった。

俺がどんな失礼な態度をとっても怒ったり泣いたりもしない。

いつも笑顔で全てを受け止めてくれる彼女の本心を知りたいと。


シンシアは言った。

一緒に暮らしていても、彼女が怒ったことも泣いたこともないのだと。

素直になれる場所がないのだと、そう話した。

だからその状況を無理矢理作り出そうと、そう提案してきたんだ。


内容はいたってシンプル。

卒業式の日に、俺が婚約破棄を宣言する。

もちろん本気でするわけじゃない、彼女の反応をみたいだけの好奇心。

彼女はこんな俺と親睦を深めるために、同じ趣味を共有し、笑いかけてくれた。

だから嫌われているはずはない、そう思っていたから実行したんだ。


シンシアにシャーロットを呼び出してもらい、人気の居ない場所へ連れ出し、反応を見て、芝居だったとばらす。

そういう計画だったんだ。

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