花言葉
ケルヴィンが私の執事になることが決まり、いつも傍に居るようになった。
最初の頃に感じていた動悸や、言葉に出来ない感情は日を追うごと消えていく。
あれは一体何だったのか、それはわからない。
けれど彼が傍に居るとなんだか不思議と温かい気持ちへと変わっていった。
彼は想像以上に優秀な執事で、内心とても驚いた。
マナーはもちろん、私の城での仕事もサポートしてくれる。
必要な書類は私が目を通す前に綺麗にまとめてくれていて、怖いぐらいに気が利くの。
それになんといっても……仕事の合間に淹れてくれる彼のお茶が最高に美味しい。
これなら……王の政務を補佐する役職に就く事だって出来るわ。
彼の居れたお茶を堪能しながら、ニッコリ微笑むケルヴィンを眺めていると、謎が深まるばかりだった。
そんな中またひと月がたつと、憂鬱な顔合わせがやってくる。
久しぶりに父と母とでテーブルを囲み、王子の話を根掘り葉掘り聞かれるの。
だけど話す事なんて何もないよねぇ、だって会話が続いた試しがないもの。
朝食を済ませ着替えを終えると、馬車に揺られお城へ到着する。
案内された場所へ向かうと、まるで石のように固まった王子が待っていた。
あら、今日はどうしたのかしら……微動だにしないわ。
不自然な彼の姿に内心戸惑うが、私はとりあえず笑みを浮かべると、挨拶をし彼の前へと腰かけた。
前回同様、私と話すつもりがないのか無言のまま。
沈黙に耐えきれなくなると、私は何か話題がないかと辺りを見渡してみる。
天気はダメだし……うーん、あれだわ。
「マーティス様、美しい庭園ですわね。あの花はアザレアでしょうか?」
「……この花が好きなのか?」
初めて会話が続く返答に、パッと心が晴れると、私はコクリと深く頷いて見せる。
すると彼は勢いよく立ち上がり、ズンズン庭へ向かうと、咲いている花をブチッと引きちぎった。
その姿に私は慌てて立ち上がると、彼の腕を静止する。
「あの、マーティス様、どっ、どうされたのですか!?」
「へぇっ、いや、この花が好きなんだろう……アザレアといったか…」
「えーと、そうですわ。ですが咲いている花が好きなのです。そのように手折ってしまうと……花が可哀そうにですわ」
そう話すと、彼はムッと口を曲げ不機嫌な表情を見せる。
「なら最初からそう言え」
マーティス様は引きちぎった花を私に差し出すと、こちらを見ることなく、城の中へと戻って行く。
まさかの行動ですわね……、私の為に花を……?
でも嫌っている相手にどうしてそんなことを、もしかしたら新手の嫌がらせなのかしら。
確かアザレアの花言葉は、節制……もっとつつましくなれとでも?
もしかして話しかける好意が、しゃしゃり出ていると思われているのかしら。
私は彼の背を眺めながら深く息を吐き出すと、そのまま屋敷へ戻ることにした。
そうしてまた一月後、私は王宮へとやってきた。
今日は私からは話さないわ、とそう決めてきたのだけれど……。
無言のまま時間が過ぎ、気が付けば一言も会話をせぬまま帰る時間になってしまった。
屋敷へ戻ってくると、私は今日の逢瀬を思い出しながら部屋へ入る。
アザレアの花言葉は私の考えすぎだったのかしら……。
それにしても……王子の考えている事がさっぱりわからないわ。
これからどうすればいいのかしら……。
迷宮に迷い込んだそんな気持ちになると、私は憂鬱な思いで一人頭を抱えていた。
「何だかお疲れの様ですね。宜しければマッサージでも致しましょうか?」
その言葉にハッと顔を上げると、いつの間に部屋へやってきたのか、扉の前にケルヴィンが佇んでいた。
「あら……ごめんなさい、ぼうっとしていたみたいで……。大丈夫よ、気遣いありがとう」
私は誤魔化すように笑みを浮かべると、彼の手が肩へと延びる。
たった三ヶ月、傍にいるだけなのに、彼は私の事を良く理解していた。
感情を隠す様にいつも笑みを浮かべるよう心掛けているが、彼の前だとなぜか気が緩んでしまう。
「遠慮しないで下さい。こう見えてマッサージは上手いんですよ。よく研究で疲れた兄上の肩をほぐしておりましたので」
大きな手が肩へ触れると、なんだか鼓動が早くなった。
私の手とは違い、大きくゴツゴツと角ばっている。
彼の掌に力が入ると、意識してしまい思わず身を固くした。
熱い熱が伝わってくると、思った以上の気持ちよさに自然と体の力が抜けていく。
そしてウトウトと船をこぎ始める。
そんな自分にハッとすると、私はおもむろに振り返った。
「あっ、ありがとう、もう大丈夫だわ。ところで……ずっと聞きたかったんだけど、どうして執事になることを選んだの?」
覗き込むように彼の蒼瞳へ視線を向けると、その奥に私の姿が映し出される。
「最初にもお話しした通りですよ。あの日シャーロット様に出会って、改めて自分自身に問いかけた結果です」
問いかけた結果……どこまで本気なのかしらね。
まぁいいわ、彼は優秀な人材、傍に置くことは私にとてもメリットがある。
「そう……だったわね。あなたのような優秀な執事が傍にいてくれて、とても心強いわ」
だけど……そろそろ妹が欲しがるころかしらね。
そう心の中で呟くと、なぜか胸の中にモヤッとした黒い気持ちが浮かび上がった。




