剣の勇者と仲間達
「ごしゅじんさまおかえりー」
本島の宿に帰ってくると前と同じくフィーロが入り口で出迎える。
なんだろう。凄く、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「ただいま。そっちはどうだった?」
「んー……えっとね。お姉ちゃんが怒ってる」
「またか……」
どうもそうじゃないかなー……という予感めいたモノは錬の仲間と一緒に狩りをしている時に思っていたんだよな。
恐る恐る宿に入る。
すると元康の時と同じ場所でラフタリアが座って俺を待っていた。
「錬は何処だ?」
呟きながら探す。
すると宿の入り口の方から錬が今帰ったというかのように歩いてきた。
ラフタリアに話す前に一応、聞いておくか。
「あ、お前……」
錬は俺を見るなり険しい表情で顔を逸らす。
「お前の仲間は何なんだ? 俺の指示に歯向かって勝手に別の狩場に行ったぞ」
なんだ? まるで被害者みたいな物言いだな。
仮に錬と何かあったとしても、ラフタリアが理由無く問題を起こすはずが無い。
「俺から言わせてもらえばお前の教育方針の問題を指摘したいがな」
これはラフタリアも交えて聞かないとダメだと判断。
あんまり近づきたくないけど、ラフタリアを呼ぶか。
「おーい」
「ナオフミ様! と……」
俺が声を掛けるとラフタリアは俺の方を見て笑みを浮かべた後、錬を見つけて尻尾を膨らませて怒っていた。
怒っている度合いが元康より酷い様な気がする。
「お前、ホント何したんだ?」
あのラフタリアを元康以外があんなに怒らせるって、簡単な事じゃないぞ。
正直、どうやったらラフタリアをあそこまで怒らせられるのか逆に気になる。
「さあな、勝手に切れているんだ」
「勝手に? ふざけないでください!」
近付いてきたラフタリアが錬の言い分を聞いてキレた。
「この方は――」
ラフタリアの説明ではこうだ。
俺が出て行った後、元康の件で不安になりつつもラフタリアは錬が来るのを待っていたそうだ。
「今日も誰か来るの?」
「ええ、今日はナオフミ様と同じく勇者をしているレン様という方だそうよ」
「ふーん」
元康と比べて遥かに早く、錬は部屋にやってきた。
「入るぞ」
「どうぞ」
ノックの後に錬は部屋に入ってきた。
錬の第一印象は元康と比べて物静かな印象を受けたらしい。
どちらかと言えば錬はあんまり喋らないからな。
「まずは自己紹介からだったな。剣の勇者である天木錬だ。これから二日、よろしく頼む」
「よろしくお願いします。私の名前はラフタリアと申します」
「フィーロ」
錬は腕を組み、ラフタリアとフィーロの頭から爪先まで一瞥する。
気不味い雰囲気が場を支配した。
「あの……」
「Lvは?」
「は?」
「何Lvなのか聞いている」
「あ、はい42です。フィーロもそうよね」
「うん!」
「42か……じゃあ無理か?」
「え?」
ラフタリアはいきなり無理と言われても何の話をしているのか理解が追いつかなかったそうだ。
錬の仲間にも同じ事が言えるが、説明なしで相手に物を尋ねるなよ。
朱も交われば染まるというが、長い事一緒にいると似てくるっていうのは本当かもしれないな。
地味に俺にも該当するな……ラフタリアの効率主義とか。
「まあいいや、とりあえずLv上げに行くぞ」
そう言って錬はパーティー要請を渡し、ラフタリア達は承諾したそうだ。
「必要なら行きがけに薬などを買っていけ」
「あ、はい」
ぶっきらぼうだけど、ちゃんとLv上げをしようという意思があるのでラフタリア達は素直に応じて錬に付いて行ったそうだ。
薬の類は俺が分け与えているので、必要なく、目的の島に到着した。
「じゃあ、どれくらい戦えるか俺が判断してやる。進んで行って見るとしよう」
「はい……?」
錬の上からの言い方にラフタリアは若干、違和感を持ちつつ従う。
そして、島の中腹で出てくる魔物と戦った。
「ふむ……まあ、この辺りの敵が適正Lvだな」
「少し歯ごたえが無いくらいですが……」
「てえい!」
クラスアップした所為でラフタリアとフィーロの攻撃力はかなり高まっている。その所為か、若干魔物が弱く感じていた。
現に殆ど一撃で敵を屠っていたという。
何が適正Lvだ。実際に見えている物では無くゲーム知識からの情報に照らし合わせているだけなんじゃないか。
「40代ならこの辺りが適正だろう。俺はもっと先に行っているからお前達はここでLvを上げていろ。まあ、40代にしては強いみたいだがな」
と、言い残し、錬はパーティーを外れて走って行ってしまった。
さっきから一言余計だ。これがネットゲームだったら俺は帰るぞ。
「あ、あの――」
「夕方には帰る。それまで戦っているんだ。魔物は集めておけ」
「は、はぁ……」
少々、歯ごたえの無い相手だったが、経験値的には良いので言われるまま、ラフタリア達は魔物を倒し続けた。
夕方になった頃、錬は戻ってきて、ラフタリア達が倒した魔物を剣に吸わせた。
ラフタリアは自分達が倒した相手なのに、その上前だけを取られた様な微妙な気持ちになったそうだ。
というかNPCかよ。もう少し相手を尊重しろよな。
「あの……」
「なんだ?」
「一緒に戦わないのですか?」
「戦うにはLvが足りないだろ。足りない奴は努力して追いつくのが常識だ」
……合わせるという事をまったく考えていない錬の態度にラフタリアは苛立ちを覚えたという。
常識と来たか……俺と錬の常識とやらは随分とズレがあるみたいだな。
俺だったらむしろ足りないからこそ一緒にいて引っ張る位するんだが。
ネットゲーム的には経験値の獲得制限があるから難しい局面はあるけど、この世界でLv差による獲得経験値の制限を感じた事は無いな。
でなければ、ヒナの状態のフィーロに経験値を吸わせて急成長させられない事になる。
ともあれその後は宿に入り、食事を終えた。
「俺はもう少しLv上げをしてくる。じゃあな」
錬はそう言うとサッサと出かけてしまったそうだ。
言葉足らずだが世界の事を真面目に考えている人なのかなぁ……と、ラフタリアは自分を納得させて休んだと言う。
で、翌朝の事だった。
「お前等、何Lvになった?」
「えっと48になりました」
昨日の戦いでラフタリアもフィーロもそれぞれLvが上がっていた。
ちなみに、成長補正は主である俺に依存している為に別パーティーでも問題がなかったりする。
「まあ……少し厳しいかもしれないが……」
錬はぶつぶつと一人で呟いたかと思うと顔を上げて答える。
「じゃあ今日は奥に行くとしよう。一緒に魔物を倒すぞ」
「は、はい」
「はーい!」
やっとまともな戦いができるのだとラフタリアは内心安堵していた。
それが大きな間違いだったのは1時間も経たない頃の事だった。
道中、錬はラフタリアとフィーロにそれぞれ、使える魔法やスキルを聞いて来た。だからラフタリアは魔法を使った幻影剣、フィーロはハイクイックという必殺技があるのを説明した。
「ふむ……似たスキルがあったな、それを独自名にしているのか」
「へ?」
「気にするな」
島の中腹を越えて奥地に入った頃……。
カルマードッグファミリアという大きな魔物が1匹、現れた。
耳の長い、大きな黒い犬のような魔物だったらしい。
トラウマを刺激する嫌な敵だとラフタリアは思っていた。
「よし! お前等、俺の指示通りに戦え!」
「はい!」
「どうするのー?」
「まずはこの魔物の攻撃を避けて注意を引く。で、その後は各々の必殺技を放つ!」
随分と雑な作戦だな。
もはや突撃、粉砕、勝利! と変わらないぞ。
ラフタリアは指示通りにカルマードッグファミリアの攻撃を見切って避けた。
のだけど、回避先に錬が居て、ステップで避ける。
「俺に擦り付けてどうするんだ! もっと考えろ!」
「は、はい!」
俺だったら褒めていただろうなぁ。と思いつつ、ラフタリアとフィーロは最大限、敵の注意を引いた。
連携も何も、錬の戦い方なんて参考にできるほど見ても居ないので、呼吸が合わず、避けるのを最優先した。
結果、戦闘時間が長引き、息切れをしながらカルマードッグファミリアとの戦闘は続いた。
途中、フィーロが集中し、得意のハイクイックを行おうとした矢先。
「流星剣!」
「あー! どいてー!」
錬が前に出てフィーロは攻撃の方向を変えて茂みに飛んで行ってしまった。
失敗すると有らぬ方向へ飛んで行く魔法らしい。
錬の攻撃にカルマードッグファミリアは叫び声を上げる。
「く、浅かったか! 何をしている! 早く戦え!」
「ふえー……?」
「……幻影剣」
ラフタリアも必殺技を発動し、姿を隠してカルマードッグファミリアの背後を狙う。
しかし。
「チィッ!」
舌打ちをしながら錬はラフタリアが回り込もうとしている方向に避けてきて、不発に終わった。
「な、なんで周りこむんですか!」
「少しは考えろ!」
結局、カルマードッグファミリアが倒せたのはしばらく経った後の事だった。
なんだろう。ラフタリアでは無いが、話を聞いているだけなのに凄くイライラしてきた。
「まったく、もう少し周りを見て戦え! お前等は注意を引き付けていれば良いんだ!」
カルマードッグファミリアが倒れたのを確認するなり錬はラフタリア達にそう告げた。
直後、ラフタリアの中で糸の切れる音が響く。
「周りを見る? それはアナタでしょうが!」
錬の戦闘を見ていてラフタリアが思った事は何個かある。
まず、錬自身でも対処に困るボスクラスの魔物であるカルマードッグファミリア。その証拠に、錬が一人で戦うには非常に時間が掛かっているという所。
フィーロの蹴りでも若干仰け反る程の大物だ。
正直、ドラゴンゾンビよりも強いだろうとラフタリアは分析していた。
「アナタの作戦不足です。私達はアナタに言われた通り、避けて必殺技を撃とうとしました。ですが尽くアナタが目の前に来たんでしょうが!」
「俺の作戦に間違いは無い。お前等が悪いんだ」
「ふざけないでください! ちゃんと私達の必殺技の特徴は説明しました! なのにどうして邪魔をするのですか!」
「邪魔なんてしていない! お前達は敵の注意を惹き付けているだけで良いんだ」
「ならどうしてそれを説明してくれなかったんですか!」
「それ位察しろ」
「……いい加減にしてください!」
ラフタリアの我慢も限界に達した。
「私達は一緒に戦って連携を取れるほどの仲でもないのに、満足に戦える訳無いでしょうが!」
「だから俺がダメージソースとなってコイツを倒そうと――」
「正直、邪魔です!」
ラフタリアはパーティーの項目を自ら破棄し、フィーロに従うように命令する。
「な――お前等、勝手に何をしている!」
「黙っていてください!」
茂みを掻き分けて、丁度良い所にカルマードッグファミリアがもう1匹現れた。
フィーロにパーティーを出し、承諾。
その後、ラフタリアとフィーロはカルマードッグファミリアの2匹目を錬と一緒に戦った時の3分の1の時間で仕留めた。
「では失礼します。ここは私達には効率が悪いので」
イライラしつつラフタリアは皮肉を残し、フィーロを連れて戦いやすい程度の魔物がいる所まで戻って、夕方まで戦っていたらしい。
元康の時に早く帰りすぎて時間が無駄になったのを懸念して、遅くまで狩りをしていたとか。
「あんな勝手が許されると思ってるのか!」
「唯の言い争いじゃないか。許されるとか許されないとか……誰に言ってるんだ?」
「なんだと!?」
ほんと……自分が偉い前提で話しているな。
許されないって……迷惑プレイヤーを運営に通報するみたいな言い方だ。
「なあ……お前、本当に誰に向って許されないとか言っているんだ?」
「……」
錬の奴、言葉を濁しながら俺から視線を逸らす。
カッとなってつい言ってしまったのか?
それにしても、やっぱり俺にはラフタリアが間違っている様には思えない。
普通に意見が合わずに仲違いして別れたって感じだ。
「それともお前にはそんな権力があるのか? ラフタリアは俺の仲間だ。罰する場合は俺がするが、話を聞く限り俺には悪いようには見えない。ラフタリアが悪いというのなら納得できる理由を説明してくれ」
「くっ!」
こりゃあ、後から影に何か言われるかもしれない。
だとしても、状況的に俺はラフタリアの弁護に回る。間違った事をしている訳じゃないからな。
「アナタは仲間を何だと思っているのですか? 自分に攻撃が来ないように注意を惹き付ける駒か何かだと思っているんじゃないですか?」
今日の朝方の出来事だとすると実時間で……元康よりも短いのか?
なんとも……。
「そんな事ばかりしているといずれアナタは仲間を殺しますよ!」
ものすごく怒ったラフタリアはそう言うと、勝手に部屋へと歩き出してしまった。
錬はワガママな奴だと肩を上げて、俺を睨む。
「お前の仲間は自分勝手だ。勝手な奴はいずれ死ぬぞ」
負け犬の遠吠えとも言える発言だ。天に唾吐いているぞ。
自分のルールを聞かないからって文句を言うとは……。
なんていうか、心配していた事以上の問題を起こしやがったなぁ。
「大丈夫でしたか? レン様!」
「ああ、別に大した事無い」
錬は自らの仲間……皮肉で言うならギルドの後輩と一緒に歩いて行く。
なんか頭を抱えたくなるな。
居るんだよなー……ああ言うタイプ。自論振りかざしてルールを勝手に作る奴。
連携も何も無い段階で、強い狩場に後輩とかを連れて行って仲間殺しするような奴。
遠足とか言って、自分が辛うじて勝てるか、もしくは勝てない相手に挑んでしまう。
で、一人だけ活躍してカッコいい所を見せ付ける。錬の仲間が妙に妄信的なのはこれが原因なのだろう。
ゲームではウザイ奴だが、現実だと頼りになる様に見えるからな。
こういうタイプはその時に出たレアアイテムを独占するんだよな。お前等は見ていただけだろとか言って。
MOタイプ……物語を読むようにエピソードを選んで、ステージの最後のボスを倒すネットゲームなら楽しめるけど……完全MMOとかだとフィールドにボスが湧いて、ものすごく強いのが多い。
そんなのに挑んでピンチになって、装備がそろってないのに連れて来たのか? とか俺に文句言った奴を思い出す。
必殺技が強力な職業を選んで、その技を撃つ為の時間稼ぎに後輩を使われたんだよなぁ。
他にも最上級のダンジョンに挑んで、メンバーの死亡祭りとか。普段はソロプレイしていて、何かやりたいことがあると騒ぐんだ。で、Lvが高いから、戦えはするけど仲間が追いつかない。
ネット用語で勇者様って類の奴。他にも色々な呼び名があるよな。しかも自分ルールに当てはまらない相手は誹謗中傷した挙句運営に通報とか騒ぐんだよ。
俺もギルドを運営していたから覚えているけど、ああ言うタイプは最終的に追放処分になるんだよなぁ。
もう少し、力量とかを測定できると思っていたが俺の思い違いだったか。
つーかラフタリアを怒らせる相手が元康以外に居るとは思わなかった。
こりゃあ……樹も何か起こすかもしれない。




