36 対策会議と神樹の扉
エルトライトさんが取り乱してから二時間後。
ようやく色々と落ち着いたのか、もう一度族長の家に集合してほしいというエル婆の伝言を、エルフの一人が持ってきた。
それに従って俺達は再集合。
となれば当然、ステラとも顔を合わせる訳で……真っ赤になって顔を背けられてしまった。
俺もつい目を逸らしてしまう。
くそっ……顔が熱い。
リンとエル婆の「おやおや、まあまあ」みたいな目が心底鬱陶しい。
「コホン。先程は取り乱してしまい、大変失礼しました。こうして改めて集まって頂いた事、心より感謝します」
そんな状態にツッコミを入れる事なく、咳払い一つで流れを変えてくれたエルトライトさんに感謝だ。
ありがとう。
あなたこそが真の大人だ。
そこでニヤニヤしてるエセ年長者とは違って。
この調子で、マザロリコンというイメージを、できる大人のイメージでもう一度塗り替えてほしい。
「さて、まずは現状の戦力と被害状況についてお話しましょう。
あの四天王との戦いによる戦死者は8人。
神樹の下敷きになった者達を含めればもっと増えるでしょうが、そう極端に増える事はないでしょう。
エルフはそこまで弱くない」
「8人……!?」
思わず驚愕の声が出た。
あの化け物相手に、戦死者一桁だと!?
信じられん。
エルフ強すぎだろ。
「あれを相手に、よくそこまで被害を抑えたのう。偉いぞ、エルトライト」
「母上、もう慰めは結構です。
それに人的被害が少なかったのは敵の戦術のせいですよ。
奴は竜の群れを盾に時間をかけて魔力を練り込み、極大のブレスを神樹に向けて放ち、少しずつ神樹を削っては撤退するという戦法を繰り返していました。
奴の狙いはあくまでも神樹であり、我らの事は後回しにされていた。それだけの話です」
ああ、そういう感じだったのか。
いくらドラグバーンとはいえ、神樹の加護による弱体化の影響を諸に受けた状態で突撃はしなかったって事だな。
それをしたら負けると思った……いや、単純にフルパワーで暴れられないのが不満だっただけだろう。
俺達との戦いで撤退を決めたのも、そんな感じの理由だったみたいだし。
少しの間しか接していないが、あの魔族の性格はわかりやすい。
あれは根っからの戦闘狂だ。
「とにかく、神樹こそ折られましたが、我らの戦力は十二分に残っています。
加えて勇者様方も駆けつけてくださった。
対して、向こうの手駒である竜どもはほぼ壊滅。
仮に温存してある戦力があるとしても、そう多くはないでしょう。
奴が再び攻めてきた場合、勝算は充分にあると考えます。ですが問題は……」
「敵がドラグバーンだけではなくなった場合じゃな」
む?
「ああ、なるほどね」
「そういう事ですか」
「ん? どういう事だ?」
エルフ親子の言葉に、ステラとリンは納得したように頷き、ブレイドは首を傾げた。
俺も一瞬わからなかったが、すぐにエル婆から聞いた話を思い出し、納得する。
「なぁに、簡単な話じゃよ、ブレ坊。
迎撃態勢万全の勇者に、手勢のいなくなった四天王を単騎でぶつける。
そんな愚策にも程がある作戦を、あの慎重な魔王が許すとは思えないという話よ」
「ああ、そういう事か」
それでブレイドも納得したのか、深々と頷いている。
……ドラグバーンの言動に当てられて、一瞬そんな事もわからなくなってた俺が言えた事じゃないかもしれないが、ブレイドは結構脳筋の気があるよな。
これが悪い方に行かなければいいんだが。
「普通に考えれば、奴にとっての最善手は魔王に向けて連絡を飛ばし、勇者を確実に倒せるだけの軍勢、
それこそ残りの四天王全員を動員するような大軍勢を動かし、それと共に攻めて来る事じゃろう。
しかし、交戦した時に垣間見えた奴の性格から考えると、神樹の加護の残滓が消えた瞬間に、単騎で突っ込んで来るという可能性も大いにあり得る」
まあ、そうだろうな。
ドラグバーンの性格だけ考えたら、何も考えずに突っ込んで来ると思う。
だが、もし読みを外して大軍勢が来れば詰みだ。
難しい二択だな。
「じゃがまあ、対策は立ててあるから安心せい」
「はい。四天王襲来という事態に陥った時点で、それに対する策は用意しています。
その策は勇者様方の出立前にはシリウス王国と共有済みです。
現在、かの国では『剣聖』ルベルト殿を筆頭に、決戦用の軍勢が編成されている事でしょう。
魔王軍が軍勢を動かすのであれば時間がかかる。
そうなれば、こちらの軍勢も充分に決戦に間に合う筈です」
そこまで考えられてたのか……。
エルトライトさんの語った作戦は、一戦闘員でしかない俺が関与できるような話じゃなかった。
俺と違って、戦略を考える担当の頭の良い人達がいるという事だ。
人類だってバカじゃない。
このくらいは備えていて当然という事だろう。
「まあ、決戦など起こらぬに越した事はないんじゃがのう……。
できる事なら相応の大打撃を受ける決戦ではなく、四天王はこちらの消耗を抑えた上で一人ずつ倒していきたい。
ドラグバーン自身が戦場で語っておった通り、奴は魔王の命令を無視して独断専行しておるというパターンが一番助かる。
その場合はこっちの軍勢も到着が間に合わんじゃろうが、他の四天王まで出てくるよりは遥かにマシじゃ」
その通りだな。
とりあえず、ドラグバーンが後先考えずに、自分の欲望を優先してくれるように願っておくか。
もし願いが叶ったとしても、それはそれで大変な戦いになる事間違いなしなのだから、勘弁してほしいが。
「では次に、奴が単独で即座に再戦を挑んできた場合の対策を話しておきましょう」
そうして、エルトライトさんは既に決まっているエルフの作戦を説明し、俺達をその作戦にどう組み込むかについて話し合った。
これには実際に奴と真っ向から戦った俺達の意見が重要視される。
どういう状況に持ち込めば勝てそうなのか。
弱体化が解けたドラグバーンの力が想定以上だったらどうする。
そういう話し合いを繰り返した。
しかし、その途中で、
「し、失礼します!」
突如、血相を変えたエルフの一人が部屋に飛び込んできた。
「族長、緊急事態です!」
「……勇者様方との話し合いに割り込む程の事態という訳ですか。いったい何事です?」
エルトライトさんがそう問いかけると、エルフは慌てて状況を説明し始めた。
割と理解不能な事を。
「し、神樹に! 神樹に謎の変化が生じ始めました! 淡く発光し、周囲に居た者達の頭に直接『勇者をお呼びなさい』という謎の声が聞こえてきたとの事です!」
「……なんですって?」
エルトライトさんが呆然とする。
エル婆もまた目を見開いていた。
長い事神樹を見守ってきた彼らをして予想外の現象という事だろう。
だが、さすがはエルフ達の上に立つ族長親子と言うべきか、すぐに動揺を鎮めて行動を開始した。
「申し訳ありません。緊急事態につき、話し合いを中断させて頂きます」
「ワシらは神樹の様子を見てくる。ステラ、できればお主も来てくれると助かるのじゃが……」
「わかりました。行きます」
エル婆の言葉にステラは即答し、席を立った。
俺もまた席を立ち、歩き出したステラの隣に並ぶ。
お互いにさっきの出来事の照れが若干尾を引いているが、一緒に行かないという選択肢はない。
それはリンとブレイドも同じのようで、俺達は全員揃って神樹の元へと赴いた。
そこにあったのは、ドラグバーンによって焼き切られてしまった神樹の成れの果て。
しかし、報告にあった通り、神秘的な光の粒子のようなものを纏っていた。
とても切られた樹とは思えない力強さを感じる。
『よくぞ来てくれました、勇者よ』
突然、頭の中に直接声が響く。
やたら綺麗な女の声だ。
ステラ達がビックリしたようにキョロキョロと辺りを見回す。
だが、俺は全く別の感覚を覚えていた。
なんだ、この感じは?
懐かしい、のか?
俺は、前にもこの声をどこかで……
そんな事を思っている内に、神樹を覆っていた光の粒子が集まり、俺達の前に淡く輝く一つの扉が現れた。
『さあ、お入りなさい』
見た事もないような魔法。
いや、魔法かどうかもわからない力。
それに驚きつつも、意を決した様子でエル婆とエルトライトさんが扉に向かって行った。
しかし、
「む?」
「これは……」
途中でその足がピタリと止まった。
どうした?
「見えない壁、ですかね?」
「そんな感じじゃな。優しく押し返されるような感覚がして、これ以上前に進めん。恐らく、呼ばれたステラ以外は入れんという事じゃろう」
「は?」
つまり何か?
こんな得体の知れない場所に、ステラ一人で行かせろと?
ふざけんな。
そんな思いで、俺は扉に近づいた。
エル婆達のように拒絶されるかと思いきや……なんか普通にエル婆達が止められた場所を越えて、扉の前まで来れたぞ。
「ん?」
「おや? アー坊は行けるのか。うーむ、選定基準が謎じゃな。加護の有無か?」
その後、リンやブレイド、俺と同じく加護を持っていないエルフも扉に近づいてみたが、結局扉の前まで来れたのは俺とステラの二人だけだった。
ますます選定基準が謎だ。
勇者のお供、先着一名とかなのか?
いや、それならエル婆達が行けている筈。
不思議だが……まあ、ついて行けるのであれば是非もない。
「……行くか」
「……うん」
さっきの事件のせいで、まだちょっとお互いに会話がぎこちないが……まあ、なんとかするしかないな。
「くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
エル婆達に見送られ、俺達は神樹の扉を潜る。
扉の中は、まるで植物の中のような空間だった。
神樹の中、みたいな場所なのだろうか?
全体的に薄暗いが、神樹を覆っていたのと同じ光の粒子がそこかしこで舞ってるせいで、視界は確保されてる。
「不思議な場所ね……。ただの道なのに、なんか加護持ちの人達から感じるのと似たオーラを感じるわ」
「そうなのか?」
つまり、あの声の主は加護に関わりのある人物という事か?
そんなの、俺の知る限りでは一人しか思いつかないんだが。
……それはそれとして、待ち構える未知に思考の大半を持ってかれてるのか、ステラの態度からぎこちなさが取れてきてるのはいい事だ。
これなら普通に話せるだろう。
やがて、歩いている内に行き止まりにまで辿り着いた。
そこには、一人の女が立っていた。
見た目の年齢は俺達より少し上程度。
ステラよりも整った顔立ちをしている。
彼女の印象を一言で表すなら『白』だった。
白い肌、白い髪、白い衣服、瞳の色まで僅かに色づいた白。
まるで聖神教会が崇め、その高位神官達が身に纏う『白』という概念を具現化したような、純白の少女。
それが俺が彼女に抱いたイメージだ。
だが、ステラは違う感覚を覚えたようで……
「加護の、塊……!?」
驚愕の表情で、そんな事を口走っていた。
加護の塊ときたか。
加護持ちは同じ加護持ちを識別できる。
ステラ曰く、なんか神々しいオーラを纏って見えるらしい。
そのオーラの大きさで、相手の持つ加護の強さもわかる。
普通の加護持ちと聖戦士では、纏うオーラに大きな差があるという話だ。
そして、この純白の少女は、世界最強の加護『勇者の加護』を持つステラをして、加護の塊と言わしめた。
尋常な存在ではない。
だが、不思議と危機感や不安は湧いてこなかった。
「ようこそ『勇者』ステラ。そして『救世主』アランよ」
純白の少女が口を開く。
やはり聞き覚えがあるような、やたら綺麗な声で語り出す。
「私はこの世界の管理者。人類に加護を与え、魔族と戦う力を授けた、あなた方が神と呼ぶ存在です。どうぞ、よろしくお願いしますね」
そう言って、神を名乗る純白の少女は、俺達にペコリと頭を下げた。




