50 直感
――アイクたちが三組に分断され、それぞれが覚悟を決めて進み始めたころ。
シーナは隣にいる人物――リーシアを見て、これから味わうであろう苦労を予感した。
決してリーシアに対する不満があるわけではない。
直接彼女の治癒魔法を見たわけではないが、あのアイクが心から信頼している人物だ。
その実力は確かなものだろう。
では何が気がかりなのか。
それは単純に、この二人はダンジョンを攻略する上で、あまり好ましくないペアだということだ。
攻撃手段を持たない、僧侶であるリーシア。
どちらかといえば一対一が得意な、暗殺者であるシーナ。
この二人では、仮に数体の魔物には対応できたとしても、大量の魔物を敵に回すと一気に不利になってしまう。
魔物の大量発生がよくあるダンジョン内では致命的な弱点だ。
危惧すべき点は他にもある。
シーナはちらりと隣のリーシアに視線を向ける。
リーシアはこの状況になってから一度も言葉を発することなく、無表情を貫いていた。
何を考えているのか訊きたいところだが、それもはばかられるような雰囲気をまとっていた。
「むっ、早速だね」
いつまでも現状把握に時間をかけている余裕はないようだと、シーナは意識を切り替える。
シーナとリーシアの目の前に、十体を超える魔物の群れが現れたのだ。
どれもがCランク以下の魔物ではあるが、苦戦を強いられるのは確定だろう。
シーナはリーシアの前に出る。
「ここは私がやる。
リーシアは、私に何かあった時に治癒魔法をお願い」
さすがにこの状況になっては声をかけないわけにもいかず、指示を出す。
しかし後ろから返事はなかった。
シーナはリーシアの様子を窺うために顔を後ろに向け――ぎょっと顔をひきつらせた。
どういうことだろうか。
リーシアはこの状況で何故か小さく微笑んでいた。
しかも、その笑みからは歓喜ではなく、なんとも形容しがたい畏怖を感じる。
「ふふ、ふふふ……わたくしとご主人様の間を引き裂いたかと思えば、さらにこのような有象無象による妨害まで……どれほど馬鹿にすれば気が済むのでしょうか」
リーシアは小声で何かを呟いた後、あろうことか歩を進め、シーナの前に出た。
「っ、リーシア、危ない!」
突然のことに対応が遅れたが、僧侶であるリーシアが前線に出るのはまずい。
必死に止めようとするシーナだったが、直後、彼女は言葉を失う。
――リーシアの手に浮かぶ、禍々しい漆黒の炎によって。
「そのような愚か者どもはこの手で滅ぼさなければなりません。
――――朽ち果てなさい、嫉獄炎!」
「ッ!?」
リーシアの手から放たれたその炎は、恐るべき勢いで広がっていく。
そして――
漆黒の炎を浴びた魔物たちは、抵抗すらできず次々と燃え尽きていく。
目の前で起きていることが何であるか、シーナは理解することができなかった。
なぜ僧侶であるリーシアに攻撃魔法が使えるのか。
しかもそれが魔法使いが発動する魔法より遥かに威力が高いのか。
何より、なぜこれほど禍々しい光景が生まれるのか。
分からないことだらけの中で、シーナは一つだけ確信した。
――――この女は、ヤバいと。
「ええ、ええ。無事に跡形もなく消し飛ばせたようですね。
少しだけ胸がスカッといたしました。
あら、シーナさん、そんなところで素っ頓狂な表情を浮かべて、いかがなさったんですか?」
「何でもないよ……ただ、戦えるのなら早めに教えておいてほしかったかな」
「いえいえ、この程度、戦えるうちには入りませんわ。
か弱いこの身に、文句の一つでも言って差し上げたいくらいです」
「か弱い……?」
どうやら自分と彼女の常識は大きく異なっているらしい。
シーナはそう判断した(それ以上その話題を続けたくなかったというのもある)。
最初にこの組み合わせになった時に抱いた不安はいつの間にかどこかに消え、その後は順調に先へと進んでいくシーナ達であった。
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