剣とは?
そうして今日も朝からランニング終え屋敷へ戻ってくると、庭には母が心配そうな面持ちで佇んでいた。
「チャーリー、あなたここ最近、こんな朝早くに何をしているの?」
「あらお母様、おはようございます。ふふっ、早速ケルヴィンに教えて頂いてるのですわ」
そうニッコリ笑みを浮かべると、母は不安そうに傍へとやってくる。
「もう始めていたのね。怪我はないの?とっても心配だわ。可愛いお顔に傷ができたらと思うと……」
「心配は無用ですわ。ケルヴィンはとっても優秀な先生ですもの。お母様もご存知でしょう?それに私自身も気を付けているわ。でも少しの傷なら許して欲しいの。だってこの先王妃になって何かあれば怪我どころじゃすまないでしょう。だからしっかり学んでおきたいの」
私はさりげなくケルへ視線を向けると、彼は小走りでこちらへやってくる。
そのまま母の傍へ寄り、何やらコソコソと話し始めると、私は黙ったままに二人の様子を覗っていた。
何を話しているのか、小さすぎて聞き取れない。
けれど話が終わったのか、母は不承不承の様子で頷くと、無茶はしないようにと釘をさしながら去って行く。
何を話したのか、気になるけれど……。
私は首を横へ振り大きく腕を伸ばし体をほぐすと、汗が頬を伝っていった。
そうして剣術を学び始めて数週間、今日は朝のトレーニングはなし。
王子に会いに行くための準備をしなければいけないから。
最近ようやくケルのスピードにもついて行けるようになったし、立ち止まることもなくなった。
体力がつき、体が出来上がっているのだと実感する。
剣を持つためには、まだまだ足りないのだろうけれど……。
早速ドレスへ着替えると、いつもはこの段階でとても憂鬱な気持ちになる。
だけど今日は違うわ。
まだ剣を持たせてもらっていないけれど、ケルに教えてもらった参考書で剣術についての知識は頭に入れてある。
これで多少の会話は続くでしょう。
会話が続けば仲良くなれるきっかけにもなるわ。
さすがに好きにはならないでしょうけれど、嫌いが少しでもマシになれば十分。
周りから仲がいい、そう思わせたいだけなんだから。
私はご機嫌で城へ向かうと、いつもと同じ庭へとやってきた。
「マーティン様、ごきげんよう。聞いてくださいませ、私最近剣術を始めたのですわ。もしよかったらマーティン様の剣術を見せて頂けないかしら?」
そう開口一番に話しかけてみると、彼は驚いた様子で目を見開き固まった。
「剣術……どうしてまた?お前は令嬢だろう、剣なんて必要ないじゃないか。それに俺が……ッッ」
言葉が続くだろうと思い待っていたが、彼はモゴモゴと俯いた。
そのままいつもと同じように黙り込むと、私は苦笑いを浮かべる。
「えーと、そんなことはありませんわ。護身術にもなりますし、何よりもマーティン様が剣術を好いておられると伺って、学びたいと思いましたの」
すると彼は頬を真っ赤に染めると、驚いた様子で飛び退いた。
「おっ、お前、なっ、なっ、何言ってんだ……ッッ。いや、そんなにいうなら、まぁ仕方がねぇな。少しだけだぞ。ちょっと待ってろ」
彼は早歩きでどこかへ向かった。
どこへ行ったのか、暫くその場で待っていると、彼は右手に木刀を持って戻ってきた。
「分かってるとおもうけどな、普通はこんな事しないからな。お前が……どうしてもって言うから、特別だぞ。後……わからないことがあれば何でも聞け、教えてやる」
彼はそう言いながら木刀を持ち上げると、いつもとは違うピリピリした空気が包み込む。
真剣な眼差しで、真っすぐ前を見据えたかと思うと、シュッと風を切る音と共に木刀が振り下ろされた。
すごいわ、振り下ろす剣が見えなかった。
その姿に感嘆とした声を漏らしていると、彼の動きをじっと見つめる。
剣を振るう彼は堂々していて、勇ましさを感じた。
いつもどこか不機嫌で、眉間に皺を寄せている姿しかみたことがなかったけれど……。
改めて彼は剣が好きなのだと実感した。
その後も専ら剣術の話だが、会話が続き、あっという間に帰る時間となった。
これほど彼と話したのは始めてで、充実した時間を過ごせた気がする。
今日は順調な逢瀬だったわ、そんな事を考えながら家へ戻ると、風を切る音がまだ耳に残っていた。
彼の姿を思い出しながら、部屋でこっそり木刀を握りしめると、真似をして構えてみる。
そのまま剣先を振り下ろしてみるが、まるでスローモーションのように遅い。
彼はあんなに軽々と振りぬいていたのに、思っていた以上に木刀がずっしりくるわ。
確認するように木刀を持ち上げギュッと握りしめる。
「う~ん、どうして私の剣はこんなにも遅いのかしら?」
何度も素振りをし、木刀を眺めながら考え込んでいると、突然肩に何かが触れた。
驚きのあまり飛び退きバランスを崩すと、逞しい腕が私の体を支える。
「お嬢様、一体何をされているのですか?全く夢中になるのもほどほどにしてくださいね。何度も言いますが、護身用ですよ」
どこかとげのある言葉に私は肩を小さく跳ねさせると、慌てて体制を立て直す。
一体いつ部屋へ入ってきたのか……集中していて全く気が付かなかった。
「はぁ……その振り方はまるで対人戦をイメージした騎士です。もしかして……王子に教わったのですか?」
低く静かな声色に、恐る恐るに振り返り彼の蒼い瞳を覗き込むと、苛立ちが窺える。
「あっ、その、……ごめんなさい」
「木刀を持つにはまだ早いと教えておりませんでしたが、……先ほどのように腕だけで振り下ろしてはいけません。下半身、腰を使って剣を振り下ろすのです。それが基本ですよ」
ケルはすぐさま私から木刀を取り上げると、小さく息を吐き出した。
「お嬢様、剣は遊びではありません。ちょっとしたことで怪我をします。なので今はまだ体を作ることに専念してください。次木刀を振っている姿を見れば、二度と剣術は教えません」
声色は普通だが、圧迫されるような緊張感を感じる。
怒りを含んだ冷たい瞳と視線が絡むと、私は頭を垂れながら何度も謝った。
コンコンと言い聞かせるような説教が終わり、ほっと息を吐き出すと、私は慌てて木刀をクローゼットの中へ仕舞いこむ。
ケルの怒る姿を初めて見たわ、怒ると怖いのね……。
いつも笑顔で優しいから、勘違いをしていたわ……。
私は自分を戒めるように頬をペシペシ叩くと、体作りに集中した。




