迷う心
吹き飛ばされる相手を交わしながら壁沿いを移動していると、いつの間にかブロックに立っているのは、私と大男二人だけ。
他の参加者はどうやら敗退してしまったらしい。
続々と出入り口へ消えていく中、会場には木刀があちらこちらに散らばっている。
その木刀の多さに内心驚いていると、ふと視界に影が重なった。
その影に恐る恐る顔を上げると、ニヤリと笑みを浮かべた大男と視線が絡む。
「なんだぁ~、一番弱そうなやつが残っちまったなぁ。まぁ~さっさと片付けるか」
男はドスンッと大きな音を出すと、木刀を軽く構える。
その姿に私は慌てて木刀を構え、男と対峙した。
初めて感じる威圧感に体が小さく震えだすと、無意識に後退っていた。
これがケルの言っていた恐怖?
体の体温が下がり筋肉が硬くなっていくと、思ったように体が動かない。
胸が激しく波打つ中、男が剣先を振り下ろす姿に、もつれそうになる脚を必死に上げ、体を反転させる。
風を切る音が響き、間一髪のところで避けると、私は飛び退くように横へと避けた
大きい体は伊達じゃないわね、力もすごいわね。
だけど……動きは遅い、避けられる。
当たらなければ力など無意味よ。
ケルヴィンがよく話していた、私は女性だから力は男性に敵わない。
だから捕まってはいけない、相手の動きを見て逃げることが重要。
私はパチンッと自分の頬を叩くと、男へと意識を集中させる。
動きを良く見て、大丈夫、ケルと沢山練習したもの。
降ってくる剣先を見ながらヒラリと宙を舞うと、砂埃が巻き上がる。
見えるわ、相手の太刀筋が。
「ちょこまかと、まるでネズミようだなぁ。だがな……それだけだ」
男は面倒くさそうにつぶやくと、追い詰めるように踏み込んでくる。
その姿に私は次の動作へ移ると、軽々と避けた。
けれど男は休むことなく追撃してくる。
このままじり貧になれば、私の方が不利。
そうそうに決着をつけたいところだけど……。
この男を倒すことは難しいだろう。
私の力では非力、だけど試験のルールは木刀を手から落とせばいいだけ。
なら私に出来ることは……。
避け続けながらにブロック内を移動していると、ふと背中に壁があたる。
追い込まれたのだと理解した刹那、また木刀が振り下ろされた。
受け止めることは不可能、私は一か八か前へ踏み出すと、男の手首一点にめがけて剣先を薙いだ。
「いてぇッッ」
男の声に顔を上げると、彼は木刀を落とし手首を押さえていた。
そこから血が流れポタポタと土の上に落ちていく。
「くそっ、こんなチビに……ッッ」
「おぉぉぉッと、2ブロックではなんと当日参加の少年が勝ち残ったようです!えーと、名は……そう、チャーリー選手です~!」
場内の歓声に交じり司会者の声が響き渡ると、私は深く息を吐き出した。
木刀を持つ手は震え、先ほどの恐怖が蘇る。
勝ったわ、だけど人と打ち合う事がこんなにも怖いことだなんて……。
でも何とかなるものね。
私は悔しそうに顔を歪める男へ視線を向けると、震える手を押さえながらに下がっていった。
あの大男に勝ったけれど、自分の実力がはっきりとわからない。
予選で辞退すると、言ったが……次の試合はどんな感じなのかしら?
でも怪我をするわけにはいかない、もう十分よね。
いえでも、もう少し、あぁどうしましょう。
辞退しようかどうか、うーんと頭を悩ませていると、他のブロックの戦闘が終わったのだろうか、歓声が次第に小さくなっていく。
どうしたのかと顔をあげた刹那、目の前には騎士の姿。
「お前が2ブロックの勝者か、ほら、ぼうっとするな、こっちだ。早くしろ」
言われるままに足を動かすと、私は引っ張られるようにブロックの外へと連れ出され、薄暗い廊下で立たされる。
そうして呼ばれる声にまた会場へ戻ると、仕切りが外され、そこには大きな円状のリングが用意されていた。
正面にはトーナメント表が掲載され、そこに私の名前が見える。
私の対戦相手はナヴィーン。
嘘でしょう、いきなり優勝候補と戦うの!?
いやいや、さすがにダメよ、怪我……どうしましょう。
あぁ……棄権しないと、でも彼がこの大会で一番強い人。
やってみたい、そう願望が生まれると、棄権を躊躇してしまった。
王妃になるつもりはない。
学園に入れば、剣を振るえなくなる。
王子が妹を選んだ後は、もう王都に居られない。
ならチャンスは今だけよ。
自分に言い訳しながら足を踏み出す。
そんな私をよそに、ナヴィーンは何事もなくリングへ上がると、こちらをじっと見下ろした。
手には木刀が握られ、グレーの瞳に私の姿が映し出されると、ゾクッとした悪寒に体が震える。
先ほどの大男とは違う、強い殺気。
恐怖と威圧に目を逸らすことも出来ずナヴィーンを眺めていると、彼はつまらなさそうに木刀を構えた。




