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閑話:ケルヴィンの策略8 (ケルヴィン視点)

何とかお嬢様に遅れること半年、ようやくここへ来ることが出来た。

まだ新鮮なお嬢様の学生姿を間近で見られる。

なんて至極、最高の場。

僕は目の前にそびえる騎士宿舎の前で立ち止まると、感慨深い想いで見上げていた。


今日からここで騎士見習いを指導する講師として、職に就くことになった。

騎士宿舎、ここへ潜り込むのは思っていた以上に大変だった。

教員として働くことは出来ない、雑用の業務も今は人数が足りている現状。

ケイトの言う通りお嬢様の傍に居るためにはここに来るしか方法はない。

幸いなことに剣の技術はあるが……父がいるとの理由で躊躇していたが、このタイミングで、情報通り遠征へ行ってくれたのは助かった。


父がいなくなってすぐ、宿舎へ入り込もうと試みるが、なかなかスムーズにはいかなかった。

一年弱という短い期間での講師。

僕の元同僚たちが数名教員として宿舎にいるが、執事になった僕は反感を買っていた。

ケイトを利用し、何とか短期講師として採用されたのだが……。

当然ながらこのことが父の耳に入り、長文の文が届くと、その対応に追われていた。

それもようやく片付き、半年遅れでやっとここまで。

早くお嬢様の姿を見たい。


そう思いながら中へ入り、早速見習いたちの練習場へ参加すると、学園の校舎にお嬢様の姿を見つけた。

どんなに遠く離れていても、すぐに見つけられる。

彼女だけキラキラと光って見え、フォーカスがパッと合う。

教科書を手に、令嬢たちと会話を楽しむお嬢様の姿。


あぁ……お嬢様の学生姿、真新しい学生服に、緩やかなウェーブの長いブロンドの髪、優し気な青い瞳、透き通るような肌、学園という一時の間しか見られない貴重なシーン。

出来れば写し絵へ永久に保存しておきたい光景ですね。

そうだ、今度絵師にでも相談してみましょうか。


屋敷で彼女の学生服姿は毎日見ていたが、こう改めてみると、学生特有の初々しさを感じられる。

他の令嬢たちとは明らかに違う気品あるそのお姿。

彼女と同じ時間を過ごす令息達を、素直に羨ましいと思ってしまう。

教員資格さえ取っていれば、僕も同じ場所で学園生活を送れたというのに……。


何の取柄もない令息達がお嬢様と同じ場所を共有していると思うと、八つ当たりに近い苛立ちが込み上げる。

ここに居る騎士見習いたちもそうだ。

同じ年だというだけで、あのお姿をいつでも見られる状況下に居た。

許せないですね……。


お嬢様が教室の中へと消えていく姿を見送ると、僕は仕方がなしに見習い生達へ目を向ける。

まだまだ基礎体力が出来ていませんね……昔に比べ指導が甘くなったのでしょうか?

今の時代色々とコンプライアンスが厳しいと聞きましたが、このままでは先が心配ですね。

数十回の走り込みで肩を激しく揺らす彼らの姿を、どうしたものかと眺めていると、一人の生徒が集団から外れ、さぼっているのを見つけた。


木陰にだるそうに座る一人の青年。

生意気そうな面構えで、僕と目が合っても顔色をかえることはなく、戻ろうともしない。

寧ろバカにするような仕草を見せる彼に、僕はゆっくりと近づいて行った。


「君、何をしているんだい?走り込みはしないのかな?」


咎めるよう声を掛けると、青年は苛立った様子でこちらを睨みつける。


「うっせぇな、走り込みなんてやってられっかよ。俺は剣術を磨きにきたんだ。てかお前誰だよ。騎士でもないやつに、教えられることなんてねぇ!特別講師だが何だが知らねぇが、ケルヴィンなんて名前、聞いたことねぇよ!」


挑発的な態度に、こめかみに青筋がたつ。

この青年は僕を知らないのか……まぁ無理もない。

騎士の世界を離れて数年、僕を慕っていた後輩も皆卒業し、今は立派な騎士になっているだろう。

こんなクズでもここに居られる権利があるなんて、納得できないですね……。

言ったことすらできない子供が、これから先騎士として成功するはずがない。

まぁそれはどうでもいいのですが……。

表情は崩さず、笑みを浮かべたまま青年へとニッコリ笑みを深めて見せる。


「そうですか、でしたら手合わせしてみましょうか。名も聞いた事の無い私に、教えられることがないのかを、確認させて頂きますね」


僕は座り込む青年の首根っこを掴むと、そのまま引っ張り上げる。

怒った様子で暴れ始めるが、僕はそれを軽くいなすと、そのまま訓練場へと引きずって行った。


僕たちの姿に、他の見習い生たちがザワザワとざわめき始める。

彼らの反応を気にすることなく、訓練場へやってくると、2年生たちが練習試合を行っていた。

騒がしい会場内をグルリと見渡し、スペースを見つけると、青年を解放し木刀を手渡す。


「おい、離せ!なっ、何なんだよ!お前ッッ、クソッ、騎士でもないくせに剣を握れるのかよ!」


眉を寄せ鋭く睨みつける青年へ笑みを浮かべると、僕は腰に差していた木刀をおもむろに抜いた。


「今は……ふふっ、そうですね」


そう笑って見せると、彼は木刀を構えた。

そこそこ実力に自身があるのだろう。

彼の瞳は強く輝き、威圧感を感じる。

けれどまだまだ青い、こんな青二才相手に負けるなんてありえませんね。

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