目的のために
体力づくりに明け暮れる毎日。
走り込みも板につき、スクワットや腹筋、腕立て伏せを毎日欠かさず続けている。
食事にだって気を付けているわ。
もちろん体力づくりが終われば、城へ行き実務を熟す日々。
天文学は……本を読んで知識を深めるぐらいしか出来ていない。
屋敷には専門的な道具もないし、夜には王妃教育がまっている。
深夜部屋の中から、夜空を見上げて観察するぐらいしか出来ない。
でも……この計画が成功すれば、好きなだけ研究が出来るわ。
そう考えると、我慢するのを苦痛だと感じなかった
最初は苦しかった体力づくりも、今では楽しいと思えるようになっていた。
今までの私は教養もマナーもダンスも全て、一度見ればそれなり熟せた。
だから今までこんなに四苦八苦したことがなかったの。
それがとても新鮮で……目的がどうであれ明るい気持ちになった。
またひと月が経ち、王子と会って剣の話をする。
剣術の話だと、彼と会話が成り立つの。
やっぱり同じ趣味を持って正解だったわ。
あのまま何度も逢瀬を重ねても、進展はしなかっただろう。
最初の頃とは嘘のように会話が続き、まだ目をあわせてはもらえないけれど……徐々に距離が近づいてきたと実感している。
そうして学び始めて半年ほどたったある日、ケルと一緒に庭へとやってくると、彼の手には木刀が二本握られていた。
その姿にワクワクが止まらない。
ようやく木刀を握ることが出来る、楽しみだわ。
「今日から実技に入りましょうか。本当に良くここまでやってのけましたね。正直僕自信驚いております」
私はニッコリと笑みを深めて返すと、ケルは木刀を差し出した。
それを恐る恐るに手に取ると、最初に持った時よりも幾分軽く感じる。
ケルは私と並ぶように立つと、姿勢を正し、剣を構えた。
そのまま空気を切るように振り下ろす。
美しいその所作に見惚れる中、マーティン様よりも速いその剣先は、目で追う事すら出来ない。
「すごいわ、私もそんなふうになれるかしら?」
「……同じようには厳しいですが、お嬢様はセンスがあるようですし、似たような事は出来るでしょうね」
私はケルの姿を真似るようにして佇むと、剣先を見つめ、意識を集中させ真っすぐに木刀を振り下ろす。
すると微かにだがシュッと空を切る音が耳にとどく。
初めて剣を振り下ろした時とは比べ物にならないほど速い。
「最初の時と同じ振り方をしているのに、全然違うわ。体力づくりはこの為だったのね」
「えぇ、最初に話した通り、剣は腕だけではありません。支える土台がしっかりしてないと安定しない。それよりも一度見た私の動きを完璧にトレスするお嬢様のセンスに驚きですよ」
誉め言葉に私はパッと顔をあげ彼へ視線を向けると、何とも複雑そうな表情を浮かべていた。
そこから本格的に剣術、そして武術を学び始めた。
武術は主に受け身について、怪我をしないよう、身体的ダメージを最小限に抑える動作。
柔軟体操はここでとても役にたった。
体が柔らかくなければとてもスムーズには行えなかっただろう。
寧ろ逆に怪我をする原因になっていたかもしれないわ。
自分自身が上達していくと、マーティン王子やケルがどれほど剣の実力があるのかわかるようになってきた。
私との練習はたぶん退屈でしょう。
だって彼らの実力と私は天と地ほどの差がある。
だけどケルや王子は丁寧にわかりやすく私の練習に付き合ってくれた。
もちろん攻撃系の剣術や武術は教えてくれない。
襲われたり攻撃された時の対象方ばかり、けれどやり始めると何でも気になってしまうのが悪い癖。
私は王子に会うたびに、攻撃系の技について彼に尋ねていた。
ケルには教えてもらえないもの。
さすがに手合わせはしてくれないけれど、実際にその技を目の前で披露してくれる。
その様子をじっと眺め、私はコッソリと日夜研究していた。
剣の話をするようになって、彼と過ごす時間が苦痛ではなくなり、時折笑う姿も見られるようになった。
会話も弾み、視線も合うようになった。
彼は本当に剣術が好きみたいで、楽しそうに剣術について話してくれる。
その会話を聞いて婚約者とは思えないだろうけれど、そうねぇ友人ぐらいには近づいてきたと思っているわ。
このままいけば……私の計画が始動する。
彼との仲を深め、数年後私は学園へ入学し、そこで一年彼との中を見せ付けて、翌年に妹が入学。
そこで妹と王子を近づけさせれば、きっと全て上手くいくわ。
妹は私と違って社交的だし、お話も上手だしね。
きっとそれは彼も嬉しいはず。
そんな事を考えながら、私は今日も彼の素振りをじっと眺めていた。




