新しい先生
入学して半年ほどが経過し、学園の生活が大分慣れてきた。
マーティンとの関係は……ナヴィーン様との一件以来、少しギクシャクしている。
私の方は普通に接しているつもりなのだけれど、前のように話が続かない。
何だか最初の頃とまではいかないけれど、まだ嫌われていた時期に戻ったような……。
けれど不思議なことに、周りの評価は変わっていない。
寧ろナヴィーンに嫉妬し私を奪い返したと、訳の分からない噂が広まっている。
そんなことあるはずないのに。
彼は恋愛結婚を望んでいて、私との婚約は最初から不満そうだったもの。
だけどどうしてナヴィーンと話しをしていた時、彼はあれほど怒っていたのかしら?
そんなことを考えながら中庭を歩いていると、ふと元気のよい掛け声が耳にとどく。
声の方へ顔を向けると、校庭を囲む柵の向こう側に、騎士見習いの姿が目に映った。
皆切磋琢磨し、体力づくりのためだろう、走り込みを行っているようだ。
私も剣を始めたばかりの頃、よく走っていたわね。
あぁやって一定の速度で走れるようにケルが声をかけてくれて……。
今では一人でペースを落とさず走ることが出来る。
ぼうっと彼らを眺めていると、見習い騎士たちの傍に佇む、見覚えのある姿が目に飛び込んだ。
その姿に私は慌てて校庭へ向かうと、そこにいるのは紛れもなく執事であるケルヴィン。
「ケル!?こんなところで何をしているの?」
そう声をかけてみると、ケルヴィンは優し気な笑みを浮かべこちらへ顔を向けた。
「お嬢様、黙っていて申し訳ございません。実は……今日からここで鍛錬の授業を受け持ってほしいと頼まれまして。お嬢様が下校される時間帯にはおわりますので、一緒に帰りましょう」
へぇ!?ケルヴィンが先生に!?
でもそうよね……剣術の腕前は申し分ないし、教え方もとても上手い。
ケルなら素晴らしい騎士を育てられるわ。
寧ろ何でも出来る優秀な彼が、私の執事をしているのが不自然だもの。
「そうだったのね。ケルが教えるのなら、この国の防衛も安心ね。ふふっ」
「ケル、ちょっとッッ、あら、チャーリーじゃない!制服姿とっても新鮮だわ。可愛らしい」
ケルヴィンの後ろから声が響くと、そこにはキャサリンの姿があった。
彼女は令嬢らしくないラフな服装、私用でこちらへ来ているのだとわかった。
「ケイト……お姉様?どうしてこちらへ……?何をされているのですか?」
二人並ぶ姿を見ると、何とも言えないモヤッとした気持ちが込み上げる。
「何って、ケルが……〇×△※☆……モゴッ」
ケルヴィンは遮るようにキャサリンの口をふさぐと、ズルズルと私から引き剥がす。
コソコソと何か耳打ちしたかと思うと、キャサリンは何度も深く頷いていた。
そんな二人の姿に、また胸がチクチク痛み始める。
執事の姿ではない、自然な彼の姿。
学生時代付き合っていたから、いえ今も恋人同士なのかもしれない。
入り込めないそんな空気が、二人から流れている。
私は思わず視線を逸らせると、ギュッと拳を強く握りしめた。
「はぁ……えーと、私の友人がね、あーと、優秀な騎士の育成に力を貸してほしいと、ケルに頼んでいたの。それの仲立ちをしていたのよ。何度か私の屋敷でも顔合わせをしていたんだけど、なかなか上手くいかなくてね」
「……そうなのですわね」
ケイトお姉様の屋敷。
私が学園にいる間、ケイトお姉様に会いに行っていたの?
いえ、私が知らないだけで、今までずっと会いにいってたのかしら……。
やはり二人は未だお付き合いされていて……。
二人のことをあれこれ考え始めると、暗い気持ちになっていく。
はっきりと問いかけてみれば答えは出る。
でもぜかわからないけれど、二人の関係を尋ねることは出来なかった。
そっと顔を上げると、ニッコリと笑みを浮かべたキャサリンの姿。
その笑顔は大好きなはずなのだが、どうしても真っすぐに見つめ返せなかった。
心に浮かぶモヤモヤとした気持ちに戸惑いながらも、何とか笑みを作り顔を上げる。
すると校庭の方から騎士見習いの青年がこちらへ駆け寄ってきた。
「ケルヴィン殿、一通り訓練内容は終わったのですが……」
なぜかビクビクとした様子で生徒がケルヴィンへ話しかける。
「では次はこの校庭を100周しましょうか」
「へっ!?100周ですか!?ちょっとそれは……ッッさっきダッシュしたばっかりですよ……」
生徒はそこで言葉を切ると、恐る恐るにケルヴィンを見上げた。
その姿にケルヴィンはニッコリ笑みを浮かべると、私から離れ、騎士見習いの集団の中へと戻って行く。
「騎士に重要なのは基礎体力です。100周も出来ないようでは、騎士になどなれるはずもありません」
(おいおい100周ってマジかよ……)
(勘弁してくれ、これなら前の先生の方が数段ましだった)
(本当だよな……けど逆らえないよな……あれを見せられるとさ……)
生徒達は地面に横たわりピクリとも動かない仲間を見ると、ブルっと小さく体を震わせた。
何を話しているのか聞き取れないが、ザワザワとし始める彼らの様子に、私はキャサリンへ挨拶をし、そっとその場を離れると、校舎へと戻って行った。




