アザレアの花
どれぐらい眠っていたのだろうか、ふと物音が耳にとどくと、意識がゆっくりと目覚め始める。
そのまま薄っすら瞼を持ち上げると、微かに人影が目に映った。
「ケル……?」
私は無意識に布団から手をだし人影に伸ばすと、アザレアの香りが鼻孔を擽った。
意識が次第にはっきりし、目を開けてみると、目の前にはアザレアの植木鉢が目に映る。
どうしてアザレアが……?
ぼうっとそんな事を考えていると、その向こう側にマーティン王子の姿が現れた。
その姿に私は慌てて体を起こすと、肩に鈍い痛みがはしった。
「いた……ッッ……」
「バカ、急に動くな!」
王子は手に持っていた植木鉢をテーブルへ置くと、私の体を支えた。
すると痛みが少しずつ和らいでいく。
「……ッッ、ごめんなさい。どっ、どうしてマーティン様がここにおられるの?」
「お前、覚えていないのか?あの試合は俺も観戦していたんだ。構え、太刀筋を見てお前に似ているとそう思っていた。まさか本当にお前が戦っているとは思わなかったがな。グッタリするお前を見て、生きた心地がしなかったぞ」
怒りの交じったその言葉に、私はまた謝ると、頭を垂れる。
「ごめんなさい、自分の実力を試してみたくて……。マーティン様に教えて頂いた剣がどこまで通用するのか、確認したかったのですわ。でもご安心下さい、傷は浅いので、痕も残りませんわ」
そうはっきり伝えると、支えていた腕に力が入る。
そのまま私の体を優しく包み込むと、その手が微かに震えていた。
「お前はバカか。令嬢だぞ、本来剣術など必要ない。なのに、どうして……ッッ。いや、違う、俺がお前に教えたのが悪かったんだ……」
「……?マーティン様が悔やむ理由はございませんわ。私が勝手に行動しただけですから」
「だが、俺が……俺がお前に騎士としての戦い方を教えていなければ……」
「マーティン様……、それは違いますわ。教えて頂けなければ自己流で学んでおりましたし、ですので……そんな顔をしない下さい」
彼からそっと体を離し頬へ手を添えると、ニッコリと笑みを浮かべて見せる。
今にも泣きだしそうな彼の表情に、私は無意識に手を伸ばすと彼の髪を優しく撫でた。
何だか可愛い、そう思ったのだ。
「……ッッ、子ども扱いするな」
「ふふふっ、ごめんなさい、そんなつもりはございませんわ。ただ可愛いと思いまして」
慌てながら顔を赤く染める彼の姿に自然と笑みがこぼれる。
「グッ、可愛いか……。とっ、とりあえずだ、もう剣術はやめろ。お前の体はお前だけのものじゃないんだ。お前は俺の婚約者で……俺のものでもあるんだ」
言葉の意味は良く分からないが、心配してくれているその気持ちは十分伝わってくる。
不器用で一生懸命な彼。
私は震える彼の手にそっと自分の手を添えた。
こんなにも心配してくれるとは正直思わなかった。
傷が残るのかとかそういうことを咎められるのかと……。
私が思っている以上に、彼の中で私の存在は大切なものになっているのかしら。
そう感じると、心がフワッと温かくなった。
「ごめんなさい、剣術はもうしないわ。自分の体に傷をつけたりしない。だから安心して」
震える彼の腕を抑えるように強く握ると、暫く彼の温もりをじっと感じていた。
暫く手を握っていると、彼は突然手を離すと、顔を真っ赤に立ち上がる。
そして何を思ったのか傍に置いてあった植木鉢を手にすると、私の前へ差し出した。
「ふふっ、これはアザレアですわね」
「あぁ……ッッ、昔好きだと言っていただろう。見舞いに花束をとも思ったが……それだと花がかわいそうなのだと思って……、だからこうやって植木鉢でもってきてやったんだ」
彼はズイッと植木鉢を差し出すと、恥ずかし気に顔を赤らめる。
「そんな昔のことを覚えていてくれたのですね」
「あっ、当たり前だろう。俺はおまえのことならなんだって、いや……たまたまだ!」
彼は慌てた様子で植木鉢を置くと、プイッとそっぽをむく。
その姿が何だか可愛くて、クスクスと小さく笑っていた。
すると彼は拗ねた様子で口をへの字に曲げると、こちらへゆっくりと近づいてくる。
「ところでお前は執事を愛称で呼んでいるのか?」
少し苛立った様子の声色だが、怒っている様子はない。
なぜそんなことを聞くのか、疑問に感じながらも私はおもむろに口を開いた。
「えぇ、そうですわね。いけませんか?」
「いや……ッッまぁ、その、なら俺のことも愛称で呼べ。執事よりも俺の方がお前に近いだろう?」
愛称?突然どうしたのかしら?
「マーティ様……?」
「様も必要ない。……ッッ俺とお前は……その……こっ婚約者だからな」
今はまだ彼の婚約者。
だけど将来妹と彼が結ばれる未来を私は望んでいる。
だけど……わがままかもしれないけれど、出来ればこのまま友人のような関係は保っていきたいわね。
まぁ妹が許さないでしょうけれど、それまでは――――。
「では私のことも愛称で呼んでください」
「おっ、おう、わかった。その……チャッ、チャッ、チャーリー、これからも宜しくな」
ゆでだこのように染まった彼の顔が目に映ると、私はハイと彼に向って笑みを浮かべた。




