閑話:王子の悩み5 (マーティン視点)
そうして三度目の顔合わせ、ここ一ヶ月でカイザックに色々と教わった。
今日こそは成功させなければ。
何度も頭の中でイメージトレーニングを繰り返し、準備は万全だ。
けれどいざ彼女の姿が目に映ると、バクバクと激しく心臓が波打ち始め冷静ではいられない。
体が硬直しガチガチに緊張すると、頭の中が真っ白になり、パニックに陥っていった。
練習してきたはずのスマートな挨拶も出来ぬまま、彼女は徐に席へ腰かけると、庭園へ顔を向ける。
「マーティン様、美しい庭園ですわね。あの花はアザレアでしょうか」
その言葉に俺は反射的に庭園へ視線を向けると、淡いピンク色の大輪の花が目に映る。
花だ、女性は花が好きだ、カイザックが言っていた。
あの花の花言葉は何だったか、あぁ……聞いたはずだが思い出せない。
どう返すのが正解なんだ……いや、そうだ、プレゼント。
「……あの花が好きなのか?」
えぇ、と彼女は見惚れるほどの鮮やかな笑みを浮かべコクリと頷いた。
その姿に俺は勢いよく立ち上がると、花壇へと一直線に向かっていく。
プレゼント、これだ!
俺は茎へ手を伸ばすと、ブチッと引きちぎる。
すると彼女が慌てた様子で隣へやってくると、制止する様に俺の手を掴んだ。
「あの、マーティス様、どっ、どうされたのですか!?」
「へぇっ、いや、この花が好きなんだろう……アザレアといったか」
「えーと、そうですわ。でも咲いている花が好きなのです。そのように手折ってしまうと……花が可哀そうですわ」
はあぁぁあぁぁ!?
これが正解じゃなかったのか!?
好きな花をプレゼントすれば、喜んでくれると思ったが……。
どっ、どういうことだ!?
おいおい、これからどうすればいいんだ。
あぁぁぁぁああああああああ
「……なら最初からそう言え」
困った彼女の表情に、俺は一人てんぱっていると、気が付けばそんな事を口走っていた。
どうしてこんな言い方を……違うんだ。
あぁぁぁなんで上手くいかないんだ……はぁ……。
つっけんどな答えにまた自己嫌悪に陥るが、彼女は怒ることもなく、只々静かに笑みを浮かべていた。
そして次こそはと、気合を入れての逢瀬。
今日こそはちゃんと彼女の質問に答えるんだ。
だが今日の彼女はどうもいつもと違う。
何か言いたそうにしながらも、一言も話さず沈黙が続いていく。
笑みを浮かべたままに出されたカップを口へと運び、カチャンとの音が響いた。
まずい……とうとう嫌われてしまったのか?
彼女の様子に内心狼狽し冷や汗が流れる。
なんとかしなければと思い、口を開いてみるのだが、声をだそうとするたびに頭が真っ白になる。
パクパクと魚のように口を開け、彼女と視線が合うと、顔を背ける。
この日は挨拶以外一言もしゃべらぬまま終わってしまった。
そうして五度目の正直、今日こそは彼女を不快にさせないようにしないと。
こちらへやってくる彼女の姿に胸の動悸が激しくなっていく。
落ち着けと言い聞かせても、あまり効果はない。
だがさすがに五度目ともなると、何とか挨拶だけはまともになった。
ようやくイメトレ通りの挨拶にほっと胸を撫で下ろす。
テーブルの下で小さくガッツポーズをしていると、彼女が席へ着き、ニコニコと笑みを浮かべた。
「えーと、そうですわ。あのマーティン様、私天文学に興味がありまして、星はお好きでしょうか?」
それは知っている、いつもその研究所を覗きに行っていたからな!
いやいや、違う違う。
俺もシャーロットの姿を見て、同じものを見たいと本を読んだことがあるんだ。
返せそうな話題に慌てて口を開くが、ふとあることが頭を掠めた。
ちょっと待て、彼女は貴族の間で有名な秀才。
本人が好きだと話すぐらいだ、相当な知識を持っているに違いない。
それにキャサリン嬢と何やら難しそうな書物を読んでいたな……。
ならここで話にのっかったとして……内容についていけるのか?
いや無理だろう、少し本を読んだだけの俺じゃ……。
ここで己の無知さが晒されたら、評価がまた下がるんじゃないか?
まぁ……もう下がりきっているかもしれないが……。
いやいやいや、やっぱりダメだ。
これ以上株を下げるわけにはいかない!
ハッと意識を取り戻した刹那、目の前に映ったのは彼女の大きな瞳。
いつの間に近づいてきたのか、驚きのあまり飛び退くと、椅子が勢いよく倒れた。
「あっ、いや……天文学か。別に好きじゃない。……体を動かしている方が楽しいからな」
「そ……そうですか……。体を動かすというと、武術や剣術をされるのでしょうか?」
そう返事を返すと彼女はシュンと悲しそうな笑みを浮かべて見せる。
その姿にまた失敗してしまったのだと悟ると、俺は恥ずかしさに顔を背け、頷くことしか出来なかった。




