閑話:ケルヴィンの策略6 (ケルヴィン視点)
けれどあの日ケイトの遣いからの報告に、僕は生まれて初めて頭が真っ白になった。
考えるより先に体が動き、無我夢中で屋敷を飛び出すと、すぐに現地へ向かった。
そこでみた光景はナヴィーンと対峙するお嬢様の姿。
わざとらしく深くフードを被ったキャサリンを睨みつけると、彼女は小さく肩を跳ねさせた。
「ちょっ、こわっ、違うのよ、約束では予選で棄権するからって、だから了承したんだけど……まさかこんなことになるなんて……」
「ケイト……後で覚えておけよ」
「ひぃっ、ちょっと待って、ごめんって、でもちゃんと教えたじゃない。あぁぁもう、勘弁してよね」
彼女の実力なら予選を突破していると思っていたが、まさか彼と試合しているとは想定外。
彼は昔僕も教えたことがある。
周りの令息に比べずば抜けて剣術のセンスがあり、年上の騎士見習いなどを負かした男だ。
そんな男と……ッッ。
戦況はお嬢様が押されている。
当たり前だ、お嬢様は女性で、それに……。
構えを見ると、僕が教えたものとは違っていた。
剣を構えるその姿に、マーティン王子の姿が重なる。
振り下ろされた木刀がお嬢様を傷つけた刹那、僕は会場へダッシュした。
人ごみをかき分け戦場へ飛び降りると、目の前には追い込まれたお嬢様の姿。
必死で走り木刀を奪い取ると、僕は振り下ろされるそれを受け止めた。
僕にしがみつくお嬢様の姿。
その姿が愛らしく、可愛いと思ってしまうのは仕方がない。
しかし彼女の擦り傷、胸に浮かび上がる痣が視界に入ると、そんな感情は吹き飛んだ。
彼女を横目に僕はナヴィーンを見下ろすと、片手で剣を押し返す。
弱った彼女の体を持ち上げると、美しい肌に赤い痣がいくつも浮かび上がっていた。
その様に観衆の声、後ろでうるさく騒ぐ声も聞こえない程動揺した。
僕が居ながら彼女に怪我をさせてしまった、はやく手当をしなければ。
しかし戻ろうとする僕を邪魔するようにナヴィーンが引き留めた。
「なぜ決闘の邪魔をしたのですか?彼の傷はそこまで深くはない」
苛立ちと焦りで取り繕うなんて無理だ。
「勝負は終わりだと言っただろう、聞こえなかったのか?」
「……ッッ、いえ、ですが、なぜこんなことを!あなたも騎士を目指していたのでしょう。こんな勝ち方納得できるはずない。すぐに彼を戻してください」
引き下がらない彼に苛立ちが募ると、僕は彼女を強く抱きしめる。
「はぁ……煩いな。まだわからないのか、よく見ろ。わかったら、さっさとその手を離せ」
彼女の首や肩を見れば、女性だとすぐに気が付くだろう。
無防備な彼女の姿を見せるのは癪だが今は仕方がない。
はっきりと彼女がシャーロット様だというわけにも行かないからな。
そして外に出ると、待っていたのはお嬢様の婚約者であるマーティンだった。
けれど王子よりも僕を選んでくれて、嬉しかった。
婚約者よりも僕の方が彼女に信頼されているその事実が、たまらなく嬉しかったんだ。
そのまま家に連れ帰り看病していると、お嬢様はひどくうなされていた。
傷自体は深くない、けれど今まで感じたことのない殺意や敵意を受け、心が弱っているのだろう。
僕は付きっ切りで看病していると、ふと彼女が目を覚ました。
「ごめんなさい、行かないで……。ケルがちゃんと教えてくれていたのに……勝手なことをしてしまって本当にごめんなさい。私には大事なものが欠けていたのに……ごめんなさい、ごめんなさい……お願い傍に居て……」
僕を求め。取り乱した彼女の姿に熱い想いが込み上げた。
これは反則だな……今すぐにでも抱きしめたい。
このまま部屋に閉じ込めて僕だけが彼女を愛でられるように―――――――。
そこまで考えてハッと我に返る。
僕は執事で、そんな権利はない、ここで僕の気持ちが伝わってしまえばきっと彼女は……。
込み上げる気持ちをグッと我慢し、彼女の小さな手を握り返した。
彼女の傍にいられるだけで十分じゃないか、一番になれればそれで。
優しい言葉を囁くと、彼女は安堵した表情でふわっと笑う姿に、僕は視界を遮るよう思わず手を伸ばしていた。
あまりに無防備なその姿に、先ほど抑え込んだはずの感情が一気にあふれ出す。
僕はそっと彼女の視界を遮ると、顔を近づけていった。
熱い彼女の熱に酔いしれ、彼女の吐息を間近で感じる。
その刹那、ガクッと体が後ろへ倒れると、心地よい寝息が耳に届いた。
その音を聞きながら僕は唇へそっとキスを落とすと、静かに部屋を後にした。
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第二章はここで完結です、次話より第三章へ入ります。
第三章は少し長めのお話となりますが、最後までお付き合い頂けるよう、頑張ります(*'ω'*)




