閑話:王子の悩み1 (マーティン視点)
ああああああぁぁぁっぁぁ!!!
違うんだ、違うんだ……待ってくれッッ。
どうしてこうなるんだ。
どうして上手く話せないんだ、伝えられないんだ。
どうして素っ気ない態度をとってしまうんだああああああああああ。
俺は心の中で絶叫しながらも、何も出来ないまま、城から去って行く婚約者の背中をじっと見つめていた。
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婚約者-シャーロットを初めて見たのは、俺が10歳の時だった。
あの日、騎士の訓練場で稽古を終え、午後の乗馬の訓練まで時間が余った。
母から俺と同じ年で優秀な令嬢がいると聞き、興味本位……いや暇つぶしに天文学の研究室へ向かったんだ。
どんなガリ勉女なんだろうな、そんな事を考えていた。
でも実際にシャーロットを目にして、電気が走ったような衝撃を受けた。
天文学者として最年少で城へ入門したキャサリン嬢の隣に並んでいた、初めて見る令嬢。
見惚れるほどに整った綺麗な顔立ち、軽くウェーブのかかった金色の髪に、滑らかな白い肌。
柔らかい物腰に、透き通った瞳。
周りの令嬢なんて目に入らないほど、彼女の周りだけキラキラと輝いていた。
はにかんだ優しい笑顔が可愛くて、目が離せなくて、俺は一瞬で恋に落ちたんだ。
それからコッソリ彼女を見に行くのが日課になった。
見つからないよう物陰に隠れて、じっと眺めるんだ。
本を読んでいるだけなのだが……真剣な表情に魅入ってしまう。
もちろん声を掛けるなんて、恥ずかしくて出来ない。
遠くからじっと見つめるだけだ。
大人たちの中でも気負う事ない立ち振る舞う姿。
とろけるような優しい笑み。
見て、眺めて……それだけで幸せだった。
だがこんな俺の行動を……ある日友人であるカイザックに知られてしまった。
いつもあいつがいないことを確認して、こっそり抜け出していたのに……。
あいつにバレるとからかわれるのはわかっていたからな、くそっ。
カイザックは俺の護衛をしている騎士の息子だ。
幼いころから知っている。
王子という立場で、気軽に話せ気を許せる貴重の友人。
昔は素直ないい奴だったんだが、最近のこいつは……調子に乗って生意気なんだよなッッ
「王子~、またここに来てるんですか?はぁ……そんなに好きなら話しかけてみればいいのに~」
馬鹿にしたような癇に障る声に、振り返ると、ニヤニヤと笑うカイザックをキッと睨みつける。
「うっさいな、タッ、タイミングを見計らってるんだよ!」
言い返してみると、カイザックは呆れた表情を見せ、乾いた笑い声が響く。
「へぇ~、タイミングねぇ~?そう言いながら、一体何ヶ月そうしてるんすかねぇ~。正直キモイですよ~」
キモイ……気持ち悪いだと……!?
こいつ俺が王子だと忘れているのか!?
その言葉にカッと頭に血が上り、言い返そうと口を開くが……俺はグッと堪えると拳を強く握りしめる。
くぅっ、まぁ、そのあれだ……こいつの言っていることは客観的に見ればごもっとも。
面識のない男が、じっと何日も物陰から覗いていれば気味が悪いだろう。
だが……話しかけるのはハードルが高い……いや無理だろうッッ。
何て話しかければいいんだ?
俺は彼女の事を何も知らないんだ……。
ギギギッと歯を食いしばり怒りを抑えると、俺はカイザックを無視するように彼女へ視線を戻す。
彼女の笑みが瞳に映ると、先ほどまで感じていた苛立ちが、あっという間に吹き飛んでいった。
するとカイザックは俺の視界を遮るように前へやってくると、話を続け始める。
「王子、王子~。無視しないで下さいよ~。まぁ~シャーロット様はめちゃめちゃ綺麗すよねぇ。いやぁ~数百年に一度の天才少女、容姿端麗、性格も温和で控えめでおしとやか、爵位だって申し分ない。令息の中でもあこがれの女の子ナンバーワンっすよ。こうやって見てる間に、あっという間にどこぞの令息にもってかれますよ。俺みたいなね」
カイザックはニヤリと口角を上げると、臆することなく部屋の中へと入っていく。
そのまま彼女の傍へと近づくと、堂々と話しかけた。
その姿に開いた口がふさがらない。
慌てて追いかけようと足を踏み出すが、両足はまるで地面に張り付いたように動かなかった。




